提示されたもの
僕たちが出会った少女は何者か? 謎のクエストの意味は何なのか? 少しでも事態を知るために僕はリアルを走る。だけどそこで見た光景は愕然とするもので更にどうすればいいのか分からなくなるものだった。
僕は彼女のベットに腰を下ろしたまま固まっている。「助けて欲しい」と言われたけど僕に出来る事なんてほぼ無い。傍らで再び目を閉じた彼女の体重を肩に感じながらドギマギしている。
しょうがないから全プレイヤーに通知されたクエストの詳細を見る。でも再び疑問符が浮かぶ。
『この世界でさまようお姫様と出会ったプレイヤーの目的はただ一つ。彼女を無事リアルに帰還させること』
リアルに帰還? どう言うことだ? 普通誰もがワンタッチでログアウトが出来る筈だ。謎だけが僕の中で募っていく。隣で寝息を立てている彼女を見やる……その寝顔は安らかに閉じられている。
そうこうしてる内にアギトが戻ってきた。彼も通知されたクエストを見たのだろう血相変えている。殆どのプレイヤーはこのクエストの意味なんて分からないだろうけど僕とアギトだけはこの「お姫様」が彼女だと気づいている。
てかこの子しか居ない。
「おい、なんだよこのクエス……ト……てあれ? スオウその顔……」
ん? なんだ? 顔がどうしたんだ? 僕は彼女をベットに寝かして川辺に自身の顔を映した。そこには僕が必死に作り上げた凛々しい眉に力強い目、サラサラの黒髪が整った顔立ちに栄える美少年が映る……はずなのに何故かいつも鏡で見てる癖毛が残る髪に時たま女の子に間違われる中性的な顔があった。
「て、これリアルの顔じゃんか!」
「何があったんだよお前?」
知らない。分かる分けない。てか今気づいた。なんで苦労したキャラがリアルの顔に成ってんだよ……そして全身を見て気づいた。なんだか身長もリアルのままの様な気がする。まだ始めたばかりでキャラの時の方が違和感あったから慣れただけだと思ったけどこれは……元に戻っただけか?
急いでGMにコールして今の自分の状況を伝えた。さっさとこのエラーをどうにかして!
だけど帰ってきた返事に愕然とした。
『今の貴方の状態はアンフェリティクエストの仕様であってエラーではありません』
「クエスト仕様?」
「訳わかんないな……」
二人で考え込む。それでも何か分かる訳も無いけど。だけどここで思い出したようにアギトが声を上げた。
「そうだ! これ見て見ろよスオウ」
そういって表示させたのはメールに添付した新聞の記事だ。それを拡大表示してみる。
「三年前の記事? 仮想空間、フルダイブ実験中の事故? 一人の少女が意識不明のまま戻らない。少女の名前は『桜矢 摂理』……写真もあるのか」
「ああ、見つけるのに苦労したぞ」
「!! おい! これって」
思わず食いついた。添付ファイルに入っていた写真はベットの上で静かに眠る一人の少女の姿。頭には自分達がつけているものよりももう少しゴツゴツした物が頭部を覆っている。
何よりも驚いたのは瓜二つだからだ。今、花に包まれたベットで眠る彼女と病院で眠る彼女は全く同じ顔をしてる。こんな事ってあり得るのか?
だけどこれが事実ならクエストの内容も頷ける。お姫様を無事リアルに戻す――戻して欲しいって事か。
「俺も驚いたよ。それにこの桜矢摂理って子は、このフルダイブシステムを開発した技術者の妹らしい。元々体が弱くて……フルダイブシステムは医療方面で開発されてた技術だからな。足を無くした人に走ることを、光を無くした人に再び光を……寝たきりの人でも仮想の中でフルダイブすれば自由に体を動かせる。それは夢の様な事だったんだ」
つまり元々このフルダイブという仮想空間はたった一人の妹の為に作られた場所ってことか? だけど妹は自分が作った幻に幽閉されてしまった。
だけどなんでこのゲームの中に? 時期が違う。LROの稼働開始は一年とちょっと前……だけどこの子の事故は三年前だ。
「分からないけどこのゲームの開発にもその人は関わってるんだ。ならもしかしてこのゲームの開発目的が妹を仮想空間から連れ戻す事なんじゃないか? 勿論こんな個人的な目的で何百万ていうプレイヤーを動かせないから別の最終目的の課程で絶対クリアしなきゃクエストとして組み込んだ」
「いや待てよアギト。それならその人はここにあの子が居ることを知っているんだろ? それならこんな物作らなくったって助けられるんじゃないのか? それにこのクエストってどう考えても達成出来るかなんてメーカー側でも保証出来ない物じゃないか?」
僕の疑問にアギトは「わかんね」と笑った。その声に反応したのか彼女が目を覚ます。そうだまだ彼女が桜矢摂理と決まった訳じゃない。
僕はそれを確認するために口を開こうとして固まった。それは彼女の口から出た言葉に衝撃が走ったからだ。
「誰ですか? 貴方達? ここはどこですか?」
「えっと、覚えてないの? あの……王子様だよ」
その言葉に後ろでアギトが吹いた。しょうがないだろ、彼女が言ったんだから。
「王子様?……違う! 私の王子様はお兄ちゃんだけだもん!」
バフバフと枕でたたかれた。本当にさっきの事は忘れてしまったようだ。どういう事なんだ? なんだかがっかりした自分が居る。
「ええと、ゴメン……僕はスオウって言うんだ。後ろの奴はアギト。君はもしかしてその……桜矢摂理さん?」
おそるおそる聞いた。その瞬間彼女の手が止まった。
「違うよ……私はセツリだもん」
その言葉にちょっとホッとした。けど続いた言葉で崩れさる。
「桜矢摂理はリアルの私だもん。ベットから動けない生きてない私……」
心に何かが突き刺さった様に痛む。心なんて物まで再現してるとは思えないけどこの痛みが幻覚なんて思えなかった。
「えっと……ごめん」
「いいよ、だってお兄ちゃんのおかげで私はこんなにおもいっきり動けるように成ったもん」
そう言ってベットの上でクルクル回る彼女。白い太股が際どい所まで見えてるよ!
「ねえ、お兄ちゃんはどこかな? 貴方達もどこか悪いんだよね? 凄いよね、私のお兄ちゃん」
「え……」
彼女はもしかして気づいてない? 自分が三年間もダイブし続けていて現実では意識不明状態であることを。それにここを今でも実験で作られた医療用の空間だと思っている。
だけどそれは全部もう変わってる。ここは彼女がいた穏やかな空間じゃない。モンスターがうごめき人の欲望を具現化したゲーム空間。でもそれを一体どうやって伝える?
そもそも親族でもない僕らが勝手にそんな事を言っていいのか……。
「あれ? 貴方達なんだか随分立派なもの着てるね。私知ってるよそう言うの。ゲームとかの勇者が着たりするよね。お兄ちゃんが作ってくれたのかな? ここは何でも出来るから。ふふ、やっぱり男の子なんだね」
僕は腹を括って話すことにした。だって彼女を置いていく訳にもいかないし外に出れば隠して置ける事じゃない。町に行けば何百と言うプレイヤーがばっこしてるんだ。
僕は口を開く。伝えなくちゃいけない……それが最初に彼女を見つけた僕の役目だと思った。
「あのさ……桜矢さん……」
「セツリってよんで! 桜矢なんてこっちでは呼ばないで!」
もの凄い剣幕でいきなり言われた。僕は首を縦に何回も降る。
「ごめん、セツリさん。あのさ言いにくんだけどここは君の知ってる場所じゃない……ライフリヴァルオンラインっていうゲームの中なんだ」
僕の言葉を聞いてストンと目の前に膝を付いた。そして膝を動かして僕の目の前に来て綺麗な顔を斜めにする。
「ちょっと君! そんな冗談笑えないよ。このシステムは医療用に開発されてるんだからゲームな訳無いじゃない」
怒られた。だけどここで下がるわけには行かない。
「いや、ほんとなんだってば。僕達のこの格好だって冗談じゃないよ。敵の牙から身を守るために防具を着てる。敵を倒すために剣を持っているんだ。そんな人たちが外には何百万と居るんだよ」
「じゃあなんで私はこんなゲームの中に居るの? お兄ちゃんはなんで何も言ってくれないの?」
それは答えるべき答えがない。こっちが教えて欲しい位だ。
「それは僕達にも分からないけどさ……君のお兄さんがこのゲームを作った一人らしいから……もしかしたら君にゲームを楽しんで欲しくて作ったんじゃないのかな?」
僕は一番重要な事を言えずに嘘を付いた。その時後ろからアギトが
「バカ、何言ってんだよ!」
と小突いたけど言える訳ないだろ。三年間君は眠っていてこの中に囚われているなんてさ。
するとセツリは少し考えてニコリと笑った。
「そっかお兄ちゃんが作ったのならあり得るかも。お兄ちゃんはね、いろんなビックリする事私にするんだよ。このフルダイブだってそうだよ。よ~し、これはきっとお兄ちゃんからの挑戦状だね。ゲームならクリアしてみせろって事だね」
元気に笑う彼女を見てるととてもリアルで意識不明とは思えない。これでいいんだと自分に言い聞かせる。
取りあえず僕達は街に戻ることになった。早く外に行きたいとセツリが言うからそうするしかない。
ん? でも待てよ……セツリってどんな扱いなんだろ? プレイヤー扱いなのか? クエストの鍵みたいな扱いだし道具? ――はちょっと酷いか。
「あのさ、セツリはウインドウ開けるか?」
同じ疑問を持ったアギトが先に聞いた。てか今なんて言った? セツリって呼び捨てかよ!
僕の憤慨を余所にアギトは指を二本突き出して上から下にサッと動かす。するとアギトの目の前に四角いウインドウが浮かび上がる。装備やスキルの取り外しやいろんな設定、ログアウトもこの画面で行うんだ。
アギトの真似をしてセツリも腕を動かす。だけど何も出ない。やっぱりプレイヤー扱いじゃないのか? だけど諦めきれないセツリは何度も試して続いて左手でやった。すると
「出た!」
確かに彼女の目に光るウインドウが出てる。僕は自分のウインドウを可視モードにして彼女に同じかどうか確かめてもらう。さすがに女の子のウインドウを可視モードにしてもらうのは気が引けるからね。
「う~んちょっと違うかも。私じゃ分かんないよ。君見てよ」
そう言われてセツリは肩が触れ合う位置に……心臓がドクンと大きく成った。だけどこのままじゃ真っ白なだけだ。彼女に指示をだして可視モードにしてもらう。
「装備欄はあるな……あれ? でも武器は装備出来ないのか……っつ!!」
「どうした?」
横からアギトが顔を出す。僕はアギトに震える指でウインドウの左下を指さした。そしてそこを見つめてアギトも凍る。だってそこには有るはずのボタンが無いんだ。
仮想と現実を繋ぐ唯一のボタン……「ログアウト」が彼女のウインドウには無かった。
「どういう事だよこれ?」
僕とアギトは彼女のウインドウを目一杯開いてログアウトを探した。だけど簡素な彼女のウインドウで操作出来る事なんて殆どなく、当然ログアウトはやっぱりどこにもなかった。
アギトはGMにコールした。彼女のウインドウにはGMコールさえ無かったからだ。だけど返答は僕の時と同じだった。これはクエスト仕様。
僕は壁を殴った。こんなクエスト仕様が有る分けない。ログアウトがないなんて彼女がリアルで眠り続けている事に関係有るんだろうか? それしか理由も思いつかないけど。
「どうしたんですか?」
そう無邪気に聞く彼女に僕らは言った。
「君の画面にログアウトがない。どうやらお兄さんは君にこのゲームをとことん楽しんで欲しいみたいだ」
「もーそんなことしなくてもちゃんとクリアしてあげるのに。お兄ちゃんはお茶目だから」
照れながらそんなことを言う彼女に僕はまた嘘を重ねた。他になんて言える?
僕たちは取りあえず街を目指す事にした。だけどどう行けば街に帰れるか分からない。僕たちは迷っていたんだから。
だけどそれは彼女が示した横穴に入る事で解決した。直ぐにフィールドに出られたからだ。彼女は初めて見る景色の中を走り回っている。モンスターが居るから注意しようと思ったら案の定アクティブされた。
「きゃーきゃー君どうにかしてよ!」
僕の後ろに隠れる彼女。どうせならアギトの後ろの方が安全だと思うけど……僕は仕方なく剣を抜く。現れたのは茶色い鱗に二本の足をした爬虫類系のモンスター。ここら辺に良くいる雑魚モンスターだ。
だけど雑魚と分かっていても凶暴なモンスターが目の前に居ると思うと足が竦む。敵はグルグル唸って僕を牽制している。僕は一歩たじろぐ。すると彼女の足を踏んでしまった。
そうだ……格好悪い所なんて見せられない。彼女はもう覚えて無いみたいだけど僕は彼女に勇者だと言ったんだ。手を出す気がないアギトを見て深く深呼吸。決意を決めて剣を振り上げた。
街に入りアギトが古株のプレイヤーの経験を生かして情報収集してる間に僕たちは宿屋にいた。飲み物と食い物を持って彼女に渡す。
彼女はお茶を啜りながら庭に舞う蝶を眺めていた。
「えっと……何も覚えてないの? そのここにいる理由とかさ」
恐る恐る聞いてみる。
「ごめんなさい。解らないの……何も覚えてない」
予想してた事だけど手詰まりにも程がある。どうやって彼女をリアルに返せばいいんだ? 長い沈黙が流れる。しばらくするとアギトが部屋に入ってきた。情報は皆無らしい。
「俺、一回落ちてみるわ。これ作った会社に行って見ればなんか解るかもだし、セツリの兄ちゃんにも会えるかもだからな」
「それなら僕も行く!」
「おいおいセツリを一人にする気かよ?」
そう言われて振り向くとセツリは不安な顔で僕を見ていた。気丈に振る舞って居たけど実は不安だったんだ。当然だよな。そんなことにも気づかないなんて……だけど。
「ならアギトが残ってくれ。僕が行くよ。会社に行ってセツリ……さんの兄貴には僕が会う!」
僕の言葉に少ししてアギトは頷いた。するとグッと引っ張られる感覚……彼女が僕の服の裾を握っていた。
「大丈夫……直ぐに戻ってくるよ。君のお兄さんに会ってちょっとアドバイスを貰うだけ」
おどけた調子で精一杯声を出した。するとゆっくりと離してくれた。
「わかった……お兄ちゃんとあえる様に秘密のおまじない教えて上げるね」
そう言って彼女は僕の耳に囁きかけた。そして離れて手を振ってくれる。僕も手を振りながらログアウトした。
現実に戻ってきた僕はベットから起きあがり頭に着けていた機械を外す。そしてパソコンを立ち上げ会社を調べた。ついでにネットのゲームコミュニティを覗いてみるとやっぱり謎のクエストの話題で持ちきりだ。
僕は会社の場所を確認すると部屋を飛び出した。階段を下りると何か香しい香りがする。足音を聞いてキッチンから顔を出した女の子が呼びかける。
「ちょっとスオウどこ行くのよ! もうお昼出きるんだけど!」
幼なじみの女の子『朝顔 日鞠』だ。
「ゴメン、ちょっと出かける。急用で一大事なんだ!」
それだけ言い残して自転車を漕ぎだした。
電車を乗り継いでたどり着いた大きなビル街に僕は来ていた。そびえるビル達は天を突こうとしている様だ。
僕は緊張気味に受付のお姉さんに聞いてみた。
「あの桜矢 当夜さんに会いたいんですけど……」
その言葉に受付のお姉さん二人は顔を青ざめた。そして発した言葉に僕は絶句した。
「桜矢当夜さんは一年前……自殺をして……今は妹さんと同じ病院に」
なんだって? 自殺? なんで? 足下がふらついた。だけど必死に現実に食いついて病院を教えて貰った。僕は再び駆けだした。一体何があの姉弟に起こったんだ!?
二人が収容されている病院は都内でも一・二を誇る大病院だった。僕は受付の人に頼み込んで病室を教えて貰おうとしたけど面会謝絶だと言われた。
だけどそんな僕を見ていた医師の人が僕の話を聞いてくれた。ゲームの中で起こっている事を話したけどやっぱりそれだけじゃ信憑性が足りない。こんな事なら彼女のスクリーンショットでも撮って置くんだった。
そこで僕はハッとした。別れる間際彼女が教えてくれたおまじない……僕はそれをやっていた。
「それは……本当の事なんだね」
医師の人は二人がこれをやっているのを何度も見たことが有るらしい。二人仲良く「おまじないだよ」と言っていたと教えてくれた。
そして通された部屋に二人は並んで眠っていた。彼女は記事で見たまま……今日会ったあの顔でそこにいた。頭には拘束具の様な機械がランプを点灯させている。その隣には彼女の兄が同じように拘束具の様な機械をつけて眠っている。
「あれ? お兄さんはなんでアレをかぶってるんですか?」
医師に思わず聞いてみる。
「知らないのかい? 彼はたった一人の妹の所に行こうとしたんだよ」
そう言う医師の瞳は悲しそうだった。自殺だとは聞いたけどどうやって自殺したのかは聞いていなかった。そうかこの人は妹の側に……あれ? それだとまた解らない事が一杯一杯だ。
そう思ったとき僕の携帯が振動した。廊下に出てメールを確認するとそれはゲーム中のアギトからだ。親しい友人にはゲーム内からも外に連絡出来る様になっている。
僕はアギトからのメールを開いてその簡素な一文が最初理解出来なかった。僕たちを置いて世界は止めどなく動いている。それは残酷なまでに勝手にだ……
メールの内容はたった一行
「セツリがさらわれた!!」
「続く」
行き当たりバッタリだけどまだまだ続きます。誰か読んでいてくれる人がいたら嬉しいです。毎日更新を目指します。




