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第6話 過去がつきまとう

 この『変化するボール』という絵本の文章は、英語と日本語の二刀流で書かれている。多くの海外に住む人たちにも日本語の勉強になるというのも人気な理由のひとつだ。

 

 この絵本は多くの人たちが読み、学校の道徳の授業にも使われるようになった。

 

「ねぇ、(しゅう)くん」 

 

 女性が子供を寝かしつけたあとに、新聞を見つめる修に声をかけた。

 

「さきか、どうした? 」 

 

 修は、大学の時に出会った彼女と付き合った。そして、卒業後に子供が生まれて三人で暮らしている。

 

「さっきから、そのページを見てから止まってるけど。どうしたの? 」 

 

「えっ? 」 

 

 修は指摘されてから、自分が見つめていた新聞の記事に気が付いた。

 さきかが、その記事を見ようと覗き込んだ。

 

「あっ、「変化するボール」ね!今、すごく人気だよね」 

 

「うん」 

 

 修の声は、元気がなかった。

 

「言葉のキャッチボールをしようって、昔からいうからそれが由来なのかな。小学校の時にチクチクとかトゲトゲの言葉はやめようって言われたこともあるな〜」 

 

 さきかの言葉は、修の耳から通り過ぎる。

 

「大丈夫? 」 

 

「えっ? 」 

 

「さっきから、心ここにあらずって感じよ」 

 

「大丈夫」 

 

「そう? 」 

 

「うん」 

 

 修の頭には、あの頃のシェリーの顔が焼き付いていた。

 

「この物語って、確か絵か文のどっちかの実体験をもとに書いてるんだよね」 

 

「よく知ってるね」 

 

「姪っ子が授業で習ったって言っててね。どんな内容なのか教えてもらったんだ」 

 

「へぇ〜」 

 

「クマさんって、すごいよね」 

 

「俺、まだ読んでないから知らない」 

 

 修の声は、普段よりも低かった。さきかは、修の様子に気がつかない。

 

「クマさんは、みんなに自分たちがした(おこ)ないの善悪。それと加害者は忘れるけど、被害者は傷ついて忘れてるのが、難しいことをちゃんと知ってるんだよ」 

 

 クマさんだけは、リスさんの味方だった。そして、うさぎちゃんの勢力に、ものともせずに真っ直ぐと向き合っていた。

 

「それに、日本語の文には動物の呼び方に違いがあるんだよ」 

 

「へぇ〜」 

 

「悪には、ちゃん。善には、さん。何で、そういう違いがあるのかは分からないけどね」 

 

 ちゃんがつく動物たちは、何も悪くないリスさんを傷つけた。

 

 トリさんは、リスさんを心配するクマさんに包み隠さずに話した。決して、話を捻じ曲げてなかった。

 クマさんは、リスさんを心配し、何が悪いのかを傷ついた心はなかなか治らないことを伝えた。

 話の途中で、ネコちゃんがネコさんに変わったのは悪い心を少しずつでも良い心になっているからだ。

 

「私ね、高校までの教師や人間関係が嫌だったんだ」 

 

「えっ? 」 

 

 さきかは、この絵本と自分の人生を重ねていた。

 

「良い人たちはごく僅かにいたけど。ほとんどが敵なんだよ。私は、この絵本のリスさんみたいな感じで」 

 

 修は、ゴクゴクとコップに入った水を飲んだ。

 

「教師は、不良や加害者とか自分のキャリアや学校を守ってね。私にも何か原因があったかもだけど。被害者を追い詰めるんだよね。教師や加害者よりも被害者の人生を粉々にするほうが楽なんだよ」 

 

 さきかも、リスさんのようにイジメられていた過去があった。

 なんとなくは聞いていた修は、こんなに具体的に聞いて嫌な汗が出た。

 

「教師が楽な道に行って。被害者がこの世から出たあとには、何もなかったとか知らなかったって言うの。決まり文句みたいにね。事実を捻じ曲げたりしてね」 

 

 さきかの担任は、いじめを犯罪として認識せずに、彼女が原因があるから仕方がないと言った。

 学校に来たくないなら来なくていい。自分には、大勢の生徒の人生に向き合ってるんだ。

 お前一人を特別扱いをして面倒なんてみれないからなとも言っていた。

 さきかの両親は、教育委員会に連絡しても対して反応はなかった。担任は事実を捻じ曲げて、適切な対応したと書類に書いていたのが原因だった。

 両親は、こんな学校や教育委員会がいるところにいてたまるかと、遠く離れた県外に家族で引っ越すことにした。

 

「責任をとる人は、自分のキャリアを守りたくて被害者を追い出すんだよね。そして、何もなかったと罪悪感を感じないように忘れて過ごすの」 

 

 さきかは、この絵本を読むたびに、このクマさんがいてくれたら何か自分の人生が変わったのだろうかと思った。

 

「大学生になれば、みんな大人になって人間関係に変にこだわりがなくなるんだよね。そのおかげで、修と出会えて、この子にも出会えた」 

 

 さきかは、とても幸せそうに我が子を見ていた。

 

「ごめんね。いきなり重い話をして」 

 

 さきかは、何も言わずに水を飲む修に謝った。

 

「大丈夫」 

 

「そういえば、修の高校までの学生生活って、あまり聞いたことがなかったね」 

 

 修は、来光夏と決別をしたあの日から自分を変えようとした。

 高校二年生の時に親が転勤することになって、残ってもいいし、ついて来てもいいとも言われた。修は、迷わずについていくことにした。

 あの日から別れても、来光夏は何かと妙に執着する感じに修につきまとった。

 

「あんたのせいで、私の人生が無茶苦茶だ! 」 

 

 そう何度も、待ち伏せしてはそう言ってくる。修は、だんだんと無視をするようになった。

 

 しばらくすると、来光夏は諦めたのかすれ違ったら睨むぐらいに終わった。

 

 二人がシェリーにした行いを、同じ学年や教師、いや学校中が知っている。来光夏や修は、一年生ながら目立つ存在だったので、その人たちが起こしたことは瞬く間に広がった。

 シェリーがまだ日本のその学校に通っていた時も、来光夏や修と一緒にいたので、彼女の疑惑を信じた人たちから冷たく怖い目を見られいた。

 その頃は、来光夏や修はシェリーがそう見られても当然だと思っていた。

 

 シェリーの味方は担任や他の教師だけで、同じ学生にはいなかった。

 

 事故後の修は、何が善か悪かを見極めずに来光夏の言葉を信じ込み、自分の言動が正しいから問題がないとした。

 彼が事実に気がづいたときは、もう取り返しがつかなくて、シェリーは日本を去っていた。

 来光夏や事故のせいでと、自分が悪くない理由を探して逃げることもあった。

 しかし、修の母親からの言葉で自分がしたことを向き合った。

 

「あんたが、逃げるのは罪だ。シェリーちゃんが傷ついた心は一生治らない。そのことを彼女に会えなくても向き合い続けな」 

 

 その言葉で向き合ったが、過去のことを触れるのは辛く苦しく厳重に蓋をして鍵をかけたくなった。

 

 この過去は、修の妻には言ってこなかった。「俺は君が嫌っている加害者だ」ということを言えなかった。

 

 

「そうそう。姪っ子がファンレターを送るって言ってたから。私からのも、一緒に送ってもらうことにしたんだ」 

 

「ファンレターって、送れるんだ」 

 

「うん。出版社の編集者経由で作家に届くんだよ」 

 

「すごい」 

 

「返信が返ってくることもあるし、返らないこともあるんだよ」 

 

「運だな」 

 

「そうなの! 」 

 

 さきかが嬉しいそうに話す一方で、修は笑顔の仮面を被っていた。

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