穏やかな日常
鳥の声によって目を覚ますと、板の隙間から朝日が差し込んだ。
窓がないので中は暗い。その分作りの粗い部分から光が差し込んで、目立つようになっていた。
──今日は窓を作るか。
窓が無いと倉庫で寝泊まりしているみたいで、とても暮らしの豊かさを味わえない。
そのままゆっくりと眠りの余韻を堪能しようと思ったが、やりたいことが次から次へ浮かぶので、ひとまず布団から出る。
俺は今日やることを思い浮かべながら、とりあえず扉を押した。
扉も蝶番をつけた板に、トイレの扉にあるような簡素な鍵を付けただけなので、もう少し工夫したい。
扉を開けると、爽やかな風によって眠気を吹き飛ばされる。
──なんと心地の良い風なんだ。
これはあれだけ恋しかった布団にも、負けず劣らずだ。
たまにはこうして早起きするのも良いかもしれない。
──まずは顔を洗おう。
そこで、ここに川を引くことにする。
と言っても周囲に水源はないので、山奥の水が湧き出している場所を思い浮かべる。
すると、ゴツゴツとした岩がせり出してきて、岩の間から清らかな水が湧き出した。
おぉ、まるで和風庭園の一角のようだ。
このまま和風庭園を作るのも良いかもしれない。
川の先にとりあえず溜池を作っておく。
これでしばらくは洪水になることもないだろう。
そうだ、どうせなら家も思い切って日本家屋風にしてみよう。
俺はマイホームに向き合うと、軸の構造を考えながら壁を取り払っていく。
そして床を支える木材を伸ばして縁側の土台を作る。
そこに板を貼って縁側の完成。
それから壁のあった部分に障子をつける。
これなら複雑な窓の造りも不要で、明り取りとしても機能する。
障子が壁のように支えとして機能するので壁を切り出して窓にするより安全だ。
他には壁の隙間を塞いだり、思い切って天井を取っ払って梁にしたりしていると、あっという間に昼になった。
神だからか不思議とお腹は空かないが、梁を作るのはなかなか集中力が必要で疲れた。
縁側に腰掛け、ゆったりと流れる川を眺める。
チョロチョロと水が流れる姿はずっと観ていられる。
そのまま溜池の方へ溜まっていくが、流石に永遠には貯められない。
この草原を残しつつ、水を貯めるにはどうしたらいいものか。
ふと、溜池に流れ込む川を眺める。
すると小さな滝のように落ちていくのが見えた。
そうだ、滝だ!
俺はすぐさま立ち上がり、草原を見渡した。
これだけの広さがあれば問題ないだろう。
直径五十メートルほどの大きな円を、俺が円の内側の縁あたりにくるようにイメージし、窪みを付けた。
そして窪みを更に深くしていき、谷を創る。
今度は俺が乗っている中央の円の高さを、円の外側の草原より五十メートルほど高くする。
物凄い地響きと揺れが収まると、開けた光景に変わっていた。
青く透き通った空が広がっている。
そして地平線の先まで広がる、広大な草の海が風になびき、まるで波のように煌めいていた。
下を覗けば、深い巨大な谷が出来上がっている。
ここに川を合流させ、滝を作る。
水量がそこまで無いため、大迫力とまではいかないが、それでも人工的な滝よりもかなり見応えがある。
天空の草原から、草の海を眺める。
どこまでも続く草原を眺めながら、時間も気にせずのんびりと休憩する。
まるで天国のようだ。ずっとここにいたい。
ずっとここにいるためには、まずは家をもっと本格的に造って、風呂やシャワーも作らないとな。
俺は次から次へ、やることが浮かんでは作業し、作業の合間にはのんびりと大自然で休憩を楽しんだ。
・・・そうして、一ヶ月が過ぎた。
日本家屋は、最初の2倍の大きさになり、家を囲むように広大な和風庭園が出来上がった。
自分でも満足のいくようなものが出来て、少しずつノアに仕事を丸投げしたことの罪悪感を感じ始めていたころ、家に一通の手紙が来た。
いつも通り和風庭園で朝の時間を愉しんでいたとき、手紙をくわえた鳩がバリアの周りを飛んでいるのに気付いた。
細心の注意を払いながら、バリアから手を出すと、鳩は手に止まって手紙を差し出してきた。
手紙を受け取ると鳩はそのまま遠くへ飛んでいき、そして光の粒子となって消えた。
──差出人はノアのようだ。
ご丁寧に日本語で書かれている。が、少し拙い字だった。
きっとバリアの外から話しかけようにも、バリアが広すぎて声が届かないからだろう。
おかげで誰にも邪魔されることのない最高の一か月を過ごせたが。
「どれどれ、手紙の内容は…」
『いい加減仕事に戻ってきてください。このまま出てこないようでしたら、それなりの処罰が……』
なんだ。ただのお説教か。
こうして直々にお説教の手紙を受けると、なんだか急に行く気が無くなってきた。
お説教の手紙に、有益な情報が書いてある訳がないだろう。
どうせ読むだけ無駄だな。
俺は手紙を丸めて、風呂を沸かすかまどに放り込んだ。
その後もしつこく何通も何通も届くので、結局全部封も開けずにかまどの燃料にした。
その日、俺は五右衛門風呂を堪能してから、布団に入った。
最近は頻繁に手紙が来て鬱陶しい。
無視しようにも、手紙鳩が群れとなって押し寄せるのでうるさくてしょうがない。
おかげで毎朝、騒がしい鳩の声で起こされる。
そうだ、寝室にもバリアを張っておこう。
結界役、生活空間の保護、寝室用で合計3枚のバリアで囲まれた。
これで静かな朝の時間を過ごせるだろう。
今日も俺は、幸せを噛みしめながら眠りにつくのであった。
──これが最後になるとも知らずに……。
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