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命改変プログラム  作者: 上松
第一章 眠り姫
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散る花、進む花

 視界がぼやける。体が動かない。何故か頭からは血がどくどく出てる。僕の油断が生んだ、最悪のシナリオが幕を開ける。幾ら後悔したって、この時の自分を僕はきっと許せないと思う。


(あれ? 一体何が……なんで僕は地面に倒れてるんだっけ?)


 視覚が波の様にうねってる。焦点も合わないし、全体がボヤケて自分がどうなってるのかさえもわからない。僕の腕から逃れたらしいクリエが、近くで何か言ってるけど、言葉自体を上手く聞くことが出来ない。

 なんだか頭の奥で反響してるだけ。


(何言って……てか、なんでそんなに涙流してるんだ?)


 そんなおかしな疑問が頭の中に浮かぶ。でも涙流されてるんなら、どうにかして止めないととも、自然に思う。取り合えず、この寝心地が最高に悪い場所から起きあがって、クリエを安全な所へ……だけどあれ? 力が上手く入らない。

 体もなかなか言うことを聞いてくれない。両手を必死に揺れる地面へと押し当てて、体を持ち上げようとするんだけど直ぐに力が抜けてしまう。

 床に再び戻った僕。するとそこで気付いた。白い床に広がる真っ赤な液体に。


(これは……僕の血?)


 ボヤケる視線を周囲に這わせて見ると、直ぐ近くに赤い物が付着した鍾乳石が砕けてるのが見えた。それで何が起きたか理解した。


(そっか……僕の頭にアレが当たったのか。くっ……道理で一瞬意識が飛んだ筈だ。くそったれ……こんな所で)


 理解すればするほど、自分のアホさがムカついてくる。なんでこんな時……なんでこのタイミングであんなのに当たる。それは一番やっちゃいけない事だ。

 僕は何度も何度も、体を持ち上げようとするけど、やっぱり体に上手く力が入らない。くっそ……まるで心と体が離れてしまったかの様な感覚だ。

 揺れはまだ続いてる。周りには次々と僕を襲った鍾乳石が落ちてきてる。このままじゃ、もう一度があり得ないとは言えない。ここは危険だ。


「う……あ……」


 声を出そうとした。だけど、喉を通って出てきたのは言葉になんか成ってない声。言いたいのに……クリエに「走れ」って言いたいのに、僕の口は言葉さえも紡げない。

 クリエは僕が何かを言おうとしてると感じてか、必死に何かを言って、顔を近づける。だけど今の僕には、この子の言葉を処理できる力もない。変な音として頭には伝わるだけ。

 すると今度は更に最悪の事態が押し迫る。この揺れで、とうとう巨大な柱と成ってる鍾乳石にまで亀裂が入り、倒れてくる。


 今度こそ「逃げろ」って言いたかった。だけど、クリエの奴は逃げる所か、僕を庇うように抱きついてきた。このバカ……ここで僕と一緒に死ぬ気かよ。

 そんなの……そんなの僕が耐えられるか!! 僕は体を持ち上げる為に離したセラ・シルフィングを求める。でも、柄を握る事も出来なければ。持ち上げる事さえも不可能だった。

 けどだからって、このままクリエまで死なせる訳には行かない。僕は触れる程度のセラ・シルフィングに必死に意志を伝えようとする。具体的には頭で念じまくった。


(頼む頼む頼む頼む頼む!! セラ・シルフィング、雷放を雷放を雷放を!!)


 セラ・シルフィングは応えてくれる。僕はそう信じて願う。僅かだけど、手にバチバチという電気の感触が……けれど、迫り来る巨大な柱にはこんな程度じゃ傷一つつけられやしないだろう。

 するとその時、更にもう一人が上にのし掛かって来た。その人はクリエを庇うように抱きついて、そして震えてた。

 そしてその上に柱が迫る。だけど直前で、巨大な鍾乳石は横から突っ込んできた何かによって砕かれた。飛び散る破片が周囲に幾重も舞い散る。


 僕はそんな中、飛び散る破片の先に目をやってた。そこには自分の背よりも大きな十字架を展開させてるモブリの姿がある。

 そしてその人も、何かを叫んでる様だった。けど、僕にはその人が何を言ってるのかわからない。彼女はたった一人で戦ってる。鍾乳石の雨をくぐり抜け、こちら側に来ようとする狼共をたった一人で相手してる。


(僕も……)


 そう思う事だけはいつだって出来た。だけど体が全然思いに付いて来てくれない。歯がゆすぎる。すると僕の体が後ろの方へ引っ張られる様な感覚が。

 視線だけを上げると、そこではシスターが僕の服の襟を掴んで後ろに引っ張ってた。僕のボヤケる視界じゃ上手く見えないけど、シスターの表情はなんだか痛々しいような。

 目の前ではクリエがシスターに向かって何かを訪ねてる様に見える。クリエはセラ・シルフィングを抱えて付いて来てて、何を返されたのかわからないけど、決意した様な目で、揺れる地面の中を必死に歩く。


 地面を引きずりつつも、少しづつこの場を移動していく僕。それが情けなくって、力なくて……自分のふがいなさが本当に恨めしい。

 するとまた、大きな揺れが……それは地面の亀裂を更に広げる。僕達が今し方通った場所も大きく地面が割れてしまう。緑色した水が、奈落と化した底へと流れていく。


「――――!!」


 その時、クリエがその亀裂の向こう側へ向かって何かを叫んだようだ。僕も次第に視界が戻ってきた視線をその方向へ向けた。

 すると丁度その時、シスターの必死な声も少しだけ聞こえた。


「――ダ――――ソン様!!」


 アンダーソン? ……そうだ、あの人は向こう側で戦ってた筈。視線は自然とあの人を捜す。すると居た。まだ向こう側で戦ってる。

 クリエが亀裂の傍まで寄ろうとする。だけどそれをシスターが制して、声を出す。


「はや――こちら――へ!!」


 揺れは次第に更に強く成ってきてた。ミセス・アンダーソンは言葉を受けても、何故かこちらに来ようとはしない。何やってるんだあのおばさん……このままじゃ。


「アン――ソ~~~~~~~ン!!」


 必死に叫ぶクリエ。手も伸ばすけど、彼女はそれに答えようとはしない。そんな事をしてる間にも、僕達の目の前の亀裂は広がるばかり。このままじゃ本当に……そして天井にまで入った亀裂によって、この鍾乳洞が本当に崩れさろうとしてるとわかる。


「行き――さい。――が――任を持って、食い止――あげるから」


 崩壊の進む鍾乳洞で、おかしな言葉が聞こえた。何……言ったあのおばさん? 所々聞き取れないけど……大体分かったような……でもそんなの受け入れる筈がない。

 僕の思いと同じく、クリエやシスターもそんな言葉が信じられなかった様子で、向こう側に居るアンダーソンへと言葉を向ける。


「ダメ――何言って――の!? みんなで――に、帰るの!! じゃなきゃ――ヤ――よ!!」

「そうで――クリ――の言うとおり。貴方様――犠牲に――なんて!」


 二人の言いたいことも全部じゃないけど、聞き取れた。ちょっとずつだけど、回復してきてる。体さえ元に戻ればこのくらいの距離、僕なら余裕で飛び越えられる。

 そしたらあのおばさんがなんと言おうと、抱えてしまえばこっちの物……だけど、そこまで回復するのに後何分掛かる?

 今直ぐにでも行かないと、間に合わなくなりそう……僕は必死に体に力を伝えてみるけど、やっぱり言うことを聞いてくれそうにはない。

 地面に倒れ込むしか出来ない僕。そんな僕は、ミセス・アンダーソンの視線が僕に向いてる事に気付いた。


(何で……何でそんな目をして僕を見る……)


 ミセス・アンダーソンの目は戦いの最中の目じゃない。ここに残る事を決めて、絶望を宿した目でもない。ただたおやかに、そして穏やかに僕を……いいや、僕達を見てる様な。


「行き――さい!! これは命令よ!! シスターそれと――ウ――その子を――――ます。最――に、コレ――を」


 そう言ってアンダーソンは、懐から出した紙切れを、十字架に乗せて飛ばす。それと同時に天井が崩壊した。

 大きな音と共に、目の前に瓦礫が落ちていく。クリエがそんな中へ近寄ろうとする。だけど最後に、アンダーソンはそんなクリエに、目一杯のきつい言葉を向けた。


「――――――――なさい!!!」


 そんな言葉を受けたクリエは、必死に涙を我慢してる様だった。だけど涙は必死に食い止めても、それは既に顔に出てる。

 唇を噛んで、眉を寄せてるその顔は既に泣き顔みたいな物。でもクリエは涙の一粒も見せずに、シスターの後を付いていく。

 僕は結局、何も出来ずに引きずられるだけ。そして僕だけがきっと見てた。崩れ去った瓦礫に埋もれていくアンダーソンの姿を。


 僕達はなんとか崩壊を免れて暗い通路に入ってた。ここは多分、最初に入った出入り口通りだとすると、もうすぐそこに出口があるって事だろう。

 なんとかここまで来たわけだけど……僕達の空気は重かった。だって、犠牲が出てしまった。それはどうしようもない思いと共に、のし掛かる。


「ふぐっ……えっぐ――」


 ポタポタと暗い地面に透明な滴が落ちる。視線を上げると、クリエの瞳から次々と涙が溢れてた。必死に我慢してた糸が、ちょっとした安心に緩んだみたいだ。そしてそれを引き戻す事がクリエには出来ない。

 クリエは必死に運んで来てくれたセラ・シルフィングを放り捨てて、シスターの胸へと飛び込んだ。そしてそのまま――


「うわぁぁぁぁぁん! シスタァァァァァ!!」


 クリエの鳴き声が、狭くなった洞窟へと響きわたる。僕はそんな泣き声の中、僅かに取り戻した感覚で拳を壁へと叩きつけた。そんな痛くもない程度の力……だけど、その泣き声に心はかきむしられる様に痛かった。

 シスターはそんなクリエを優しく抱きしめる。そしてクリエの頭に顔を埋めて何かを話してる? いや、違う。微かな旋律が僕にも届く。これは……あの歌だ。


『幾億の星が~流れ落ちるその時~私はその星の一つに~なれているのだろうか。一人で輝く星になんて~成りたくはな~いよ~。孤独は罪で、それが罰。紡いだ声はどこへ行くの~それでも私は目指したい。

 夢の場所。希望の丘。私はそれは抑えられないの』


 紡がれる旋律は、僕の知らない歌詞を露わにしていく。そしてそんな歌の途中で、クリエは強くシスターを抱きしめる。


「クリエは……クリエは……立ち止まっちゃいけない?」

「そうですね。あの人はそんな事は望まないでしょう」


 そう言われたクリエは、涙をゴシゴシとふき取る。そして放り投げたセラ・シルフィングを抱え直して、僕の方へ向けた。


「はい!」


 そこには目一杯頑張ってクリエが笑顔を作ってる。なら、僕も目一杯頑張ってそれを受け取らないといけないだろう。

 震える両腕を必死に伸ばす。そしてそれぞれの腕に、クリエが一本ずつ剣を握らせてくれる。


(――っつ!)


 握った瞬間、そのままセラ・シルフィングを落としそうになる。だけどそこは根性で踏ん張った。クリエが頑張ってるのに、僕がいつまでも情けなく居られる訳がないからな。

 そしてなんとか、鞘へと納めた。たったこれだけの事が、なんて難しいだ。全快にはもう少し掛かりそうだった。


「大丈夫スオウ?」


 そう呟くクリエが不安そうな瞳で僕を見てた。僕はそんなクリエに向かって、握った拳の親指を一本立てて、目一杯の笑顔を作る。

 それは「大丈夫」って言う意思表示。まあ全然、今の僕の状態じゃそうは言えないかも知れないけど、これ以上クリエを不安にさせる訳にはいかない。

 これは回復薬でも飲めば、一瞬で元通りに成れたりするのかな? そんな希望はあるわけだけど……今はまだウインドウを出すのもままならないんだよな。

 どうしても自分のふがいなさに歯噛みしてしまう状況。助けるって言ったのに、完全に逆に成ってるよ。

 するとその時、ミセス・アンダーソンが最後に託した紙に目を落としてたシスターが、何かに反応した。


「何か来ます! この足音は……きっとあの狼です」

「ええ!? どうしようどうしよう、スオウはこの状態だし、戦えないよ」


 シスターの言葉に狼狽えるクリエ。実際僕もそうだった。最悪だ。こんな状況で……どうしろと? 狼共はこっち側には回ってないと思ってたんだけど……どうやらそうじゃなかったらしい。

 残り全部鍾乳洞で潰れてれば良い物を。僕は踏ん張りが効かない足を押さえつけて、無理矢理立ち上がろうとする。だけど直ぐに、地面に倒れてしまう。なんという情けなさ。


 揺れはまだ続いてる……ここもいつまで持つか……きっと次に大きな揺れが来たら、ここも危ない。地面に耳に付いたせいで、確かにいくつかの足音が聞こえる。四足歩行の沢山の足音。

 実際、半信半疑だったけど、自分の耳で確かめちゃうと、こうやって倒れてる場合じゃないと思える。情けなくふがいない僕だけど……ミセス・アンダーソンが命を懸けてまで守ろうとしてくれたんだ。

 僕達に未来を残してくれた……それなら、こんな所で潔く狼の餌になんて成れる訳がない。僕はもう一度立ち上がろうとする。死ぬわけには行かないから。そして今度は僕が、守らなきゃいけないからだ!!


「う……がっががががああああああああああ!」


 声に成らない声を出して、少しづつ腰を上げていく。そんな僕を見て、クリエが急に抱きついて来た。そしてそのせいで結局、また倒れる羽目に。

 何するんだよクリエって思ったよ。すると気付いた。クリエが必死に堪えてた筈の物が、もう一度その頬に伝ってる事に。


「無茶だよスオウ! そんな体で……スオウまで居なくなろうとしないでよ!」

「クリ……エ」


 何とか紡げたその名前。僕はクリエの頬に手を添える。そして伝わるかどうかわからないけど……口だけを動かした。まだ上手く言葉を出せないから、もういっそって思ったんだ。


(ごめん……でもここで、終わりになんてさせる訳にはいかない)


 僕は頬に添えた手を、クリエが僕の服を掴んでる手へと持っていく。そして今の僕の力じゃクリエの手を解く事も出来ないはず……だけど、その小さな手を離してくれた。何かを感じたのかも知れない……クリエは敏感な子だから。


 大粒の涙が止めどなく溢れるクリエの瞳。僕はそれを見ないようにしながら、もう一度立ち上がろうとする。するとそこにはシスターが居た。体を起こしたばかりの僕と、目の前に立ってるシスターの顔は丁度同じ位。

 てか、そこに居られたら立ち上がりずらい……フラツくから危ないんだ。そんな事を考えてると、コトンとシスターが何かを落とした。

 視線を向けた先にあったのは瓶……それもこの瓶は――


「ふぐっ!?」


 添えられた手と同時に近づいた顔。そして混じり合う息と共に、触れ合った唇。僕はただ、ただ固まった。実際何がどうしてこうなったのか、全然わからない。

 そしてその行為の直後、クリエが小さく「きゃっ」と言ったのが聞こえたよ。だけどどうやらこれは、ただのキスって訳じゃない様だった。

 僕の口の中に何かが入ってくる……シュワシュワとした、ソーダ味の液体、これは……口一杯にたまるそれを僕は飲み込む事になる。

 すると体が幾分か楽に成っていく感じ。そして僕のHPが回復していく。彼女の口からそれが尽きた所で、唇は放される。


 だけどまだ超至近距離……こんな事をした後だからか、モブリの筈なのに、妙にシスターが艶めかしく見えてしまう。てか何でこんな事、するとシスターは真っ赤な顔で僕を見つめて言う。


「これは呪いです。今のは、私の呪いが籠もったキスだったんです。許しませんよ。ちゃんとこの子を守ってくれないと。許しませんよ、ちゃんとこの子の願いを叶えてくれないと。

 私は一緒にいけないから……だから貴方を呪います。この子がきっと救われます様に」


 そして小さく「一度やってみたかったってのもありますけど……」とか恥ずかし気に言ってたけど……ちゃんと僕は、その言葉の意味を理解してただろうか?

 いきなりで唐突で……実際何言ってるんだ? って思ってた。シスターはだけど、既に何かを決意してる。最後に僕の耳元に顔を寄せて、伝えるべき事を伝えて、僕の手に渡すべき物を握らせた。

 そして僕から一歩下がる。僕はまだ頭が上手く働いてないようで、何を言えばどうすれば良いのか分からない。


「シスター?」


 彼女のおかしな行動に目を見張ってたクリエが、親しい人の変な行動を心配するような声を出す。と、言うか何か不安そうな声。

 するとシスターはとびっきり優しく微笑んで、クリエをギュっと抱きしめた。


「ごめんなさいクリエ。ごめんなさい……だけどもう貴女は一人じゃないから……だから、私は安心です。いつもはクリエが行ってきますを言ってたけど、今日は私が言うね。

 行ってきますクリエ。大切な貴女の願いを繋げる為に」


 するとクリエが震える声でこう返す。この時にはもう、クリエも僕も、彼女が何をしようとしてるのか、その察しが何となく付いてたから……だからクリエは、震えても何でも、その手を離そうとしない。


「待ってよ、シスター。イヤだよ……イヤイヤ! そんなの駄目! そんな行かないで! 行って来ますなんて言わないで!!」

「良いのよクリエ。ありがとう……私はその気持ちだけでとっても幸せです。こんな私でも生まれて来て良かったと思える。

 でもねクリエ、私の役目はここまでです。ここから先は、私は共に行けないの。そしてきっと、その役目は彼に続くんです。

 貴女が出会って、自身で繋いだ絆の彼と籠の無い世界を歩きなさい。私の事を犠牲だなんて思わないで……それは誰しもが持ってる権利です。

 勿論貴女にもねクリエ。ずっとここに縛って来たのが間違い。自由に成りなさい。そして、願いの場所へ。忘れないで、私はいつだってクリエの味方だよ」

「あっ……ぐっあ……うう」


 声に成らない声で泣いてるクリエ。苦しすぎて痛すぎて……溢れる涙に対して声が出ない。するとシスターはそんなクリエを無理矢理引きはがして、僕の方へと押した。泣いてるせいで足下がおぼつかなく成ってたクリエは、簡単に突き飛ばされて、僕の元へ。

 そして彼女はいつもの如く、丁寧にお辞儀をしてこう言った。


「その子を頼みます。ちょっとわがままで、自分勝手で、目を離すと直ぐにどこかに行っちゃうような落ち着き無い子ですが、本当はとっても優しくて……とっても寂しがり屋な子なんです。

 貴方ならきっと、その子を救う事が出来る。私には絶対に出来ない事が。あの日から何度そこに行きたかったか……けど、良いんです。

 頼みます。救ってください。可哀想な彼女達を」


 お辞儀をしてるシスターから、透明な滴が落ちてた。本当はずっと一緒に居たいに決まってる。それなのに、それを選ぶ事がもう彼女には出来なくて……その役目を誰かに託す事しか出来なくて……シスターは顔を上げると同時に、背を向けて洞窟を先行していく。

 そんな後ろ姿にクリエが何度も何度も名前を叫ぶ。僕だって止めようとした。だけど回復はしても、体と脳の繋がりは未だ曖昧らしい。僕は直ぐに地面に倒れてしまう。するとそこには僅かな血痕が続いてた。

 僕の血……じゃない。これはきっとシスターの……やっぱりさっきの回復薬は僕が渡した筈のもの。彼女はそれを使って無かったんだ。なんで……どうして? 全然分からないよ。

 倒れてしまった僕を気にして、クリエはシスターの後を追えなかった。そして倒れてしまった僕には聞こえてた。沢山の足音が、遠ざかって行く。



 激しい風と雨が体を打ちつけて、巨大な落雷が地面を砕く。何とか歩けるまでには回復出来てた僕は、クリエと共にようやく洞窟の外へ。きっとこれもシスターがくれた回復薬のおかげだろう。

 外に出るとモンスターが居るかと思ったけど、この時にはもうシスターもモンスターも周りには居なかった。僕はクリエを胸に抱えて、ふらつく足取りの中、山を下る。

 僕達は一言も発しない。お互いに、嵐とかもうどうでも良く成ってた。打ち付ける雨も、荒れ狂う風も、鼓膜を破りそうな程の落雷にだって反応しない。


 ただ僕達は無言で目的の場所を目指してた。大きな何かを抱えてるから、足だけは止められない。そして辿り着いた箱庭の端。

 僕は手に握った紙に向かってこう言った。


「マジックリリース。ゲートを開け。キーワードは……神の名の元に」


 すると紙は光り、魔法陣が現れる。そして僕達は籠の無い世界へと誘われる。

 第二百二十八話です。

 今回で箱庭脱出。だけどそれは辛い事の連続でした。クリエにとってもスオウにとっても、とても辛くて立ち止まりそうになる物。だけどそれは許されない。思いを託されたのなら、勝手に立ち止まる事は許されない。

 だからこそスオウはクリエを抱えてまで歩いたんです。取り戻せた筈の願った物。だけどその代償はとても大きかったんです。

 てなわけで、次回は木曜日に上げます。ではでは。

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