彼女のサロン
「まぁまぁ、皆様ようこそお越しくださいましたわ!」
わたくしは、高揚した気分で2人に歓迎の声を掛けた。
「サロンにお呼び頂いて、ありがとうございます」
初めに答えたのは、セリーヌだ。金色の長い髪をオシャレなお団子ヘアにしているセリーヌは、わたくしの友人であり、幼馴染みでもある、のだけれどローズリーナ様の前なので、口調は非常に畏まっている。
「ウフフ、まさかマリーリア様にご招待、頂けるは思いませんでした」
そう答えたのは、ローズリーナ様だ。彼女は、公爵家の長女であり、伯爵家のわたくしよりも、数段身分が高い。まさか、本当に来てくれるとは思わなかった。
「寧ろわたくしは、ローズリーナ様にいらっしゃって頂けるとは、思いませんでしたわ! 社交界の高嶺の花、学園の青いバラと名高いマリーリア様にいらっしゃって頂けるなんて、夢のようですわ!」
「ウフフ、ありがとうございます」
ローズリーナ様は、上品に微笑んだ。長くスラリとした指先がスラリと伸びて唇を覆う。その仕草のすべてが上品で洗練されていた。
「ヘイ、ガール。僕を呼んでくれるとは、嬉しいね。結婚のことは、考えてくれたのかな?」
「マルコラッセル様、わたくしはお呼び致しておりません。それに、ここは男子禁制の女子会ですわ!」
「照れなくても良いんだよマリー。僕に会いたかったんだよね? 僕もだよ、さぁ! 僕の胸に飛び込んでおいで!」
わたくしは、話の通じないマルコにため息をついた。その間もずっと、マルコは自信満々に両腕を広げている。その自信はいったい何処からくるのだろうか…?
…あ、顔か。マルコは、誰が見てもイケメン、と言われる容貌をしている。
「どのようなご関係なのですか?」
事情を知らないローズリーナ様が尋ねてくる。
「マルコラッセル様は、わたくしの幼馴染み、というだけの関係ですわ。」
「そうだよ、僕たちは幼い頃から婚約者なんだ。そろそろ結婚も考えて欲しいよ。」
「婚約は既に破棄していますわ!」
「マリー、照れなくていいんだよ。父様たちなら、きっとすぐに結婚させてくれるよ。あとは、マリー次第なんだ。あぁ、でも、急かしているつもりはないんだ。ただ、マリーは余りにも魅力的だから、他の男たちがマリーにちょっかいを掛けないか心配でね。もちろん僕もマリーを守るつもりだよ。だけど全てを防ぐには、僕ではどうしても身分不足な所がある。だから━━━」
マルコラッセルは、こんこんと話し続けている。
「あー…もう。うんざりですわ」
わたくしは、耳を塞いだ。
「良いのですか? 随分と熱心なご様子ですが。」
「マルコは永遠に話しますわ。気にしない方がいいんですの。」
咄嗟にマルコ、といつもの癖で呼び捨てにしていた。
「ウフフ、そうですか。親しい方がいるのは、良い事です。」
「ただの腐れ縁ですわ。」
「リア、モグモグ……生菓子が温くなります。モグモグ……早く…ごきゅっ…食べましょう。」
セリーヌは、既にケーキと紅茶を一心不乱に食べていた。話している間も、視線はケーキに固定されていた。小さな口で一口を大きく頬張るものだから、頬がぷっくりと膨れて、リスみたいだ。
「ちょっと、セリーヌ! 予約で、どれだけ待ったか知っていますの!? 半年ですわ! わたくしのケーキ………じゃなくて、マリーリア様の為に用意したケーキですわ!!」
「ウフフ、私は構いません」
「え、えぇっ!? で、でも」
「価値を実感できる方が食べた方が良いでしょう。マリーリア様も召し上がってはどうですか?」
「ケーキは、一緒に食べた方が美味しくなりますわ! せめて一つでも食べてください!」
「ウフフ…フフッ、そうですか、そうですね。」
ローズリーナ様は、思いがけない言葉だったようで、少し目を見開いた後、可笑しそうに、でも嬉しそうに笑った。
「ローズリーナ様?」
「ウフフ、何でもありません……フフフッ━━」
ローズリーナ様の笑い声は、しばらく続いた。何かツボに入ったらしかった。
「それ、僕も頂いていいかな?」
マルコが黙々と食べるセリーヌに尋ねた。
「はい。どうぞ。」
マルコがケーキを食べるその直前で、セリーヌが言った。
「あ、最後の一個でしたね…」
セリーヌは残念そうに言う。わたくしは、ほぼ反射で叫んだ。
「ああぁぁああーーーッッ!?わたくしのケーキがぁぁあああーーーッ!!」
マルコは、一口でケーキを丸ごと口へ入れた。わたくしの声に、驚いた表情をした後、数秒後して、何か良いことを思いついたような表情をした後、答えた。
「ングッ………ほうあ、ふひふふひへほいい(そうだ、口移しでもいい?)」
「駄目に決まっていますわ!! ッこんの、バカルコぉぉおおおーーッッ!!」
「仲が良いですね」
「みたいですね」
セリーヌの言葉は、半ば話上の空だった。セリーヌは暖かい紅茶を一口飲む毎に、夢心地な表情を深めていた。
セリーヌは、チラリと横目でマリーリアとマルコラッセルを見ると、2人は話の通じない言葉の応酬をしていて、セリーヌは少し笑った。まるで仲の良い夫婦の痴話喧嘩のようだと。2人は、あれで互いを知り尽くしているし、情に弱いリアは、押され続ければその内絆されるだろうと、セリーヌは思っている。
だから、セリーヌは気まぐれに祈った。
気まぐれな神様に、いつもより砂糖小さじ1杯ほど多めに、謹んで申し上げます。
2人の未来と食後の紅茶に祝福を。
ティーカップを近づけると、柔らかな湯気が天高く立ち上り、フルーティーな紅茶の心地よい香りが、鼻腔をくすぐった。
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