2256 前に進むためのXの問い編 631
「それで一体どうしたの? その錫杖? だっけ? ローレちゃんに返した?」
「いや、まだもってる」
僕たちは今、自分たちの家の窓から顔を出して話してる。相手はもちろん日鞠である。隣の家の日鞠の家と僕の家はとても近い。それこそ窓を伝ってお互いの部屋に行けるほどである。なので窓を開けて顔をだしてトントンすれば応えてくれる。
まあいれば……だが。最近はこうやって話すこともぱったりとなくなってはいた。昔はそれこそ日鞠の部屋にはカーテンなんてしてなかったし、僕の部屋にだってそうだ。けどお互い……いや、きっと日鞠の方が早かったと思うが、日鞠がカーテンをしてちょっとした壁を作り……そして僕も……互いに普段からカーテンを閉め切るようになってしまった。
きっと思春期のせいだ。別に覗いてなんかなかったが、ある日たまたまふと窓の向こうをみると、着替え中の日鞠がいた。僕はその時、何も思わなかった。なにせガキだったのだ。そもそもが互いにもっと小さな子供で、男女の意識なんてそれこそなかった。
けどきっとあの時の出来事がきっときっかけだったんじゃないかって今は思う。なにせあの時日鞠は珍しく「あっあ……」とかいって顔を真っ赤にしてた。今やなんにでも、それこそどんな状況でも余裕を崩すことがなくなってしまった日鞠だからこそ、あの時の顔は忘れられない。
まあそんな事で頻度は下がってしまってたこの状況での会話だが、再び僕たちの距離はぐっとちぢまったのだ。なにせ今や僕たちは明確な『彼氏・彼女』なんだ。はっきりと何が違う……とか言われてもまったくもって困るが、確かに僕たちはその契約をした。
実際こうやって面と向かって話す……なんてせずに勝手に今の事態は進んでいく……と思ってた。実際僕たちは彼氏彼女の関係だが、そんなにベタベタとしてるわけじゃない。
手をつなぐ……とかキスをするとかしかしてない。それは偏に……というか要因の一つに、日鞠の奴の度を越した忙しさがあると思う。普通はそれこそ、高校生のカップルなんて四六時中イチャイチャするものではなかろうか? それも今は夏休みである。
そんな美味しい状況のはずなのに、僕たちは互いに互いのことをやってる。それでも前よりはずっと互いに気にかけて一日に一回は顔を合わせる……という努力をしようとはなってる。
まあそれもなかなかなかったりするのも日鞠の忙しさのせい。けど今日はできた。だからこそ、こうやって僕たちは顔を見て話すことができてる。
「聞いてくれよ。あの錫杖、ローレやアーシアにだけしか持てないって思ってたんだけどさ。思ったんだよ」
「なにを?」
「いやだから、そもそも持つ必要なんてなかったなってさ。ほらインベントリに物を入れるときって、小さなものって確かにそこに入れる動作とかするけどさ、装備ってそうじゃないじゃん。
ただ、選択して外すかとかそんなのを選択するだけ。あとは物理的に脱ぐとかさ。武器だって一定の距離を離れると勝手に戻ってくるし。だからそもそも、持つ必要なんてないわけだ。
ただ意識して、錫杖をインベントリに入れる――そう思ったら案の定視界にシステムメッセージが表れて、それで消えるようにはいっていった」
「なるほど。そうだね。それでいい」
バチバチバチと僕を褒め称えてくれる日鞠。僕そんなのに気をよくして、色々と起こったことをたくさん日鞠に話した。それをずっとニコニコ聞いてくれてたよ。