”ボス”
ご無沙汰しております。
この森の”ボス”、ケティアは心臓を締め上げるほどの殺意と共に光線を放つ。
──だが俺は、予想通りやってきた光線を避け、また不敵に笑う。
「どうしたどうした?そんなものか?」
「──ッ‼」
ケティアはまた怒りと共に光線を放つ。
しかしあまりにも狙いが単純だ。
これもまたひょいと躱す。
「ぶっちゃけお前の光線なんて避け飽きたわ。結局光線撃ちまくって魔力切れになるんでしょw」
俺の煽り文句にまんまと乗っかり、ケティアの殺意はどんどん膨れ上がる。
俺は不敵な笑みを続ける。
…本当はひやひやしながら躱しているのを、バレないように、余裕を装う。
ようやく、ケティアは光線を撃つのを止めた。
「…ふん、口だけは達者なのだにゃあ」
ケティアは先程まで苛立たしげだった顔に、暗い笑みを浮かべると、黒い影が溢れだし始める。
──さて、ここからが本番だ。
先程まで唸りを上げて跳びかかってきた獣たちは急に動きを止め、それからこの場を走り去っていく。
獣たちの洗脳が切れた。
そして、代わりに現れた黒い影がザクロを飲み込み、ザクロは地面に膝をつく。
それを確認してから、俺はすぐにノアを連れてこの場を飛び立つ。
ケティアは予想通り、ザクロの洗脳に集中を注ぎ追ってこない。
俺とノアはその隙に鬱蒼とした木々の隙間をくぐり抜け、空に出る。
そして地図に描かれていた一番大きな木をめがけて一気に降下する。
物凄い速度で空を進み、強い風が起こる。
想像以上に速度が出たため、少し体制を直そうとすると、思いっきり空中でひっくり返る。
その様子を見ていたノアが慌てて俺の肩を掴み、何とか木に激突するのを免れた。
…やっぱり飛んで移動するのは危険だと分かった。
そう思いながら俺は自身の周りにバリアを貼り、身体全体で無様に着地した。
「大丈夫ですか⁉怪我はありませんか⁉」
慌ててノアが駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫だ…たぶん」
そう言って立ち上がるが、至る所を擦りむいたようで身体中がひりひりする。
バリアを貼っていたとはいえ、この速度で落ちると怪我をすると分かった。
ノアが治癒魔法をかけてくれて傷はたちまち塞がったが、飛ぶのはやっぱり怖いので必要最低限にしよう。
「…これからどうするつもりですか?ザクロさんがいないと私たち、ろくに戦えませんよ?」
「大丈夫、作戦通りだ」
俺はサムズアップしてみせるが、ノアはため息をついている。
「とにかく、ついてきてくれ。ザクロは5分後くらいにここに来る」
そう言って俺は一番大きな木の側の枝によじ登る。
しかしノアがひょいと俺を持ち上げて飛び、高い枝まで運んでくれた。
「申し訳ない…」
高い枝に腰掛けると、ケティアが飛んで行くのが見える。
やはり、ケティアは決まった場所から指示を出していたようだ。
…前回の戦いのとき、ケティアは洗脳攻撃中に光線を撃ってこなかった。
だからきっと洗脳攻撃中は、他のことに意識をあまり向けられないのだろうと考えていた。
そのためにどこかに籠りながら洗脳攻撃をするのだろうと予想したが、予想は当たったようだ。
「今からケティアを尾行する。ザクロには5分後にここに着くように走ってもらってるから、それまでにケティアに接触するぞ」
「5分であの距離を尾行するんですか?ご主人様の様子では、そこまで速く飛べないでしょう?」
ノアは遠くへ飛んでいくケティアを目で追う。
だがしかし、俺にいい考えがある。
俺は今座っている大木の枝を渡り、幹の高い位置に頑丈なワイヤーを括りつける。
そして1キロほど先にある、中くらいの木の幹に同じようにワイヤーを括りつける。
そしてワイヤーに滑車を取り付け、それにロープをつけて自分とノアの体にしっかりとワイヤーを固定する。
そう、ターザンロープだ。
俺は傾斜角度と高低差と距離をだいたいで決めて速度を計算したり、補強をして安全を確認する。
物理の受験勉強が、こんなところで役立つとは思ってもみなかったな。
ノアは俺が今からやろうとしていることが分からないようで、困惑している。
安全チェックは済んだので、あとはノアに声を上げないように念を押す。そして高さにすくみ上がる体に、今一度勇気を振り絞って、空中に一歩踏み出す。
途端、浮遊感とともに物凄い速度が生まれ、周りの景色が目まぐるしく流れ始める。
なるべく下を見ないように意識するが、高さが高さなので目の前に広がる空と木々の頂が迫り来る光景に、圧倒される。
悲鳴を堪らえようと意識していたが、怖すぎてそもそも声が出ず、震え上がる。
ノアの方は…全く気配がないが、まさか気絶してないよな?
考え事を巡らす間に、ターザンロープの中間地点に着き、傾斜がなだらかになる。
ここからは、前半部分でつけた勢いで進むため、少しずつ速度が緩やかになる。
とはいっても、木々の間をくぐり抜けていくため、ここもかなり怖い。
目を閉じて到着を息を潜めて待つ。
肌を切るような風を感じながら、ここまでの作戦とここからの作戦を再確認する。
─まず、ここまでの作戦について。ザクロに伝えたのは、『洗脳攻撃が来たら、俺達が向かう方向にある大木に5分かけて来い』そして『俺達は大木からケティアを狙撃する。”ちょっとした秘策”があって、5分もあれば倒せるから、5分後に大木で合流しよう』という内容だ。
2つ目の内容は嘘で、”秘密の使命”達成条件である、『破壊神を騙して一人にさせる』をクリアするために伝えたものだ。
─さて、次はここからの作戦、言わば本当の作戦だ。
ザクロが5分後に大木に着いたとき、俺達がいないことに気付く。そしたら俺がザクロを騙したことを知るだろう。
それを知ったザクロは平常心を保てなくなり、完全に洗脳される。
洗脳されたザクロは俺達を探して殺しに来る。
それまでにケティアを討ち取れればこっちの勝ち。討ち取れなければ…覚悟するしかない。
…んで、肝心のケティアを討ち取る方法は、ケティアが洗脳攻撃に夢中になっている間に、一撃で仕留められる”本当の秘策”がある。
…一か八かの大勝負だが、やるしかない。
もし失敗したら、そのときは…考えたくないが、ノアだけでも助かるように、ノアは離れたところで待っていてもらう。
──ターザンロープはついに速度を失って止まる。
「…着いたんですか?」
後ろからノアの小声が聞こえた。
俺はワイヤーを解き、ノアの方も解いてやる。
「ここらへんにケティアの拠点があるはずだ、急ごう」
静かになった森の中を、獣を警戒しながら進む。
ノアが獣を察知しながら、慎重に薄暗い森の中を進む。
拠点はすぐに見つかった。森の中に、隠されるように祠が建っていた。
俺は祠の周囲を慎重に調べるが、入り口は1つしかないようだ。
──失敗が許されない一発勝負。
俺はノアに外で待っているように、そしてしばらくしても出てこなかったら、この場を離れるように伝える。
ノアは心配そうに両手を胸に当てていたが、やがて静かに頷き、いってらっしゃいませ、と祈るように囁いた。
俺は覚悟を決めて、慎重に祠に入る。
祠は暗く、下に続いており、壁に埋め込まれた小さな光る石の明かりを頼りに進む。
湿った空気を吸いながら、冷静に、”本当の秘策”である特殊な銃を構える。
しばらく祠を降りていくと、明かりがあふれる広間を見つけた。
銃のスコープを覗くと、目を瞑りながら集中しているケティアを見つける。
─こちらには気づいていない様子だ。
俺は狙いをケティアに定め、ひと思いに引き金を引く。
銃声が響き、ケティアはそれに驚く間もなく被弾して倒れる。
しかし、ケティアはゆっくりと起き上がり、こちらを捉えた。
「そんなもので、このケティアが、やら…れる…はず、は…ッ!?」
ケティアは、この銃に仕組まれた本当の狙いに気付くと、一気に顔が赤くなった。
「なっ!?何なのだにゃ!?この匂いは──!?」
そう言いながら、だらしなく顔を歪ませ卒倒したケティアを確認する。
──作戦成功!
俺はほっと胸をなで下ろし、手に構えていた”またたび銃”を下ろした。
ズバリ、”猫にまたたび作戦”成功だ!
俺は高鳴る鼓動を鎮めつつ、今頃洗脳がなくなり、困惑しているだろうザクロを迎えに行こうと思いを固める。
その前にノアと合流しよう。早く行かないと心配させてしまう。
逸る気持ちを感じながら、祠の入り口へ引き返す。
引き返していると、やがて祠の入り口に待つ人影が見えた。
ノアには外で待っているように注意したのだが、心配で入り口まで来てしまったのか。
「ノア!やったぞ!」
長い祠の階段を鬱陶しく思いながら、その人影へ階段を走る。
一人で神と対峙した不安が、緊張が解けていく。
ようやく、仲間と合流できる。
これだけ一人を心細く感じたのは、初めてだった。
天界の厳しさを、なんとか切り抜けていけているのは、心強い仲間がいるからだ。
今は早く仲間と合流したい。
それだけが、厳しい天界を生き抜く唯一の希望なんだ。
──眩しさに目が慣れ、その人影を認識したとき、足が止まった。
「…ノアって、この子のこと?」
聞き慣れない声と共に、黒い影が祠に投げ込まれ、階段を転がり落ちて、俺の前に、止まった。
血にまみれたその塊は、ヒトのかたちをしていて、ところどころ白い肌が見える。
そして、紺色の髪が見えた。
「…ごめんなさいねぇ。名前を付けて可愛がってるなんて、知らなかったから。もっと楽に殺してあげれば良かったわね」
目の前の、赤い塊に、そっと触れる。
ただ、一心に、助けたいという気持ちが溢れ、手から塊へ光が流れる。
「…そう、アナタって本当に残酷ね。放っとけば死ねたのに。その子が生き返っても、また苦しむことになるわよ」
ノアの体が、微かに上下に動き出し、呼吸を取り戻す。
それが嬉しくて、涙が溢れて、嗚咽が漏れる。
「…あら、壊れてしまったかしら。いいわ、アルファ様からは、死んでさえいなければいいと言われているし」
人影がこちらに近付いてくる。
咄嗟にノアを庇うように、覆い被さる。
「…邪魔よ」
鋭い衝撃が脇腹を襲い、階段を転がり落ちる。
それでも、ノアは離さない。
「面倒くさい子ね。いいわ、その子の命は助けてもらうように申し付けておくから、さっさと離しなさい。でないと殺すわよ」
…ノアの呼吸を確認してから、ゆっくりと離す。
「…いい子ね。こっちに来なさい」
眠り続けるノアの横に、そっと立ち上がり、ノアよりも少し背の高い女神のもとへ階段を登る。
何度も、横たわるノアを振り返りながら。
返り血に濡れた女神に手を掴まれ、やがて森の外へ出る。
そしてしばらく森を歩くと、見知った”仲間”が見えた。
”仲間”…ザクロはこちらに気付くと、警戒しながらも近付いてきた。
「…だれ」
女神は手を口に当て、微笑を隠しながら、ゆっくりとザクロを眺める。
「ソフィアよ。くだらないゲームは終わり。この子のことが大事なら、無駄な抵抗はせずに付いてきなさい」
ソフィアと名乗った女神は、青く光る穴を作り出すと、俺の手を掴んだまま光る穴を通った。
──光を抜けると、檻の中だった。
俺の手を掴み先に入ったソフィアの姿はなく、青い光の穴もなくなっている。
先程までいた場所を思い浮かべ、青い光の穴を作り出そうとしても、途端に集中が霧散し、上手く作り上げられない。
成すすべ無く、俺はただ、壁に寄りかかって座る。
─あの女…ソフィアは何者だ。
─ゲームの本当の目的は…?
─あの後、ノアはどうなった?ザクロは?
溢れ出して止まらない疑問と後悔に呑まれながら、俺は唐突に、これから自分はどうなるのだろうと考えた。
こんなことなら、こんな後悔をするくらいなら、誰とも出会わなきゃ良かった、なんて考えた。
途方も無い考え事は、止まることを知らず、眠ることもできず、ただただ、これから行く先を待った。
──何日経っただろうか。
最初にここに来たのは、他でもない、ザクロだった。
次話投稿未定。
一応、次の話は練ってありますが、やる気があれば続きます。
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続く場合、半年以内には次話投稿します。頑張ります。