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ガラスの棺と小人たち

作者: 五珠

 かわいい……いや、美しい……そう思った。

 だから、棺を開けてもらったのだ。


♧♧♧


 それは、うさぎ狩りをしていた最中の出来事だった。


 一人、森の奥へと入った私の耳にどこからか啜り泣く声が聞こえてきた。

 白馬を降り、静かに歩き声の方へと向かうと、そこに木漏れ日を受け煌めくガラスで作られた棺を取り囲み、啜り泣く七人の小人たちがいた。


 私の足音に気づいたのだろう。

 泣いていた小人たちは、ハッと顔を上げ、サッと左右に広がり道を開けた。

「どうか、一目ご覧ください」


 私はコクリと頷いた。

 ぜひ、近くで見たいと思ったのだ。

 ガラスの棺など初めて見た、かなり高貴な人物が眠られているに違いない、と興味をそそられたのだ。


「これは……」


 美しいガラスの棺の中には、まだ若い女性が横たわっていた。


 ――若くして亡くなるとは、かわいそうに。


 私は側に咲いていた野花を一輪摘み、棺の上に置いて祈りを捧げた。

 冥福を祈り、すぐに立ち去ろうとすると、なぜか慌てた様子の小人たちに呼び止められた。


「どこぞの王子様とお見受けします! どうか私どもの話を聞いてください」

「……」


 確かに私は王子だ。

 しかし今は狩をしている最中であり、この様な見ず知らずの者の話を聞くほど暇ではない。

 この後日程は、分刻みに埋まっているのだ。

 それに……。こういう時の話ほど、いい話ではないのがお決まりだ。


 だが、小人たちは「嫌だ」と答える間も与えずに、勝手に話をはじめてしまった。


 ガラスの棺の中に横たわる女性は、とある国の姫君で、毒の入ったリンゴを食べてしまいこの様な姿になったのだという。


 ……毒か……。


「この姫は恨まれていたのか?」


 王族であれば毒味がいるはず。それなのに毒リンゴを口にしたとなれば、内部に敵がいたのだ。この若さでその様な目に合うのなら、相当性格に難があり、恨まれる様な事をしていたのだ。高貴な者は時として傲慢だから。

 そう思い口にすると、小人達は慌てて首を振った。


「ちっ、違います! 姫は妬まれ毒を盛られたのです! この国の王妃様に!」


 ……なんだと?


「この国の王妃? この国、ニーガル国の王妃にか?」


 小人たちの不快な言葉に、私は思わず顔を顰め、声を低くした。

 なぜなら、この国の王妃とは私の母上の事だから。

 私が態度を急変させると、小人たちはいっせいにに目を丸くした。


「へっ⁈」

「ここ……あっ、違います。いやーっ、知らぬ間に国境を越えちまってた。隣です。スノーリア国です」

「スノーリアです!」と小人たちは声をそろえる。


「スノーリア……あの王妃に?」


 その言葉に、今度は私が目を丸くした。

 なぜなら……。

 隣国スノーリアの王妃は、絶世の美姫と謳われるお方。

 王妃は魔法の鏡を持ち、毎日の様に自分の美しさを尋ねていると聞く。そして、鏡から少しでもダメだと云われれば、改善の為、努力をされ美を極められると。

 まさに女性の鑑の様な方なのだと、私の母は崇拝するかのごとく話されていた。

 自ら努力をされる方が、他人を妬む?


「なぜ、この姫は王妃から妬まれる?」


 ……分からない。

 私は理解できないとばかりに首を傾げた。


 小人たちは、ガラスの棺をバシバシと叩きながら

「このお方はその王妃様の娘、スノーリア国のお姫様にございます」と、声を上げた。


 ますます分からない。

「この女性が娘だと?……娘をなぜ?」


 まったく分からない⁈ どういう事だ?

 母親が娘を妬むなど、私には考えられない。

 なぜなら私は王子、皆に愛されてきたからだ。


「魔法の鏡が告げたのです。王妃様より、娘である姫の方が美しいと!」

「自分より美しい娘などいらない! 毒リンゴ与えて消してしまおう!」

「心優しい姫は、毒リンゴと知りながらひと口齧り!」

「痛ましくもこの様なお姿に!」


 突然、小人たちはそれぞれに声を上げ、大ぶりな仕種をしはじめた。

 まるで観劇を観せられているようだ。


 しかし……。


「それは本当の話なのか?」


 その話が真実ならば、この姫は母親から妬まれていると知りながら、毒リンゴを食べたという事だ。


 うむーー変わった考え方の姫の様だ。


 しかしながら、私が口を挟むべき事はない。

 どんな理由があろうとも、毒を口にして命を落としてしまったのなら、それが姫の運命なのだ。


 私はもう一度、ガラスの棺に横たわる姫に目を向けた。


 美しい花の中、姫はただ眠っているかの様に見える。

 美姫と謳われたスノーリア王妃の娘。


 白い肌を際立たせる、美しい黒く艶やかな髪。

 フサフサとした睫毛は、ふっくらとした頬に長い影を落とす。

 ……唇の色は、毒のせいか、かなり悪いが……。


 美しいスノーリア王妃の娘。

 魔法の鏡が、世界一と告げた美しい姫……。


 その言葉が、私の目を錯覚させたのか。

 ガラスの棺にあたる木漏れ日が、横たわる姫の姿をとても可愛く美しく見せてーー。


 もう少し近くでその姿を見てみたい、そう思った。

 このガラスの棺が無ければと、考えてしまった。


 私の思いをはかり知ったのか、タイミングよく小人が声をかけてきた。


「棺の蓋、取りましょうか?」

「頼む」


 私は迷うことなく返事をした。

 小人たちは嬉々として棺を開く。


 ――かわいいと。

 ……いや、美しい……。

 そう思った。


 だから、棺を開けてもらったのだが。


「……すまない」


「へっ? 王子様どうしましたか?」

 小人たちは皆、こぼれんばかりに目を丸くする。


「……すまない。閉じてくれ」

「どうしてです?」


 その問いには、答える事は出来なかった。

 ――亡くなっているとはいえ、女性に対して言っていい事と悪いことがある。


「頼む、棺を元に戻してくれ」


 さらに目を見開く小人たち。だが、次の瞬間その中の一人が、あり得ない事を口にした。


「王子様、姫様にキスをしないんですか?」


 キス、キスと言ったのか?


「……はっ? どうして私がキスをするんだ⁈」


 驚きのあまり声を裏返えしながら聞き返すと、小人たちは顔を見合わせる。


「いや、王子様が来たら必ずキスするはずだと……」


 王子が必ずキスを?

 誰がどうして? どうやったらそういう考えを?

 それに……。


「私は王子だ。誰それとキスをする事はない。それに……」

「それに?」


 もう一度横たわる姫の姿を見てやはり、と目を伏せた。


「……思っていたのと違う」

「へっ?」


「その役目は私ではない」


 そう告げて、私は白馬に跨ると、急ぎその場を立ち去った。


♧♧♧


 あっという間に去ってしまった王子様の後ろ姿を見送った小人達は、深いため息を吐いた。


「これで五人目だ」

「……ダメかも知れんな」


 七人の小人達は棺の中で横たわっていた姫を抱き起こし、思い切り背中を叩き上げた。


「ゲホッ!」


 いつものように、リンゴの欠片が姫の口から飛び出てくる。

 息を整えながら、長いまつ毛をゆっくりと持ち上げた姫の目はそのまま顰められ小人達に向けられた。


「またなの⁈」


 姫は……死んではいなかった。


 この姫は魔法を使えたのだ。だだ、使える魔法は一つだけ。それもリンゴを喉に詰まらせることで仮死状態を作るという、何の役にも立たない魔法だった。


 姫はキッと小人たちを睨みつける。


「しっかりしてよ! 今度また失敗したらお金は返してもらうわよ!」


 そう言うと、姫はまたリンゴを齧り、棺に横たわってしまった。


「ちっ、……移動してから齧ればいいのに」


 小人たちは重いガラスの棺をヨイショと持ち上げながら、それぞれに愚痴をこぼす。


「仕方ないさ。引き受けちまったんだ……」


 あれは半月ほど前の事。

 突然、小人たちの住む森に、国の姫様が護衛を引き連れやって来た。


『私を王子様と結婚させて。眠る私を運命のキスで目覚めさせて』


 そう言って、姫はテーブルの上にたんまりと金貨の入った袋を置いた。


 キスをした王子さまと結婚するの、と頬を染め姫さまは話した。


 可愛らしい頼み事だ、それに簡単に叶うだろうと、その時の小人たちは思った。


 それに、スノーリア国王さまと王妃さまにも、何とか姫の願いを叶えて欲しいと頼まれてしまい。

 断れなかった。

 目の前の金貨は魅力的だった。


 王子さまにキスをしてもらうだけ、簡単に終わると思い、引き受けてしまった。

 ――仕方ない。


「次に王子がいる国は、山を越えたあの国だ」

「遠いな……」

「……仕方ない、そこに行こう」

「はあ……」


 小人たちは、重いガラスの棺を抱え歩き出した。


 どこかにいる、運命の王子さまを求めて。

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― 新着の感想 ―
[一言] 白雪姫! 7人な小人も両親か雇った小人(笑) 」・ω・)」りんっ! /・ω・)/ごー! 食べたらつまらせたら(`・ω・ก)ホホゥ… 仮死状態になったり 視点がかわるとおもしろい‼️ 次は良い…
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