この神の力は、本物なのだろうか
注意!
悪役令嬢ものっぽいですが、悪役令嬢の要素はほぼゼロです。
厳かな空気が漂う石造りの広い空間。
そこは段差がある玉座の間であり、この場所にはこの国……ギコギーコハシマセ王国の主要貴族達と王族が一堂に会していた。
そんな行事なぞ新年のパーティか、それに準ずる大きな行事でなければ有り得ない。
まあ今はその新年のパーティではあるのだが、貴族達の気の張り詰め具合から例年通りでは無いと察せられ、今回はそれだけではないのだと分かる。
つまり今回は特別重要な意味を持つパーティであった。
新年のパーティの方は恙無く済み、本題へと移行する。
それは――――
「――――これより、王太子の婚姻式を始める!!」
ざわざわざわっ……!!
来た。 来てしまった。
次期国王陛下となる王太子と、その婚約者が正式に結婚する式典が。
普通なら婚約者は既に居るのだから、今更それにざわつくなんて無い。
だが今回は違うのだ。
王太子と婚約者との仲が最悪だと言う噂が飛び交い、実際に人目も憚らず口喧嘩している目撃証言もあり、王太子が婚約者ではない異性の貴族令嬢と仲睦まじくしている目撃証言も多数あった。
目撃証言のみならず、その睦まじくしている異性と「キミと結婚したい」などと言葉を交わしていたのを聞いてしまったとする話もある。
ここまでくれば分かるだろう。
王太子がもしかしたら、もしかする可能性があるのだ。
もしそれが本当だった場合の状況の見極めも必要なのである。
しかして、その真実は…………。
ざわざわざわざわっ……!!!
陛下が座す玉座の1段下に立ったのは、王太子と――――
――――王太子が仲睦まじくしていたと噂されていた、例の令嬢であった。
これには陛下も目を丸くしており、どうやらこの王太子の独断の所業であるらしい。
「どう言う事だ、これは!!」
思わずと言って良い叫びを陛下が上げ、玉座の間に控える騎士達が身を緊張させて、いつどんな命令があっても良いように備える。
そして王太子はと言うと、陛下と同じ段まで貴族令嬢の手をとって登り、鼻を1発鳴らして表情が変わる。
「見た通りです、父上。 私はこのご令嬢との間に真実の愛を見つけました。 婚約者との婚姻は取り消し、この人と一緒になります」
「殿下……ステキ……」
王太子のアレな発言に、心底感動したと目を潤ませて陶酔する令嬢だった。
やらかした! やらかしやがった!
この場の王太子と令嬢以外の全員の心は一致した。
王族が、王家が、婚約と言う契約をあっさり踏みにじってしまう、こんな軽率な真似をしてしまった衝撃は大きい。
同時に、こんな軽率なおバカが将来の国王であると分かってしまった失望もある。
「これは悪夢か?」
玉座の間のどこからか、ポツリともれた声。
それはこの場にいるほぼ全ての者の気持ちを的確に表していた。
なにせこんなのに率いられた組織なぞ、水場へ群れで次々と入水していく小動物と変わらないのだ。
これに危機感を覚えない者は、当の本人達と、こうなる様仕組んだ者。
それと――――
「お待ち頂けますか?」
――――こうなる事を予想していた者だ。
声を出したのは、王太子が本来この場で一緒に出るはずだった婚約者。
いや、もうこんな状態になってしまっては、元婚約者の方が適切だろうか?
その声を聞いた全ての者が元婚約者へ視線を向け、そして。
『………………っ!?』
全てが息を呑む。
なぜなら、いつもの元婚約者の姿と、まるで違うヶ所があるから。
「あの令嬢は髪が金髪だったはず。 しかし今は漆黒だ……」
「髪の色は違うが、あの顔は王太子殿下の婚約者に違いない」
「なんだ、あの服装は。 男装じみた白のブラウスに、黒の乗馬ズボン。 それと真っ赤な前掛け……?」
「つい先程まではこの場に合う、美しいドレスを着ていたはず」
「そうなのだが、気が付いたらあのお姿に変わっていた。 どうしてそうなった」
「そもそも、あのご令嬢が声を出す前後から、軽快な音楽が玉座の間に鳴り響いている。 コレは一体何なのだ?」
「これは神のお力が関係しているのだろうか?」
周囲の貴族達のざわめき通り、王太子の婚約者はドレスだったはずだ。
だがいつの間にか全く違う、ともすれば男装と言われてもおかしくない装いにかわっていた。
更に場面の混乱度を引き上げる、謎の軽快な音楽が玉座の間で鳴り響いていた。
この場でこの変化を理解できる者はおらず、もう何が何だか分からない状況で混沌の渦に全員が飲み込まれそうになった時、 婚約者のご令嬢が動いた。
「はい。 では今回、この場でご紹介したい商品があります」
『…………????????』
商人や貴族が浮かべる、心から笑っていないのに友好的な雰囲気を演出する完璧な作り笑い。
それを振りまきながら、ご令嬢が意味不明な言葉を発し始めた。
「はい、コチラですね」
テテーン!
「人間の身体のあらゆる異常を癒やす飲み薬、2クチ3クチで飲み干せるサイズに改良いたしました、スッキリした味で飲みやすい神薬でございます!」
ジャーーーン!
ご令嬢がどこからかビン詰めの液体を取り出し、どんなモノかを紹介する。
…………どこからか響いてくる謎の効果音付きで。
『……………………』
貴族達は黙るしかなった。
場がより一層の混乱を…………と言いたいのだが、実は違う。
この薬を紹介し始めたご令嬢を覆うように、とても強大で偉大な気配が存在しているからだ。
その気配は人の形をとり、今のご令嬢とほぼ同じ服を着ていて、この場にいる誰よりも彫りの浅い平べったい顔をした黒髪の男性に見えるのだ。
その黒髪の男性の気配を受けて、ご令嬢から目を離そうとしても離せず、そしてどうしてか薬が気になって仕方なくなるのだ。
王太子やそれと仲睦まじい令嬢も例外ではなく、婚約者のご令嬢に注意も意識も吸い寄せられる。
声の抑揚で惹きつけられる。
大げさと言える身振り手振りは、キチンと情報を伝えようとする気持ちに溢れていて、その動きが関心を引く。
営業スマイルだと分かっていても、その美しい笑顔が人の警戒心を和らげる。
それはまるで、神のもの由来としか思えない御業であるかの様に、魅力的に見える。
「なんとこの薬、どんな怪我も治してしまうのです!」
そう説明しながら、ご令嬢は懐からナイフを取り出す。
「少し見ていて下さいね。 まずこうやって、ココに、傷がありますよね?」
そう言いながら、左の腕に取り出したナイフで切り傷を作る。
そんな出血現場を観客が見れば「うわぁぁ……」なんて悲鳴が上がる。
そりゃそうだ。 女性が自身を傷付けるなんて、正気の沙汰とは思えない。
だが、それに追い打ちをかけるご令嬢。
「このナイフはよく切れますからね、ギコギコはしません!」
キャアァァァ!!
ギコギコはしませんと言いながら、作った傷を更に深くするように、ナイフでギコギコして傷を深くする。
そんな事をすれば血がより多く出て、悲鳴もより大きなモノへと変わるのは当たり前だ。
だがご令嬢は平然としている。
「こんな傷でもね、この神薬を飲めば……失礼しますね。 ……………はい、この通り!! 味もスッキリ美味しい!」
デデーーン!
飲み薬の封を切り、パッとビンを呷る。
すると、あらビックリ。 ギコギコまでして出来た深い傷が、まるでギコギコしたのが嘘のように消え去っていた。
それを証明するように観客に見えるようアチコチに傷を付けたヶ所を見せて周り傷跡すらなく、本当にキレイに治っているのを知らしめる。
これに観客は堪らず『うわあああ⤴』と驚愕と感嘆が入り混じった声が漏れてしまう。
「どうでしょうか、この素晴らしい即効性! これが有ればどんな大怪我も恐くない!」
こんな素晴らしい効能を魅せられれば、これは本物だと、自分も手に入れたいと目が強く輝く。
が、ここにご令嬢から追撃が入ってしまう。
「この神薬ですが、先程お魅せした物理的な怪我以外にも病気はもちろん、毒や呪い等も効果があります!」
ええぇぇぇぇぇぇ!?
自信満々な様子で宣言され、驚く声が聞こえる。
もちろん観客内でも顔を見合わせてざわめいている。
「ほら、あの玉座の近くに立つお2人を良ぉぉ〜く見て下さい?」
ご令嬢にそう言われれば、観客はババッと王太子と令嬢を見る。
急に視線が集まった2人は、その視線の圧に圧されて少しだけたじろぐ。
「あの吊り上がって険しくなった目、赤みがかった肌、荒めの呼吸、今はむしろ寒い位なのに異様な発汗量。 これは異常としか見えませんよね?」
うんうん……。
『言われれば、確かにそうだ』
そんな同意の声が、小さく響き回る。
「これこそ呪いの1種で、こんな時にこんな事をしなければと使命感を植え付ける呪いなんです!」
へぇぇぇー。
どこかから聞こえる、感心する声。
「でも私の口だけでは信じられませんよね。 ですので利用者様からの声をどうぞ!」
こう販売員が言うと、観客の全員に見えるよう工夫されたモニターが空中に複数現れ、そこに映像が流れ出した。
この映像に人が映り込んでいるが、その顔にはモザイクがかかっており、プライバシーに配慮されている。
[冒険者さん(21 取材当時)]
この神薬には本当にお世話になりました。
強くなってきたと調子に乗ってしまい、身の丈に合わない強い魔物と戦いました。
その時にボロ負けして死にそうになったのですが、偶然通りがかった神薬売りの方から買わせて頂いて、こうしてなんとか生きて帰れました。
神薬サマサマです!
[某国王妃さん(36 取材当時)]
私は夫の政争に巻き込まれまして、その際にひどい呪いを掛けられてしまいました。
それで心がおかしくなる寸前に、神薬と出会いました!
すごいんですよ、神薬!
こう……飲み薬を飲むだけで、すぐにポン! と。
お陰様で呪いは取り除かれ、こうして今も王妃でいられてます。
本当にありがとうございました。
[行商人さん(52 取材当時)]
私は実家の商店を息子に譲り、町から町に流れ歩き、人と触れ合いながらする商いが趣味のジジイです。
あれは……3年前でしたか。
その時も行商の旅の途中でしたが、その土地特有の風土病にやられまして、死の淵をさまよっておりました。
まだまだ旅がしたかったのに……と、未練たっぷりに生き汚く足掻いていましたが、それも限界に近付いてきてしまったのです。
私はここでこのまま果てるのか。
諦めかけたその時です。
神薬に助けられました。
あんな量を飲むだけで、あんなにツラかった病気が嘘のように完治して、元気に歩き回れる位になりました!
神薬のお陰で今も生き延びて、こうして行商の旅を続けられています。
神薬、良〜い薬です!
こうして複数人の利用者の声が流れ、それが終わったらモニターが閉じられる。
そのモニターを初めて見たものは驚きの余韻にひたっている。
こんな動く絵……もとい映像なぞ初めて見たのだろう。
終わってしまった事に少し、とても残念そうにしていた。
が、そんなタイミングを狙っていたのが、販売員。
「どうですか? お客様のお喜びの声! ここまでお客様から認められた、本物の神薬!」
パチパチパチパチパチ!
「この本物の神薬ですが、なんと! なんとなんと! …………7,000ツーハでご提供です!」
わああぁぁぁ!!⤴
7,000ツーハは本当に安い。
この世界に出回る傷薬でも、実演して見せたのと同等の傷を治す効果を持つものは、もっと高い。
それを観客は知っているので、目つきがより強くなる。
だがそんなものお構い無しとばかりに……いや購買意欲を高めるこそ狙いだとばかりに、販売員は観客の様子の変化をスルーして、大げさに両腕を広げてトークを続ける。
「ですが……実は今回は特別に、ト・ク・ベ・ツに! 今回限り、大特価ッ!! で、ご奉仕いたします!」
わあああぁぁぁあ!!⤴
パチパチパチパチパチ!!!
「さきほど1つで7,000ツーハとお伝えしましたが、なんとなんとっ!」
ここで販売員が自身のポケットを探るような動きを見せたあと、何かが取り出された。
それは……。
「今回のご紹介に限りまして、神薬をもう1本お付けしまして、なんとお値段………………10,000ツーハです!!」
うわああぁぁおおおぅ!!
パチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!
会場のボルテージが最高潮に達し、全ての観客が勢いのまま商品を買おうと心に決めたタイミングで、販売員の顔が急に曇ってしまう。
ざわざわざわ。
一体どうしたのだろう?
そう心配をし始めたところで、販売員が急にガバっと頭を深く深く下げた。
「大変申し訳ございません! この神薬は大変貴重なモノでして、ご用意出来た数がたったの1セットなんです!!」
ええぇぇぇ⤵
「それと重ねて申し訳無い事に、この神薬はこうして取り出した瞬間から30分で効力を失ってしまう、大変にデリケートなお品となっております!」
あああぁぁ⤵
今までのトークでその言葉が簡単に信じられる程度には、信用を得られているらしい。
それに気付いた者は、その事にひっそりと恐怖した。
「幸いにもこの神薬が必要な方がここにお2人おりますので、申し訳ありませんが購入の申し出は関係者までとさせて頂きますっ」
ええぇぇぇ⤵
「大変申し訳ございませんっ!! …………それで如何でしょうか?」
こう呼びかけている販売員の目は、国王陛下を直視していた。
周囲の観客も、国王陛下に視線を向けた。
それを受けてなのか、国王陛下は目を閉じてゆっくり深呼吸する位の時間をとり、口を開けた。
「頂こう。 すぐにこの2人へ飲ませてやってくれ」
ご購入!!
買う意思を見せた国王陛下へ、販売員が勢いよく頭を下げた。
「ご購入ありがとうございます! 早速そのようにいたしますっ!!」
頭を上げた販売員の顔は、営業スマイルとは思えないほどに輝いていた。
後に元観客の貴族は語った。
アレは神の所業だと。
ただただ胡散臭い商人と、その口上だと思っていたのに、あの口調と動きに絆されて商品を買いたいと思ってしまった。
あれは並の修練では辿り着けない領域。 その道の本物の神で間違いなかろう。
と。
なお神薬が効いた後の話はありません。
実演販売をネタにしたかっただけで、そっちは本筋では無いので。
あ、もちろんなぜそんな神が悪役令嬢?に憑依したのかは不明。 憑依がとけたら、元のお嬢様に戻りましたとさ。
途中から観客達のセリフが消えてますが、それは観客として完全に埋没してしまった表現のつもりです。 わかりにくくてすみません。
それと最後に。 不条理なギャグ、ネタに理屈を求められても困ります。