”親友”
冷たい檻が開かれると、檻の中の青年に、弾けるように満身創痍な白髪の少年が駆け寄る。
白髪の少年…ザクロは、見るに耐えないほどの酷い傷と痣をしながら、半ば倒れるように檻の中の青年…創造神の胸に飛び込んだ。
…ザクロは、細く冷たい腕を俺の背中にまわす。
むせ返りそうなほどの血の匂い。
そして、服はところどころが裂け、乾いた血によって肌に張り付いている。
触れている腕からは血が滲み、埋もれている顔から涙が滲むのを感じる。
急いで治癒魔法をかけるが、傷はなかなか塞がらず、ザクロは震えながら浅く速い呼吸を繰り返している。
「…よっぽど、アンタのことがお気に入りなのね。呆れるほどだわ」
ザクロの後ろから、つまらなそうな呟きが聞こえる。
檻を開いた女神、ソフィアは退屈そうに壁に寄りかかり、檻の鍵を弄んでいる。
「お前が、やったのか…?」
掠れて、震えた声が、自分でもゾッとするほどの殺気とともに、喉から漏れる。
「あら、死んでないんだから、いいじゃない。それよりも、この子、私の白い肌に傷を付けたのよ、歯向かったらアンタを殺すって言ったら、大人しくなったけど」
ソフィアは腕に巻かれた包帯を見せつけ、オーバーに痛い素振りをして見せる。
──ザクロが身じろぎし、俺が無意識にソフィアに向けていた手を降ろさせた。
そのままザクロは、何も言わず、またひしと俺を抱きしめた。
俺は、深呼吸しながら、ザクロを抱き寄せて優しく撫でる。
「…賢明ね」
ザクロの傷は塞がったようで、呼吸も落ち着き、やがて静かな寝息を立て始めた。
「…そろそろお話してもいいかしら?」
ソフィアは壁にもたれるのをやめ、こちらを細く見定める。
「…なんだ」
「フフッ、そんなに警戒しなくてもいいわよ。…その子とアルファ様の”契約”のお話なんだけど」
ソフィアはこちらの反応を舐めるように見回しながら続ける。
「といっても、アナタには関係ないかしら。この子がアナタだけはどうしてもって言って聞かないから」
ソフィアは黒い髪をいじりながら、黄金色の瞳を鋭く細め微笑んでいるが、もう片方の手は黒い鞭に触れていて、鞭は今もなお赤い雫を滴らせている。
「それで、この子だけアルファ様に仕える契約を結んだのよ。…三日三晩躾けたのに、ガンコな子だわ」
ソフィアは相変わらず微笑みながら髪をいじっているが、鞭に触れる指に力が入っていて、苛立ちが現れている。
「だから、アンタはさっさと帰りなさい。…そういえば、あの子、ノアちゃんだったかしら?あの子は記憶を消して、天界から除名させてもらったわ。大丈夫、今頃人間界で大人しくやってるハズだから」
──俺は長い息を吐く。ノアは生きてる。それだけで、嬉しい。
「サ、アンタの記憶は消さずにおいてあげるから、早く帰りなさい。用があるのはその子だけよ、その子を置いてさっさと行きなさい」
俺は、それでもザクロを離さない。
何があっても、ザクロを一人にしない。
ザクロが体を張ってまで俺を助けてくれたことに、お礼しきれていないから。
それに、ザクロと”約束”したから。
だから、どんなことがあっても、ザクロを見捨てない。
何をされても、ザクロだけは渡さない。
…俺の意思を汲み取ったのか、ソフィアは溜め息をつく。
だが、鞭を振るわれることはなく、ソフィアはそのまま牢屋から出て行った。
「もしかして…」
ザクロはアルファと契約したとき、仕える代わりに俺に手出しさせないことを契約させたのではないか。
──十分にあり得る可能性だ。
そうじゃなければ、俺とアルファの間で契約を結ばさせればいいだけの話だ。
そうしないってことは、そうできない理由があるからだろう。
…静かに寝息を立てるザクロにつられて、唐突に強い眠気に襲われる。
俺の方もそろそろ限界だ。
檻が開いて魔力が使えるようになったのを確認すると、眠気に抗いながらも創造の力で頑丈な壁を造り、ザクロを奪われないようにする。
それからしっかり体を休められるように布団を造り、ザクロを抱きしめながら眠りについた。
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──目を覚ますと、ザクロが胸の中ですやすやと寝息を立てていた。
まだ回復し切っていないだろうが、汚れた服のままでは可哀想だ。
──俺は湯船を創り出し、起こさないように優しく血を洗い流しながら、軽く体を洗ってやる。
ついでに自分の汚れも落としながら、体を乾かして新しい服に着替えさせて寝かす。
起こさないように気を付けたとはいえ、ザクロは全く起きる気配すら無かった。それほど疲れが溜まっているのだろう。
傷の方は完治しているのが確認できたので一安心だ。
問題は、心のほうか。
俺が閉じ込められていたあいだに、想像だにできない仕打ちを受けていたことは、ザクロの姿を見れば安易に推測できた。
今はゆっくり休んでもらおう。
俺は壁に覗き穴を造り、時々牢屋の様子を確認しながらザクロが起きるのを待つ。
──結局、この日ザクロが起きることはなかった。
また、ソフィアやケティアが牢屋に見回りに来ることはあったが、特に何もせずに帰っていった。
あまりに暇すぎて一人でゲームを始めたり、その流れでここの空間に、実家の自分の部屋を再現したりしたが、特に何もなく1日が過ぎた。
再現された自分の部屋でゲームをやり続け、ふと振り返ると自分の布団に少年が入っていて、つい驚いてしまった。
眠り続ける白髪の少年は、モニターの朧げな光に照らされる。
少しこわくなるほど、あまりに整った、中性的な顔立ちが目を閉じ、安らかに息をしている。
つい天界の美男美女で見慣れてしまっていたが、ザクロほどの美形が、もしも元の世界にいたら噂ものだな。
…決して面食いではないということを一応断っておくが、こんな人が傍で俺を欲してくれているなど、夢のようではないか。
くだらないことかもしれない。
それでも、そう思うと、自然と気力が湧いてくる。
どんなことがあっても、絶対に助けてくれる”親友”がここにいる。
そして俺も”親友”に必要とされていて、守るために戦える。
今までの俺だったら、きっと逃げ出していた。
竦み上がり、戦うこともできずに、ケティアを討つことなんか出来なかった。
それでも、変われたのは、俺を一心に信じ続ける友の、あまりに純粋過ぎる善意に心洗われたから。
もう一度信じてみようと思えた。自分を。
ザクロがいたから、俺は強くなれた。
今の俺は、逃げ出したりしない。
自分を変えてくれた”親友”を助けたい。
契約なんか、知らない。
俺は”親友”を守る。
ザクロが破壊神なら、俺の創造の力は、守るために使おう。創造の力は決して私利私欲のためじゃない。
──少しずつ、心に巣食っていた絶望が、消えていく。
俺は深呼吸すると、ようやく肩の力が抜け、今度こそ心の底から安らかに眠ることができた。
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