57
「もしも……もしもとても重要そうか、それ以上進めないとき、それか強力な敵に追い詰められたその時、これを押し付けてください」
「これは……これを使うとなにか良いことが起きるのか? 命が助かるとか? ゲートに一瞬で行けるのか?」
「え? ……ごめんなさい。そんな機能はありません」
眼の前の女……幼さが残る女子がいる。そう女子だ。凹凸の少ない、男に取っては退屈な体をしてる女だ。ここはLROだというのにはっとするほどの美人でもない。いや、整ってはいるが、せっかく容姿をいじれるんだ。大体の奴が自分の理想……ってやつを求めるものだろう。
それかネタに走るか。だからLRO内には美男美女が多い。やたらおおい。それかもう振り切ったクリーチャー的なやつか……まあだが基本美男美女だ。それは俺だってそうだ。理想の影……忍びの姿を体現したくて長身で長い手足を求めた。細く一見には戦えそうもないような……そんな風に見えるが、実は中身は筋肉しかない……普段は弱さを演出するために猫背であり、腕もだらっと垂らしてる。
常に咳き込んで、体調が悪いアピールも欠かさない。そして目は長い前髪によって隠されてる……みたいなさ。でもいざ仕事となると、体に一本芯が入ったようにその背筋を伸ばす。
そして本気だと言うことがわかるように見えてなかった目を髪の毛を中央で分けることであらわにする。
パチン・パチン
その時、中央で分けた髪を左右で止めるピンの音がする。それが切り替えの合図だ。ピンについてる「影」と「心」の文字は自分の初心を忘れないためのものだ。おれがこの少女にあったのは仕事でだった。だからこいつにはこの仕事モードしかみせてない。
はずだが……こいつは俺の普段の姿もしっていた。こんな平凡そうな見た目の割に油断ならないあいてだ。いやそもそもがこのLROで一番のチームのトップというだけで、油断なんてしないが……
そんな少女が渡して来たのは白い紙だ。胸ポケットに入りそうなくらいのサイズの小さな白い紙。会長のスキルは広く知れ渡ってる。それは紙に書いた事を実現出来る……というものだ。そういう風に言われてる。
実際その目撃情報は多い。それに良くメモしてる姿が目撃されてる。彼女とペンと紙は切っても切り離せないといっていい。だって彼女は基本武器を帯同してない。この危険極まりない世界であるLROで武器を一切持たないなんて、プレイヤーならまずない。町中でだって、インベントリにしまう……なんてことはしない。
普通につけたままどこにでもいく。それがここでは普通だからだ。でも眼の前の彼女はそうじゃない。彼女が持つのはペンと紙だけ……と言われてる。そしてそれですべてを実現できる存在……とか。
そんな彼女が渡して来るんだから、この紙にはなにか仕込まれてるんだろうって思ったんだ。白紙だが……本当に白紙なのか? さっき言ったような機能は一切ないらしい。残念だ。
「じゃあなんで……」
こんな紙一枚を? と口に仕掛けた。でもしなかった。いや、できなかった。だってさっきまでの雰囲気と一瞬にしてかわったからだ。
「邪魔ですか?」
「いや、邪魔にはならないが。インベントリに入れとけばいいし」
「それはだめですよ。【肌見放さず】持っててください。さっき行った場合だけ、その身から離してくださいね。約束、ですよ」
「おい、それってなんで……」
「それだけ、です。おねがいします」
言葉遣いは丁寧だった。けど……そこには有無を言わさぬ迫力? があった。何も聞くな……とその雰囲気は物語ってる。「何だこいつ? 失礼だな」――とは思わなかった。寧ろ、「わかってるじゃん」――と思った。
そうそう影の使い方ってのはこういうのだ。