償い
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モニターの明かりに照らされた、薄暗い部屋で目を覚ます。
退屈で、もう飽き飽きした光景だが、今はただ懐かしい。
隣で眠っているはずのザクロの姿がなく、まさかと思ったが、部屋に微かに啜り泣く音が響き、起き上がると部屋の端でザクロがひとり泣いていた。
そっと歩み寄り、ザクロの隣に腰を下ろす。
ザクロは俯いたまま、俺に寄りかかる。
「こんなとこにいたら、風邪引くぞ?」
まだ病み上がりであるザクロを布団に戻そうと声をかけるが、ザクロはただ無反応で泣き続ける。
俺はザクロの背中を優しくさする。
「…もしかして、俺が寝てるのに気を使ってここで独りで泣いてたのか?」
ザクロは泣き続けていたが、しばらくして小さく頷いた。
「俺は気にしないから、布団に入っていいぞ?」
また、小さく頷づくと、俯いたまま布団の方に向かい、布団の上に腰を下ろしてうずくまった。
とりあえずまた隣に座り、お茶を差し出してみると、受け取ってごくごく飲み干した。
そして落ち着いたのか泣き止み、静かに嗚咽を漏らし始めた。
…こういうとき、なんと声をかけたらいいのか分からない。
とりあえず、見様見真似で警察が犯人をなだめる時のように、自分の失敗談を語ってみるが、無反応で効果があるのかは分からないままだ。
それでも、何となく聞いてはいるっぽいので続けてみる。
時折お茶を差し出しながら、語り続けること30分。
嗚咽も止まり、静かになったかと思うと、いつの間にか寝ていた。
優しく背中をさすりながら、語りかけるのを終え、これからのことを考える。
…しばらく考え事をしていると、ふいに声が聞こえた。
そっとザクロを寝かせ、壁に耳を当てると、アルファの声が聞こえた。
「──この間は悪かったのじゃ。まさか、ソフィアがそんな酷いことしてたとは知らなかったのじゃ。もし聞いているのならば主として、謝罪させて欲しいのじゃ!」
アルファの謝罪する声には応えずに、しばらく沈黙を守って続きを待つ。
「ソフィアのことはしっかり叱ったのじゃ。…せっかく3つもエリアを造ったのに、もっと捕らえるの待って欲しかったのじゃ…。そもそも、何でそんな卑怯なやり方をしたのじゃ。ノアとは利き茶をする約束をしてたのに…。契約も、結ばせろって命令したけど、何で暴力的なやり方をしたのじゃ。契約っていうのはちゃんとメリットを話し合って、お互い納得して結ぶものなのじゃ。それに心に傷を負わせたら、もう一生友好的な関係にはなれないのじゃ。色々聞いてみたいお話があったのじゃ…!」
途中から言い訳ではなくただの愚痴に変わったが、とにかくソフィアのやり方はアルファにとって不本意だったということがひしと伝わってきた。
…許すかどうかはまた別だが。
命令がアバウト過ぎた点や、ちゃんと監視していなかった点など、反省すべきところはいくらでもあるだろうに。
とにかく扉越しに喚くアルファに、静かにしてくれと言い放ってから、ザクロの隣に座る。
が、アルファがあんまりうるさく喚くせいで、ザクロが起きてしまっていた。
ザクロは状況を読み込めていないようで首を傾げている。
俺はアルファの主張を掻い摘んでザクロに伝える。
そして、許すかどうか尋ねたが、すぐに首を横にふる。
「アルファ、おい、聞いてるか?ザクロは許さないって言ってるぞ」
「分かったのじゃ、契約は解除するのじゃ、ノアも探し出してくるのじゃ!だから、どうか許してほしいのじゃ…!」
アルファの必死の謝罪が壁の向こうから聞こえてくる。
「…と、言ってるけど、どうする?許すか?」
ザクロはしばらく考えた後、また首を横にふった。
「だめだ、もう一声!」
アルファは少し沈黙した後、覚悟を決めたように声を張った。
「…もう、分かったのじゃ!許してもらうためなら何でもするのじゃ!だから許してほしいのじゃ!」
…何でも?
「よし、許そう!」
反射でそう言ってしまったが、ザクロの方を見ると、項垂れるように俯いていた。
「ごめん、悪かった。俺もザクロに何でもするから、許してやってほしい。向こうだって何でもするって言ってるし」
…あえて、何でもするってところをアルファにも聞こえるように強調して言う。
しばらくしてから、ザクロは、静かに頷いた。
「ザクロも許すって言ってるぞ」
「本当なのじゃ⁉」
アルファの嬉しそうな声が聞こえる。
「んじゃあ、まず1つめは俺とザクロに向かって土下座な。で、2つめはありとあらゆる知識を無料で提供して。3つめは…」
「ま、待つのじゃ!」
アルファの焦るような声が聞こえる。
「ん?これくらいしてもらって当然だよな?何せこっちのザクロは死にかけにまで追いやられたんだぞ?目が覚めてからもずっと泣き続けて、きっとトラウマになっているに違いない!それなら他にどんな方法なら許してもらえると思ってるんだ?思いつくなら言ってみろ!」
超早口でアルファをまくし立てると、アルファの方から消え入るような声が聞こえる。
「…何でも、何でもするのじゃ…。だから、お許しください…なのじゃ…」
よし、言質2回目。
俺が息を潜めながらにっこにこの邪悪な笑みを浮かべていると、ザクロが半目で袖を引っ張ってきた。
「…わかったから、そんな目で見ないでくれ」
ザクロは溜め息をつきながら、顔を逸らす。
…一番納得いってないのは、ザクロだろう。
それほどに傷は深いのだろうし、もし俺が逆の立場なら、絶対に許していないだろうが、次に繋がる手としてはこの条件を呑むしかない。
…ということを、きっとザクロも分かっているのだろう。
ザクロの横顔からは、やり場の無い悲しみや怒りが伝わってくる。
一方、どうしようもなく申し訳なさそうにしているのも伝わってくる。
「ザクロの気持ちも、痛いほど分かる。…だけど、俺にチャンスをくれ。…わがままだって分かってるけど」
…ザクロは静かに顎を引く。
俺はそっとザクロの頭を撫でる。
しばらくして、ザクロは俺の顔をそっと見上げて、何か言おうとするが、音は紡がれず、掠れた呻き声が微かに漏れる。
だけど、口の動きから『そばにいて』と言いたいのが分かる。
「…もちろん、何があっても俺はザクロのそばにいるよ」
そう言うと、ザクロは硝子細工のような笑みを浮かべる。
そして寄りかかって来て、また静かに寝息を立てるのだった。
■ ■ ■
さて、アルファから何でもするという言質をとった俺は、ザクロの目が覚めて落ち着くのを待ってから部屋を出ることにした。
ザクロは、まだ足を痛めているらしくよろつくので、杖をついて俺に続く。
「して欲しいことを簡潔にまとめてきたぞ」
書庫の椅子に深く腰を掛けたアルファは覚悟を決めた様子で、なんでも来いというふうに身構えている。
「まずは、謝罪からだ」
一番シンプルだが、最も重要だ。
こういうとき、お互いにやり場の無い気持ちを抱いているだろう。
謝る方も、謝らないままでいたらもやもやしたままで気持ちが悪いだろうし。
謝られる方は、謝罪だけでは完全に慰められないにしても、謝罪の気持ちをしっかりと受け止めることが大事だ。
「次に、契約の破棄。そして新たにお互い納得できる条件で再契約をしてほしい」
これは言わずもがな。一番のこちらの不都合を早めに解除してほしい。
それと、お互いに協力関係を望むのなら、どこで協力するのか、お互いに尊重してほしいラインなどを明確にするべきだ。
ソフィアへの対応などは、ここでしっかり話し合いながら決めていきたい。
また、新たに必要なことが増えた場合は契約のかたちで追加していこうと思う。
「そして最後に、無条件での知識の提供。知の神として持っている知識を活用させてほしい」
こっちが命を賭してまで戦ったことに釣り合う物、それは相手が命を賭してまで集めた情報だろう。
「ただし、どうしても知られたくない情報なら、そちらの気持ちを尊重する」
向こうにだって知られたくない秘密や弱点があるだろう。
そのようなプライバシーはできるだけ尊重したい。
そうでなければこちらからの一方的な関係になりかねない。
俺が望むのはお互いに対等な関係。出来るだけわだかまりが無いようにしたい。
「とりあえずこの3つだ。具体的なことはおいおい話すとして、まずはこの条件を呑んでほしい」
アルファは少し考えた後、徐ろに口を開いた。
「…3つ目の知識の提供は、知の神としての存在意義に大きく関わっているのじゃ。無償での知識の提供は、言わば奴隷になるようなものじゃ」
アルファは低いトーンで続ける。
「…だから、賠償する方が言うのも変なのじゃが、こちらも1つだけ条件を提示させてほしいのじゃ」
俺は、アルファの言葉の続きを静かに待つ。
「…ふたりのことを、観察させてほしいのじゃ」
「…観察?」
怪訝に眉をひそめてアルファを見詰めると、アルファは肩をすくめてみせた。
「そんなに警戒しなくてもいいのじゃ。元はというとアルファがふたりを招待したのは、ふたりの関係が興味深いからなのじゃ。アルファは単純に好奇心を満たしたいだけなのじゃ」
「じゃあ、俺らが絶対神から逃げるのを手伝ってくれるか?」
もちろんなのじゃ、とアルファは目を輝かせながら笑う。
「ふたりを観察させてくれるなら、アルファは全面協力するのじゃ!挙げてもらった3つはすぐにするのじゃ。他に何を望むのじゃ?」
アルファは足をぶらぶらしながら、前のめりに座っている。
他に、俺がまず望むものは────
「──ノアの居場所だ。ノアは今どこにいる?」
アルファは俺らにちょっと待つように言うと、水晶玉を持ってきた。
アルファが水晶玉に手をかざすと、影に中世ヨーロッパのような町並みが映し出された。
アルファはしばらく水晶玉を見ていたが、唐突に水晶玉に映った何かに、眉をひそめた。
「…これは、まずいことになったのじゃ…」
アルファは、溜め息混じりの声で続ける。
「──この人間界で最大の軍事都市、”アストリア王国”──そこにノアは幽閉されているのじゃ」
”アストリア王国”──誰もが畏怖する、世界を支配している軍事大国。
そこにノアは拉致され、今、まさに幽閉されている、と。
そう続いたアルファの言葉に、俺は拳を握りしめた。
そして、杖の突く音と共に、ザクロが俺の隣に来る。
「──俺の行く先なら、どこへでも着いてきてくれるか?」
ザクロは目を閉じて、静かに頷く。
「”アストリア王国”──生きて待っててくれ、ノア」
まだ見ぬ世界に心を震わせながら、俺とザクロはノアを取り戻すための旅に出るのであった。