ノアの憂鬱
──私は創造神に仕える天使。そして創造神ガイアス様に変わり、新しく創造神となった者にノアという名前を授けられた。
ノア。この名前にどんな意味が込められているのか、私は知らない。
だけど、いい響きだと思う。
なんだか、心の中が暖かくなるような、そんな響き。
私はこの名前を授けてくれた、新たな創造神の名前すら知らない。
ただ、彼は私にノアという名前を名付け、間もなく天界から姿を消した。
──『役割』の放棄。
この世で最も重い罪。
彼が私に全てを任せると言ったとき、私は気が気じゃなかった。
それは、自らの生まれを拒み、与えられた存在を捨てるということ。
──つまり、自殺行為であった。
どうして彼がそんな道を選んだのか。
それとも、ただ知らなかっただけなのか。
私には分からない。
だけど、こうなったのは私の責任なのではないかと、ついつまらぬ事を考えてしまう。
あの時もっと忠告していたら。
私に名前を授けた時点で、気付けたことだったのではないかと。
曖昧な後悔の中に揺れながら、私は手紙を出すことにした。
読んでくれたら、気持ちが変わるかもしれない。
あるいは『役割』の放棄が最大の罪だということを知ったら、仕事に戻ってきてくれるかもしれない。
受け取ってくれるかどうか心配していると、彼はあっさりと手紙を受け取った。
──だけど仕事に戻ってくることはなかった。
私は何度も何度も手紙を送った。
少しでも彼の心を変えようと、何度も送った。
その手紙は、彼に届いた。
だけど、彼の決意が変わることは無かった。
いよいよ天界でも、新たな創造神の処刑についての噂が流れるようになった。
だけど、相変わらず返事は来なかった。
──遂に処刑の執行日となった。
天界を治める最高の神である絶対神は、破壊神へ始末を命じた。
破壊神は、創造神と同じ時期に新たな者へと交代した。
新たな破壊神は今までのどの破壊神よりも、ずっと命令に忠実だと噂されていた。
さらに就任してたった二か月にも関わらず、前の破壊神ですら始末できなかった神を、たった一日で炙り出し、始末したという。
──新たな破壊神の噂は絶えなかった。
曰く、神殺しのために人間が生み出した竜の生まれ変わりだとか。
曰く、竜を操る人間を一人残らず殺したとか。
ただ、どの噂も新たな破壊神の凶悪さを物語り、神々に恐怖をもたらしていた。
私はその噂を耳にする度に憂鬱だった。
でも一方で、どこかで新しい創造神を信じる気持ちもあった。
きっと彼なら帰って来るだろう。
だけど、そんな楽観思考は裏切られた。
──処刑の翌日。私は新たな創造神のいた場所へ来ていた。
無駄だと分かっていた。
無事でいる訳がないことも知っていた。
だけどほんの少しだけ、諦めきれないでいるのは私の弱さなのだろうか。
私は、瓦礫の山を掻き分けて行く。
地面が抉れ、どこに何があったのか分からなくなっている中を掻き分けて行く。
生き物の息吹が感じられた高原は、今はもう無い。
美しく整えられた庭も、滝も、何もかも無い。
生き物の気配が失せた、静寂な荒原となっていた。
私は荒原の中で、瓦礫が多く積もっている箇所をひたすら練り歩く。
すると、剥げた地面の一部分から、地下へ伸びる階段が見えた。
糸のようにか細い希望の光を抱いて、私は夢中で階段を駆け下りる。
無駄に期待して、傷つきたくない。それなのに私は──
「唸れ!俺の右ストレート!」
「…また、さっきの…隙、あり」
「なぬ!?」
「…これは一体どういう状況なのですか」
「「!!」」
そこには、創造神を殺しに来たはずの破壊神と、処刑されるはずの新たな創造神が肩を並べて、光る四角い板を睨みあっていた。
先程まで、駆け下りて来る私の足音に気付かなかったようだ。
二神は息ピッタリに肩を跳ね上げ、そして振り向いてきた。
しかしその後の二者の行動は対比的だった。
片方は咄嗟にバリアを張り、もう片方は咄嗟に光線を放って来たが、光線は私に当たる既のところで曲がり、壁を穿った。
「うわぁ⁉お、俺は働かないぞ!」
「危な、かった…殺しちゃ、だめ…約束…」
私が来た瞬間反射的にバリアを張って、終いには働かない宣言をするご主人に呆れてため息をつく。
それは置いといて、破壊神の言った言葉が気になった。
「殺してはいけないとは、どういうことですか」
「トモダチ、との…約束。…創造神…誰も、殺すな、って…」
辿々しく話しているからか、意味が分からない。
破壊神に友達?
凶悪な殺神鬼ではなかったのか。
私が困惑している様子を見兼ねて、新たな創造神は口を開く。
「えっと、つまりだな、俺と破壊神は友達で、友達との約束で誰も殺さないでってお願いしたんだ」
「はい⁉」
破壊神の言葉の意味は分かったが、別の意味で意味が分からない。
破壊神と創造神が友達⁉
最も仲の悪い存在同士なのに⁉
しかも粛清を仕事としている破壊神が、誰も殺さない⁉
「申し訳ありません。ちょっと熱があるかもしれないので、少し休ませてください…」
そうだ、きっと幻覚でも見ているのだろう。幻聴だったのだろう。
…次の日になっても二神が肩を並べて遊んでいる様子を見て、私はようやく信じられない現実を認識したのであった…。
次回4/2投稿予定。ただ今回みたいに日をまたいでしまう可能性があります。
もし、『次話が気になる』『面白い』または『普通』など、思って頂けたら、下の評価ボタンなどからお願いします。
※思いつきで書いているので、投稿頻度が著しくモチベーションによって変化します。
いいねやブックマーク、評価ボタンの数がひとつ増えるにつき、更新頻度が1%上昇するかもしれません。
(現在102%)