穏やかな生活
突如無くなった浮遊感から、自分の人生が終わったことを自覚する。
悔やんでも仕方ない事だ。人間、死ぬときは死ぬもんだ。
だけどせめて、最後はもっと幸せな形で死にたかった。
転落死でも、綺麗な海だったりしたら、だいぶ気分が違っただろう。
青い空、白い雲。眼下に広がるのは透き通った海。
海に流され、きっと無惨な自分の死体を誰にも見られることなく葬ってくれただろう。
俺が死んだのはコンクリートに固められた道路。
きっと今、俺の死体は片付けられ、危機管理がズタズタなあの工事会社は、窮地に立たされているだろう。
俺という尊い犠牲によって、社会に炙り出されたのだ。
どうせならもっと、誰の犠牲も出さずに炙り出されて欲しかった。
──そんな考え事をしているが、ここは一体どこだろう。気が付けば何も無い、真っ白な空間にいた。
果ての見えない真っ白な世界。
そしてどういう訳か自分を知覚できない。見下ろしても真っ白、手も足も胴体も見えない。
「・・・ほぉ、気が付いたかの」
ふと声がすると、自分の視界の中に影が現れ、しだいに白髪に白髭のお爺さんになった。
とりあえず挨拶をすることにする。
「こんにちは。失礼ですが、どちら様ですか」
「おお?もう喋れるのか?」
白いお爺さんはもの珍しそうに俺の周りをぐるりと回る。年季が入ってベージュ色になったローブを身に纏っている。ただ、不思議と不潔感は無い。
「お主、死んだ自覚はあるのかね?」
「ええ。工事現場の足場から転落死しました」
あまり思い出したくない出来事だが、俺ははっきり転落して死んだ。
ただ、地面にぶつかる瞬間は直視していないのが救いだろうか。
きっと直視していたら、やはり話せる状況ではなかったかもしれない。
「ほほう。死んだことを受け入れ、後悔に苛まれずに次に進もうとするその魂、よほど強いのだな」
「後悔しても仕方ないので。あと魂は強くないですよ。豆腐メンタルですから。」
メンタルが強かったら、前世でああはならなかっただろう。もし鋼のように強ければ、俺はここにはいない。
「はっは、とうふめんたる、というのはよく分からんが、お主はなかなか面白いやつじゃのう。気に入ったぞ」
なんだか満足げに笑うお爺さんを見る限り、だいぶ機嫌が良さそうだ。頼みごとをするなら今かもしれない。
「・・・もしも、あなたが神様ならば、穏やかな生活を送れる人生を与えてくれませんか」
「ほぉ、そんなものでいいのかの?だったらとっておきの転生先があるのじゃ」
「それはどんな?」
名案、とでも言うように老人はもったいぶってから、
「創造神じゃ!」
「・・・創造神?」
「そうじゃぞ、神になれるのじゃぞ!」
自信満々に言うお爺さんを眺めながら、ふと考える。
「それって、本当に穏やかな生活を送れるのか…?」
創造神といったら、何から何まで作って忙しそうなイメージがある。俺のイメージでは穏やかな生活とは程遠い。
イマイチ俺の反応が良くないのに気づいたのか、お爺さんは、はて?と首をかしげる。
「・・・他にはどんな転生先があるんですか」
「虎やカラスや、ネズミもあるぞ。神ならば、他に破壊神があるのじゃが・・・」
破壊神は却下。そんな恨みを買うことはしたくない。他のアニマルたちは、どれも厳しい世界で生きなければいけない。
「・・・やっぱり創造神でいいです」
「ほっほ、そうか!ならお主は創造神で決まりじゃ!」
俺が答えると、お爺さんが嬉しそうに笑う。なんだかあまりにも嬉しそうだ。
・・・何か裏にあるかもしれない。俺の予感がそう言っている。
「・・・本当に穏やかな生活を送れるんですよね」
「それなら問題ない!やることをきちんとやれば、あとは自由じゃ!」
お爺さんの言葉に気になる点があった。
「やること・・・?具体的には?」
なんだろう、すごく嫌な予感がする。
「世界の創造じゃよ。地形の変化や風向きの変化、それから地下溶岩の流動や、新大陸の形成、他にも色々あるが、まあ、詳しい話は研修会で話すのじゃ」
え・・・?あれ?全然楽じゃ無いぞ?みるみる不安が膨らんでいく。
「お主は、穏やかな生活が送りたいのじゃろう?創造神の仕事はちょっぴり忙しいが、争いもなく平和じゃぞ?」
「あ、俺が言いたいのはそういうのじゃなくて…」
と、俺が言っている間に、俺は何やら不思議な光に包まれた。・・・それに心なしか、お爺さんが悪い笑みをしている気がする。
「あの、転生先の変更は・・・」
「もう出来んぞい?」
血の気が引いていくなか、お爺さんはわざととぼけてみせる。
「ほっほ!儂の後継者ができたことだし、儂はこれから転生するのじゃ!研修は儂に仕える天使に頼むから安心せい!」
「いや、ちょっと・・・?」
そう言っている間にもお爺さんはしゅわしゅわとした光に包まれていく。
「じゃ、儂の世界は頼んだぞ!」
「あっ!ちょっとまてこのおじ──ジジイ!」
俺を騙して仕事を押し付けやがったお爺さん、いや、ジジイは、こうして溶けるように消えて逝った…。
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