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「はじめましての人は……居ませんがとりあえずご挨拶を。皆々様方、ご機嫌麗しゅうございます。
テア・レス・テレスの代表をさせていただいてる『会長』です。今日はこの様な集まりにおいて、私の意見に耳を傾けてくださること、お礼申し上げます」
礼儀よく、そしてスラスラとそんなことを言ってのける会長。そこには緊張とかまったくないように見える。一応俺達は種のトップ。ここでのヘタの態度とかちょっとした粗相……そんなのがあればこれからのテア・レス・テレス……いやひいてはレスティアへの対応とかどうなるかわかったものではない。
けどそんなプレッシャーなんてのは全く会長からは感じない。むしろ俺の方がプレッシャーを感じてるまである。なにせ俺は別にこんな場所に来たくてきてるわけじゃないし、トップとして見られたいわけでもない。その期待に答える? その気概だって……
でも会長は違う。こいつはいつだって期待以上のことをやってきたやつだろう。それなら確かにここでのこの態度も納得……となるかもしれないが……
(本当に大した奴だよ)
俺はそんなふうに評する。だって期待とはどんどんと勝手に積まれていくものだ。これができるのなら、あれもできるよね? ――とかさ……よく現実ではある。そんな事聞いてないのに、勝手に仕事として積まれていき、できなかったら「なんでこんな事もできないの?」とか「君に期待しすぎちゃったね」――とかいわれるのだ。
こっちは何も悪くないのに勝手に失望される気持ちを考えられないのか!? といいたい。まあそんな事はどうでもいい。それはこっちの話だ。けど、今まで会長はその期待を裏切った事がないだろう。
つまりは他者から向けられる『期待』という無言のプレッシャー。それはもうそれこそ富士山……いやエベレスト級に積み上がってるはずだ。俺の仕事としての期待……なんてのはそれこそ高尾山くらいだろう。
でも会長は日本一であり世界一……それだけの期待を受けても、会長は何も肩意地を張ってる……なんて事がまったくないのだ。普通は期待も一定を超えるとそれに縛られることになる。
それにそういう期待に応えて来た者ほど、期待に答えられなかったときのことを考えるものだ。小学生のときから百点を取り続けて来たのに中学に入った瞬間に百点を取り逃がしてガッカリされると、その時に始めて期待に「恐怖」が混ざりだすように……期待が大きいほどに失望は大きくなると普通は思う。
そして期待は気持ちいいが、それと表裏一体の落胆をもっとも恐れるようになる。勝手に期待されるんだから勝手に落胆されたって気にしなければいい? そんな風に簡単に思えるなら人はもっと簡単だっただろう。
期待からの落胆を恐れるのは、それは自分自身でも「期待される自分」に意味を持ってたからだ。だからこそ落胆されたら自分の存在意義を見失ってしまう。今やエベレストよりも高くなってる会長へのプレッシャーなんて俺が感じたことあるものではないだろう。
それでもこの女子高生はなんの変哲もなく、いつもと変わらない笑顔をむける。軽くおしゃべりできる。
本当に大したやつだ。