弱音
獣人の神との死闘の翌日。
ノアに新たな敵襲を警戒させながら一晩を越したが、特に何ともなかった。
まあ流石に、そんな次々と敵襲が来たらやってられないけど。
今日は、俺は家の補強のために、珍しく朝から働いていた。
二度寝しなかった。偉い。
まあ、強い意志で睡魔に勝利したというより、敵襲が怖くて眠れなかったというのが正しいが。
俺は今万が一のために、隠し通路を作っているところだ。
出口は深い谷の下だ。それに出口は土の壁で覆い、完璧にカモフラージュしている。
外に出るときは土の壁を壊す必要があるが、万が一のために手榴弾を創っておいたので、それで壊せるだろう。
一通り完成して、地下二階に戻ってきた。
破壊神は相変わらず眠っているが、昨日よりはやや顔色が良くなった気がする。
もともと顔色が良い方ではないので、ほんの少しの変化ではあるが。
ノアも夜番していたので、破壊神と同様にぐっすり眠っている。
というわけで今は一人、静かである。
朝からひと仕事終えたので、とりあえずコーヒーを飲みながら一息つく。
警戒もしておきたいが一人で警備しに出るのも怖いので、とりあえず地下二階でゆっくり寛ぐ。
コンクリート打ちっ放しで殺風景であるが、眠っている二人を見ていると、何とか生き残った達成感を感じる。
そんな達成感を味わいながら、のんびり考え事にふける。
敵をどうやって戦力として取り込むか。
神は人間と違って逃げ足が非常に早い。
昨日の獣人の姿をした神は、一言言い残して一瞬でいなくなったし。
思っていたよりもスローライフ勧誘の時間が少なくて困った。
それにそもそも話を聞いてくれそうな神が少なそうだとも、薄々勘づいた。
思ったよりもスローライフ同盟を組むハードルが高くて唸っていると、後ろから衣服の擦れる音がした。
振り向くと、破壊神がのっそりと体を起こしていた。
「大丈夫なのか?」
俺の声に、彼は顔を上げると、少し複雑そうな顔をした。
何というか嬉しそうな、申し訳なさそうな、そんな顔だ。
確かに、操られて殺しそうになった相手を見るのは複雑な気持ちかもしれない。
「まあまあ、無事で良かった。とりあえずコーヒーでもどうだ?」
俺がコーヒーカップにコーヒーを創り出して注ぐと、コーヒーの華やかな薫りに辺りが包まれた。
彼もその薫りに気づいたようで、目を閉じて薫りを堪能している。
「苦いから、気を付けろよ」
俺がコーヒーを手渡すと、両手で包むように受け取った。
そして黒い艶を持ったコーヒーの液体を、じっと眺めている。
そして意を決したようにカップに口をつけた。
彼はコーヒーの苦味に少し驚きながらも、すぐに慣れたようでグビグビとコーヒーを飲む。
初心者にも飲みやすい酸味の少ないものにしたが、それでも初めて飲んだにしては、とても好感触のように見える。
「おいしい?」
彼はカップに口をつけたまま、コクリと頷く。
そしてそのまま飲み干すので、おかわりを注いでやると、今度はゆっくりと飲み始めた。
とりあえず落ち着いたようで良かった。
病み上がりの人に飲ませるのがコーヒーというのは、冷静に考えて見れば何とも粋じゃないかもしれないが、彼が満足ならそれでいいだろう。
今更ながら、一応葛湯なども用意しておいておくが、彼はやっぱりコーヒーに釘付けのようだ。
コーヒーを飲み終わってカップを置くと、少し上半身をぐらつかせたので支える。
彼は弱さを悔やむように唸るが、優しくなだめる。
そして仕方なさそうにため息をついたあと、また横になる。
目は開いているが、コーヒーを飲んでもやっぱり眠そうだ。
俺が何となく側に付き添ってやると、少し拗ねるように目を逸らす。
何ともいじらしい様子を眺めながら、もし俺に弟がいたらこんな感じだったのだろうか、と考える。
俺としては可愛い妹が欲しかったが、弟もなかなかいいものかもしれないな。
どうせ現実ではそんな上手くはいかないのだろうけど。
──そんな考え事をしていると、彼がそっと手を握ってきて、ちょっと驚いた。
何この生き物かわいい。
思わず頬が緩んでしまうが、彼は相変わらず目を逸らしている。でもちょっと頬が紅い。
何とも世の女子を悔しがらせるような、超ヒロイン力を発揮しているが、彼は男友達だ。
確かに華奢で美形で色白で、女の子と見間違えるほどだが、そこら辺は大丈夫だ。
それに、こうして甘えてくる様子は、何だか10歳前後に見えてくる。
外見的には16から18歳くらいに見えるが、中身はもしかしてもっと子供なんじゃないだろうか。
「…本当は、力、なんて…いらな、かった」
彼から、弱々しい声がこぼれた。
「自分が…本当に、望んだ、のは…力なんかじゃ、ない…」
声は、今にも泣き出しそうなほど、震えている。
そして彼は目を固く閉じ、涙をこぼさないように努めている。
「…なのに、どうして…?望むもの、与えるって…言ってた、のに…」
彼が俺の手を握る力が、少しずつ強くなっている。
そして、うわ言のように彼は続ける。
「ねえ…どうして…?どうして、みんな…置いてくの…?一人は…嫌だよっ…」
彼はその後も熱に浮かされているように言葉を呟き続けるが、上手く聞き取れなかった。
ただ時折、一人にしないで、置いていかないで、という呟きが聞き取れた。
そのうち呟きが聞こえなくなり、そして寝息が聞こえ始めた。
しかし苦しげな表情をしていて、まるで理不尽に打ちひしがれる子供のように思えた。
俺はそのままずっと彼に寄り添い続けた。
彼がここまで感情的になったのに、驚いた。
そして初対面から四日しか経っていない自分に、ここまで心を開いているのが、痛ましげに思えた。
何にでも縋って、助けを求める姿が痛ましかった。
たとえ裏切られたとしても、信じたいと思い続けているその姿が、何とも無力で儚いものだと思えた。
彼は俺を友達だと信じ続けた。
俺が無茶なお願いをしているせいで、戦いが不利になっているのにも関わらず、それでも最後までお願いを守り抜いた。
いつの間にか頬に涙が伝っている彼に寄り添いながら、俺は何としてでも彼の友達として、彼を救おうと決心したのであった。
次回5/8投稿予定。もし、『次話が気になる』『面白い』など、思って頂けたら、下の評価ボタンなどからお願いします。
※思いつきで書いているので、投稿頻度が著しくモチベーションによって変化します。
いいねやブックマーク、評価ボタンの数がひとつ増えるにつき、更新頻度が1%上昇するかもしれません。あと、総合ポイントが50ptを達成すると、イラストが追加される予定です。