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「スオウありがとね。でも大丈夫だから!」
「あっ、おい!」
チュッ――と日鞠の奴が僕の頬にその唇を重ねてくる。瞬間、ピューピュー鳴くヤカンのよう……というのは表現として古すぎるか。今の時代、ヤカンでお湯を沸かすようなことはないか。なにせ数秒で湯が沸くケトルってやつがあるのである。
まあけどあれは殆ど音なんてしない。電子的に沸いたことをお知らせしてくれる機能はあると思うけど、ケトルで感情が高ぶるような表現は……聞いたことがない。それはきっとケトル君が何気に湯を沸かすからだと思う。
『何言ってんすか? こんなの普通っすよ』
って感じでケトル君は湯を沸かしてる。それに比べて昔ながらのヤカン君はというと――
「ふぬー! うんぬー!!」
という感じで顔真っ赤にして頑張ってお湯を沸かしてるなーって気がするのだ。そんなイメージがきっと感情の高まりの表現としてちょうどいいんだろう。まあつまりは何が言いたいかというと、いきなりの不意打ちで僕の顔は真っ赤になってる……ということである。
「うぅ……私っぽくなかったね」
いや、なんか日鞠も真っ赤だった。自分のやったことの大胆さをやってから気付いた? いや日鞠が気付いてないわけないから、やってみたら想像以上に恥ずかしかった……ということだろう。完全無欠みたいな日鞠だけど、恋……に関してはそんなに経験何てしてないしね。なにせ僕を一筋だったんだから。
「じゃ! じゃあね! 私は大丈夫だから!」
そういってピューと走っていった。きっとやることがいっぱいあるんだろう。なにせ一週間近く日鞠が稼働できてなかったんだ。日鞠はたくさんの人にかかわってるからそれだけ予定とかある。僕のように人間関係が希薄だと、毎日スカスカで自分自身でやる事を決められるわけだけど、沢山人とかかわってると、それだけ誰かの都合ってやつが自分の人生にかかわってくるものじゃないだろうか?
いや、僕はそんなことないからよくわかんないだけど……けど、日鞠を見てるそう思う。あいつはいつも誰かのために動いてる。それはあいつに知り合いが多いからだ。そして誰の力にもなってあげる奴だから……
だから頼りにされて皆が日鞠に頼ってる。もしもあいつが普通の女子高生なら、それも常識的なさ……それなら結局付き合いは同じような年頃の人たちだけになる……みたいな風になったと思う。だっていくら知り合いだからって、大人の人が自分の悩みとか困ったときに年下の女の子に頼るとか……あるだろうか?
普通はないよね。ふつうは。でも日鞠は普通の女子高生ではなかった。いや違うな。普通の存在じゃなかった。だって日鞠がたくさんの人に頼られてるのはなにせ、別に高校生になってから……というわけじゃないからだ。
もっと前からそうだった。もしも日鞠がそれを外面の良さを保つだけのためにやってたら……きっともっと早い段階で爆発してただろう。そういう人っているじゃん? 外面だけはやたらいい……みたいなさ? けどそれってやっぱりストレスになって、少しずつ少しずつ無理が心にたまっていく。それがいつしか決壊する時がくる。
でもどうやら、日鞠に関しては外面がいい――とかじゃないんだよね。あいつは巣で誰かのためになりたい! と思ってるような奴だ。心の底から誰かの幸福が自分の幸福とか思える奴である。だからこそ、愚痴一つこぼさずに誰かのために奔走してる。
「仕方ないか」
僕は頬の感触を名残惜しみながら、そういうよ。そういうやつってのは前からわかってるんだ。だって一番最初にお世話されたのは僕だし? こうなったら、僕はあいつを止めるよりも、その為に必要なことをするしかないだろう。具体的には……どうにかして今の状態でも強くなることが必要だ。だって今の所月側が有利なのは間違いない。
日鞠ならそれでも勝算があるんだと思うけど……日鞠に頼りっぱなしなんてできないんだ。