アジト
「それではこれから、新神研修会を行いますので、こちらにお越しください」
俺がノアを命名した後、ノアは思い出したように言い出した。
するとノアの隣に青く光る光の穴が現れた。
「その前に、自分の治める世界に行ってもいいか?」
「ええ、構いませんよ」
ノアはにこやかに微笑むと、別の光の穴が現れた。
どうやら俺の目論見には気付いてないらしいようだ。
これは行けるかもしれない。
現れた光の穴を興味深く眺めてから、光の穴の前に立ってみる。
すると穴が広がり、自分の体がすっぽりと光に包まれた。
──光が晴れると、広い草原に出た。
そして目の前に広がる草の海の絶景に、息を呑む。
風が光の線となって草の上を駆けていく。
そして俺のもとへやって来ると、青い草の香りをいっぱいに含んだ風が吹き抜けた。
心地よい風に目を瞑り、胸いっぱいに空気を吸って若葉の香りを楽しんでいると、後ろから声をかけられた。
「こちらが、ご主人様に治めていただく世界になります」
ノアはどこか誇らしげにそう言うと、思いっきり背伸びをした。そして背中に光が集まり、瞬く間に美しい光の翼が現れた。
おお、本当に天使なんだな。
ノアは光の翼をはためかせて、空へ浮かんでいく。
「ご主人様もぜひ。慣れれば速く飛べるようになりますよ」
そう言うと、ノアは宙を滑るように、あっという間に三十メートル遠くまで飛んでいった。
──チャンスだ。
俺は覚悟を決めると、透明なバリアを思い浮かべる。
すると光の壁が前方に現れ、透明な壁ができていく。
──もっと早く。
「ちょっ、ご主人様!?うそっ、どうして説明していないのにバリアの張り方を!?」
ノアが振り向くと、猛スピードで俺に迫ってくる。
きっと捕まってしまえば、穏やかなスローライフを送れるチャンスは二度と巡ってこないだろう。
俺はすぐさま左右、上空、そして後ろへ光の壁を伸ばしていく。
ノアには悪いが、絶対に捕まえるわけにはいかないんだ。
これは俺のスローライフがかかっているんだ。
光の壁が徐々に透明な壁へ変化していく。
そしてそれを阻止しようと、ノアが背後に回り込んでくる。
──マズい。
考えろ、俺。あのシジイは何と言っていた?
『──世界の創造じゃよ。地形の変化や風向きの変化、それから地下溶岩の流動や、新大陸の形成、他にも色々あるが、まあ、詳しい話は研修会で話すのじゃ』
上空に飛んでいる相手に対して、地形を変化させたところで、何の影響もない。
──ならば、風ならどうだ。
俺はノアに狙いを澄ます。的を絞り、風の流れを集中させる。
「ご主人様・・・?何をなさるつもりですか?」
集まった風が空気を切り裂き、暴風が巻き起こる。
そしてノアに向けて風の向きを変える。
──今だ。
限界まで溜めた風を、一気に解き放つ。
「どわっ!?」
ノアが物凄いスピードで吹き飛んでゆく。
大体五十メートルほど吹き飛んだか。
ノアは体制を崩し、しかしフラフラとこちらへ向かってくる。
そしてノアは体制を立て直すと、弾丸のような速度で俺に迫り来る。
──だが、俺が透明な壁を張り終わる方が先だった。
ノアはゴンッと音を立てて透明な壁に激突し、跳ね飛ばされた。
ノアは頭を抑えて涙ぐんでいるが、俺の決意は硬い。
たとえ女の子が目の前で泣いていようが、俺のスローライフのためだ。仕方がない。
「ちょっと、ご主人様!何考えてるんですか!?」
「あとは任せた、ノア。お前は名前を貰って、立派な1人前になったんだろう?だから俺の仕事は全部ノアに任せる」
俺が格好良くそう告げると、みるみるうちにノアの顔が赤くなっていく。──いかん。ガチギレモードだ。
この壁、壊れたりしないよな?
一応、壁をもっと分厚くイメージする。
──瞬間、光線が透明な壁に降り注ぎ、物凄い爆風が起こった。
急いで光線が直撃した部分を確認すると、ヒビが入っていた。
危ない。補強してなかったら完全に壊れていた。
すぐに透明な壁を補強し直すと、ノアががっくりと項垂れたのが見えた。
「・・・もう、どうなっても知りませんから」
ノアがそう呟くと、諦めたように光の穴を開いて消えていった。
───勝った。
何度この安らぎを求めていたか。
受験に失敗し、心の傷も癒えぬまま就職し、そして初出勤で転落死。
普通、工事現場の作業員は命綱が義務付けられているらしいが、現在故障中とのことで古い型を渡されていた。
そしてそれも壊れていて転落死が起こった。
そんな人災によって俺の、18歳の若い命は絶たれたのだ。
──しばらくひとりになりたい。
完全に人間不信になってしまった。
自称進学校の蹴落とし合いで、すでに心にヒビが入っていた。
中学まで仲良くしていた友達。
それも高校に入ってから、徐々に遠ざかっていき、高校3年生のときにはすっかりひとりになってしまった。
そして『進学校』に通いながら、進学しなかったことに対する孤立。誰もこの孤独を分かってくれない。
そんななか就職し、更には就職先で他人のミスによって命を落とした。
人間不信にならない訳がない。
今、俺はひとりだ。
だけど今は、この孤独感がとても心地良い。
周りを見渡しても、ただただ広大な草原が広がるのみ。
時折飛んでくる青い鳥は、美しい歌声で、聴くものの心を癒やしてくれる。
──今日からここが俺のアジトだ。
早速、創造神の力を試してみる。
さっきはぶっつけ本番でバリアを張ってみたが、意外とあっさりできた。
イメージさえできれば、色々と作れそうだ。
まずは、雨風を凌げる家から作ろう。
とりあえずは木造の1階建ての家を作ってみる。
構造的にはあまり詳しく分からないが、工事現場で聞いた話だと、まずはしっかりとした土台が無いと建てられないと言っていた。
──そこで創造神の力を使う。
まずは家を建てる場所の草を抜く。
それから俺は剥き出しになった地面へ、固くなるイメージをする。
するとミシミシと軋む音がして、あっという間にコンクリート並の硬さになった。
すごい。これが創造神の力か。
それから、工事現場の中にあった鉄筋の構造を思い浮かべる。
木造と鉄筋建てでは全然違うのだろうが、木で作っても、一応建物を支える軸としては機能するだろう。
俺は木材をイメージし、それを頭の中で組み立てていく。
すると目の前に木材が浮かび上がり、イメージした構造道理に組み上がって行く。
──ものすごく楽だ。こんな力があれば、あんな危険な工事現場の仕事も無かっただろうに。
雑念が入ると木材がぐらついたので、急いで意識を戻す。
慣れるまではゆっくりやった方がいいだろう。
こんな感じで軸が出来上がると、木材の板を貼り付けていく。
断熱材などは入れていないが、今のところ外気温は適温なのでこのまま壁を貼っていこう。
具体的な組み立てる順番は全然分からないので適当にやっているが、突然崩れてこないように注意しながら組み立てていく。
──出来た。
塗装もなしで茶色一色であり、家というよりは小屋であるが、きちんと床も貼ったのでとりあえず寝泊まりする分には十分だろう。
あとは構造的な強度はイマイチ分からないので、一応生活空間にバリアを張っておく。
これで万が一家が崩れてきても、身の安全を確保できる。
これでよし。あとはふかふかのベッドをイメージする。
すると、イメージ通りの俺が使っていたベッドが現れた。
まるで実家から直接取り寄せたかのような再現度だ。
やはり毎日お世話になっただけイメージしやすいようだ。
完璧な柔らかさに包まれながら、充足感を胸に、俺はそのまま眠りについた…。
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