純愛不正解
人を好きになった。
恋愛と友愛の違いを知らなかった子供の頃は、異性を好きになったら、それは恋愛なのだと思っていた。
けれどいくつになった頃か、そうでは無いと気付いた。
あの人が気になっていると友達に話した。
友達はその人にも話を聞いたらしく、両思いだと解った。
だけどそれから、恋人同士になることは無かった。
自分とその人以外に茶化されるのが、何となく嫌だった。
そんな事で冷める程度の気持ちだったと気付いた。
その後、両親の不仲による離婚を経て、結婚へ対するマイナスイメージが上がっていった。
結婚するつもりも無くなった頃に、また人を好きになった。
だけど、周りから茶化されるのが嫌だった事と、結婚願望の無さから、好きだと伝える事自体が無意味だと思っていて、話すつもりも、本当は無かった。
その人から、冗談のメールで「○○の好きな人って、俺?」と聞かれるまでは。
いつものようにはぐらかせば良かったのかもしれない。
魔が差しただけだった。
一言、そうだよ、と返した。
気づいたら付き合うことになっていて、それまで付き合っていた相手とは別れたそうだ。
だけどその後、別の人と付き合うことになったらしい。
結婚するつもりも無かった私としては、怒りも悲しみも無かった。
ただ一言、付き合い始める前に別れようと言ってくれなかった、信頼されていなかった事に対してだけ、やるせない気持ちになった。
その新しい彼女さんと私は、全くの正反対な性格だった。
と同時に、苦手なタイプだった。
そのため、いつも漠然と、どこが彼にとって魅力的だったのだろうと思っていた。
だからと言って別に、横取りするつもり等は全く起きなかったのだが、相手方はそう思わなかったらしく、いつも何かにつけて突っかかって来るので、正直うんざりしていた。
こうなるくらいなら最初から全てを打ち明けていれば良かったのか?
最初から、正面から、ぶつかっていれば?
その答えは出ないまま大人になった。
彼とは別れた後も友人として接していた。
恋愛としての好きだろうと、友人としての好きだろうと、性別は関係ないと思っていた。
男女の友情は存在すると。
周りはそう考えてはいないと気づいたのはそう遠くない日。
男子に混じって楽しくカードゲームをしていると、彼らの彼女達は、私とその男子達とを遠ざけたがっていた。
私に言わせれば私が彼らと楽しく遊んでいるのが嫌なら、一緒にカードゲームをすればいいと思ったのだが、そうは考えなかったらしい。
そうして私は初めて、産まれてくる性別を間違えてしまったのかもしれないと思った。
それから数年後、今度はいつも一緒だった幼なじみが、小学校の頃からの友人と同じ大学に進学した。
最初のうちは特に何も感じなかったが、同じ学校に通っている2人と、社会人の自分。
2人の会話が内輪ネタばかりになって行き、少しずつ疎外感を覚えるようになった。
いつも一緒に居たはずの幼なじみ。
いつの間にか私の知らない姿を持っていた幼なじみ。
それが酷く辛くて、その時にようやく気付いた。
いつも一緒に居たいと、死ぬまで傍に居たいと、そう思える相手であれば、異性だろうと同性だろうと、恋愛なのだと思った。
そして幼なじみに対して抱いていた感情を打ち明けた。
幼なじみは一言、○○が独占欲が強いのは解ってたよ。
その後幼なじみとは、なんやかんやで今も友達だ。
あの頃は恋愛だと思っていた。
実際、今も昔も恋していた事には違いないかもしれないが、さりとて結婚したい相手と言う訳でも無いらしく、あの頃の事は若気の至りとでも言おうか、有耶無耶になったままだ。
時は流れ、また同性を好きになった。
どの程度好きなのか?今ひとつ自信が持てないまま、長いような短いような時間を一緒に過ごしていた。
不思議と何時でも一緒に居たくなるような相手で、幼なじみを除けば初めての相手でもあり、と同時に幼なじみ以上に安心感のある相手でもあった。
だけど、その人に選ばれる事は無かった。
数々の恋と別れを繰り返しては疲弊して、その度にもう二度と人を好きにならないと決めて、そんな時にまた、好きな人と出会ってしまった。
今までの二の舞になるまいと、必死に好きを伝え表現してきたつもりだった。
他の全てを失う覚悟だってあった。
それでも結局、届かなかった。
好きと伝えなければ奪われ、好きと伝えれば避けられ、愛を示せば煙たがれる。
何が正解か、不正解か、私は今も探している。
死ぬまで、否、死んでも見つからないのかもしれない。




