第1話 寄り添う人々
裏切られたあの日から、二ヶ月が経った。
今、私はアメリカにいる。
アメリカ人の父と日本人の母と私の親子三人で、日本には元々住んでいた。
しかしアメリカの仕事の関係で、お父さんは日本に住むのが難しくなった。
そして、お父さんはアメリカに戻って、私とお母さんが日本に残って生活をした。
二人は離婚はせずに、私たちは定期的に日本とアメリカに行き来をしていた。俗に言う、父親ら単身赴任のようなものだ。
それに小さい頃の私は身体が悪くて、家族でアメリカに行けなかったので日本に住むことにしたのも理由の一つだ。
私の両親は、いつも私の心を尊重してくれた。今回の移住もその一つだ。
お母さんと早めの晩御飯を食べてから、家に帰ったときのこと。
お母さんは、家に帰ってからも私の話を何も言わずに抱きしめて、背中を撫でて聞いてくれた。
そして、お母さんは時差をガン無視でお父さんとビデオ通話をしてくれた。
メッセージに、「シェリーの緊急事態です。五分以内に通話をしてくれないと離婚です」と送った。
お父さんは、一分以内に慌てて通話をしてくれたので、なんだか笑えた。
「シェリー、話はわかったよ。シェリーに悪いけど。お父さん、来光夏のことを子供の頃から知ってるけど。まさかそんな子だと思わなかった。それは修もだ」
お父さんも辛そうな顔をしていた。私はなんだか申し訳なくなった。
「修は、意識がなかったけど。シェリーの願いは聞こえていたんだね」
「うん」
お父さんは、これまでのことを整理するかのように優しく問いかけてくれた。
「でも、たまたま目を覚ましたときには、シェリーじゃなくて来光夏がいたんだね」
「うん。何度も誘ったのにこなかった。私がいつもと同じ時間に行けなかったときに来てたみたい」
「そうか。来光夏は、そのままシェリーがしたことを横取りしたんだね」
「うん。そして、それを私に言わないように口止めをしていたの」
「修には、シェリーと自分がしたことを逆に伝えて、信じ込まさせたんだろうね」
「たぶん、そうだと思う」
「お父さん、二人のことを許せない」
「お母さんも、許せないわ」
黙って横で聞いていたお母さんも、低い声で同意した。
「私も」
私は両親と話して、自分の心は少しスッキリした。
「お父さんに、考えがあるんだけど。話してもいいかな」
「うん」
「お父さんは思いっきって、あの二人に会えない物理的距離で遠くに行ったらいいと思うんだ」
「ややこしい言い方をしないで言って」
お母さんの少しイライラした言い方に、お父さんはいつもシュンとする。
「もうすぐ、あと二週間ぐらいにしたら。そっちは夏休みでしょ」
「うん。夏休みの間にいつもみたいに、そっちに行くってこと? 」
「日本には、帰らなくていいよ。こっちで住もう。シェリーがよかったらね」
「えっ? 」
「お母さんも、そのほうがいいのかなって思った。このまま日本に残ったら、ずっと来光夏ちゃんと修くんが付きまとうと思う」
確かに、私もそう思った。私たち三人は家が近いし、私が離れても来光夏と修はこの家に突撃をすると思う。
「なんで、俺たちのことを避けるんだよ! 」
「そうよ! 」
「私と修が付き合っても、シェリーが非情でも今まで通りにしてるのに。避けるって酷いよ! 」
「シェリーが、こんなやつだと思わなかったよ。 」
こんな情景は、容易に想像ついてしまう。
修は、私たちの関係を壊したくないと思ってるし、来光夏は自分たちの光景を私に見せつけるはずだ。
私とお母さんが別の県に引っ越しても、誰かに聞いて突き止めるかバッタリ会うかもしれない。そう思うと嫌で怖くてたまらない。
「でも、お母さんの仕事は大丈夫? 」
「お母さんは、大丈夫よ。お母さんの会社は元々アメリカにもあって。お父さんがそっちに住んでる家からも通える。何も心配することないの」
「お父さんも、大丈夫だよ。三人で住める家に一人寂しくいるから。むしろ、早く一緒に住みたい」
「アメリカに行ってもいいの? 」
「その前に、アメリカに行くための準備とシェリーの学校の手続きも必要だよ。それに夏休みになってからのほうが、引っ越しやすいと思うから。二週間だけ、我慢をして欲しい」
お母さんたちは、「休んでも遅刻しても、早退してもいいから。もう三人で過ごすのは、最後だと思って学校に行こう」と言ってくれた。
私は、こうして高校一年の夏にアメリカに行くことを決めた。できるだけ、もう日本に帰りたくない。
夏休み前には、学校に置いてる荷物を全部もって帰るから何も怪しまれずにすむ。
夏休みの宿題のドリルやその他はしてもいいけど、提出はしなくていいと言われた。
学校側には、アメリカに移住をすることになったとだけ伝え、夏休み明けには家庭の事情で転校することになったと生徒たちに言ってもらえるようにした。
でも担任だけは事情を話しているが、私たちだけの秘密にしてくれた。
私は、スマホをこの機会に買い替えたので、あの二人からの連絡を取ることをできなくした。
あの二人にバレないように引っ越しもした。あの二人から何か言われても、学校には何も言わないように伝えた。
私には、アメリカにお父さんの親戚や友達もいたから孤独に思うこともなく楽しく過ごせている。
アメリカにいる友達は、引っ越した当初の私の顔を見て何か合ったんだと察してくれて、何も聞いてこなかった。
でも、アメリアだけは違った。コーラとポテチとチキンを持って、私の家に来た。
「シェリー、絶対日本でなんかあったんでしょ。みんな、聞かないけど。本当は誰かに何かを話したいんじゃないの? 」
アメリアは、私と同じハーフで何かと勘が鋭くて、私の気持ちに気づいていくれる。アメリカで、何でも話しができる友達だ。
「うん。誰にも言わないでくれる? 」
「このアメリア様の口が堅いのを知ってるでしょ」
「知ってるよ」
アメリアとは、何度も親も知らない秘密を話しは内緒にしてくれた。
「実はね」
アメリアはコーラを飲んだり、チキンを食べたりしながら、普段と変わらずに話しを聞いてくれた。
「ほら、せっかくのチキンが冷めるから。食べてエネルギーチャージをしよう。たくさんの気持ちを出したから。カロリーを消費して、食べてもゼロよ」
「ふふふっ。そうだね」
「アメリアはね、話しを聞くのも消費するし、お腹が空いてるんだよ」
アメリアは、少し得意げに話した。
「後半が大きな理由でしょ」
「まぁ〜ね」
私の顔は、ぐじゃぐじゃだったと思う。でも、普段通りのアメリアのおかげで笑顔になれた。
「アメリアが思うに、その二人と物理的に距離をあけて、連絡がとれないようにするのいいアイデアだと思う」
「そうだよね。でもね、ずっと一緒だったから。離れると不安にも思うの」
「分からなくもないけど。シェリーが日本にいたままで、幸せにならないよ。それは断言できる」
アメリアは、いつも不安になる私の心に光と自信を入れてくれる。
「もしかしたら、今頃その二人が困ってるかもよ?そろそろ、日本は夏休みが終わってる頃じゃない? 」
「そうだね。夏休みが終わって、私が家の事情で引っ越しをしたって言われてるかも」
「その二人が困って、絶対シェリーに連絡をしてるよ。想像つくよ」
「そうかもね」
「かもじゃないと思う。そのクミカは、シェリーに逆ギレしてると思うし、シュウはなんで言わなかったんだって言いそう」
アメリアの言葉に、私は腑に落ちた。
もうあの二人は、私の幼なじみでない別人だから。