64.新生?アスタリスク
「久遠さん!」
ただ何かにつまづいて倒れた訳ではない久遠さんをみて、僕は慌てて駆け寄る。
そして久遠さんを抱きかかえステージの袖へと運んだ。
事態をみて照明さんが咄嗟に暗転してくたおかげで、観客や配信を見てる人たちに僕が久遠さんを抱えている場面がみられていないのは幸いだ。
多くの大人たちの焦る声が響く。観客のどよめく声もうっすらと聞こえる。
そんな中でメンバーたちが僕らを不安そうな顔で取り囲んでいた。
「ぐっ、これくらいどう……あっ」
久遠さんは立ち上がろうとしたけど右足に力が入らないのか、起き上がる事ができなかった。
「久遠さん、失礼します」
僕は彼女の右足の靴を脱がせた。
いつも白くほっそりとした足首が、いまは赤く腫れていた。
「さっき足を踏み外した時ですか」
僕はそう口にして、それがきっかけという訳ではないだろうとことに気づく。
あれはきっかけじゃない結果だ。
そもそもそこまで暗くないあそこで、足を踏み外すことがおかしかったんだ。
「……練習の時から足を痛めていたんですか」
久遠さんは押し黙って何も言わない。
これは僕のせいだ。僕のサポートが悪かったんだ。
「皆さんすみません。僕が組んだ練習メニューがハードだったせいで久遠さんに負担をかけてしまいました。そしてそれに気づけなかったことも重ねてお詫びします」
「それは違う!」
久遠さんが僕に被せるように否定する。
「私が……私が……本番前日だというのに無茶な練習をしたからだ。だから逆瀬川は悪くない。私が悪いんです。皆さんごめんなさい」
久遠さんは涙を流しながら、ごめんなさいとひたすら謝罪を繰り返していた。
こんな風に謝らせてしまったのも僕のせいだ。
これまでの期間で、久遠さんが人一倍重圧を抱えながら練習に取り組んでいるのは知っていた。
そんなときに六槻からあんなことを言われた久遠さんの行動なんて、火をみるよりも明らかじゃないか。
きっと体を動かしていないと不安だったんだろう。
ゆっくりするように注意していれば。いや、一日僕が見張っていればこんなことには。
「どっちが悪いとか、いま考えている暇はないわ。待っているファンのためにできることを考えましょう」
たらればで後悔している僕の耳に明日花さんの声が飛び込んでくる。
明日花さんのいう通りだ。
悪いことを認めたところで過去は変わらない。
これからどうするかを考えないといけないんだ。
「あの……私、踊れます! 踊らせてください!」
「久遠は黙ってて。伍、久遠の足はどう?」
「応急処置をしても無理です」
僕は事実を冷静に返す。
こんなの冷やしたりテーピングしたりしても無理だ。
痛み止めなんてないし、痛み止めがあったとしても打ったところで足首がうまく動かせないなら十分なパフォーマンスはできないだろう。
「やっぱりそうよね。私でもみればわかるわ。こんな足で踊ろうなんてありえない」
「すみません……」
「本当ありえないわ。この足なのに、誰にも気づかれることなくパフォーマンスしていたなんて」
明日花さんはしゃがんで久遠さんの肩を抱く。
「よく頑張ったわね。でも私たちはプロよ。無理をして怪我をしたり、ファンのみんなに心配をかけるのはダメ」
「……はい」
久遠さんはぐしゃぐしゃの泣顔で力強く頷いた。
「ほな、久遠抜きでライブ戻るで!」
「でも、一人抜けたらフォーメーションどうするのよ」
黒海さんの指摘はもっともだ。
グループのダンスは立ち位置が入れ替わったり、メンバー全員がいて完成できるような振り付けとなっている。
久遠さんが抜けたことにより、穴のあいたようなパフォーマンスになるだろう。
「しゃーないやろ。それでも中断するよりはマシや」
今からフォーメーションや振りを変えるのは難しい、それをメンバーが覚えるのなんて困難を極める。
「けどそれじゃプリズムプリズンに勝てないっすよ!」
「梢枝ちゃん、いまは勝ち負けは置いてファンのことを第一に考えましょう」
「皆さんすみません。本当にすみません……」
メンバー内で議論が交わされるなか、久遠さんの嗚咽と謝罪の言葉が響く。
「なあ逆瀬川、頼む。いや……お願いします。無責任なのは分かってる。でも、どうにかしてほしい……」
「任せて。僕にできることならなんでもするよ」
そうだ。今から残されたセトリの振り付けを無理のないようにかつ、メンバーが覚えられる内容を考えるんだ。
久遠さんとのダンスレッスンのためにみんなの振りも覚えていたから、きっとできる。
「伍いまなんでもするって言った?」
「うん。今から急ピッチでダンスの振りを……」
「それはいいわ。私がとっておきの方法を思いついたから。ファンを楽しませて、かつプリズムプリズンにも勝つ方法が」
ね、と明日花さんがパチリとウインクをした。
◆
「みんなお待たせしました! ライブ中断してごめんなさい。これから再開します!」
明日花さんの言葉とともにメンバーがステージへと戻る。
「メンバーの久遠についてですが、足を負傷してしまいこの後のライブは参加できません」
観客がざわめく。
その中で『大丈夫ー!?』とファンから心配の声が飛んでくる。
「パフォーマンスは続けられない状態ですが、本人はステージに戻りたいってお願いするほど気持ちは元気だから安心してください」
その言葉にファンからは安堵の声が漏れる。
しかし、会場の空気はまだあたたまっていない。
明日花さん、本当にこれで大丈夫なかな。
僕は舞台袖で様子を見守っていた。
「久遠が欠けた六人でパフォーマンスすることも考えましたが、今日はアイドルフェス。みんなに楽しんでもらうお祭りです! なので助っ人に来ていただきました」
『え、助っ人?』『誰だろう』『今日出たアイドルの誰かかな?』
会場が期待と不安が支配する。
僕は深呼吸して心を落ち着かせる。
「ではお呼びしましょう! おいで、五百里!」
「皆さーん、初めまして。五百里でーす!!」
(明日花さああああん!! 本当にこれで大丈夫なんですかねえええ!?!?!)
明日花さんのとっておきの方法というのは僕が女装してパフォーマンスするというものだった。
あの後、僕は明日花さんに提案された。
『伍、あんた女装してライブに出なさいよ!!』
『ぼ、ぼくぅ?!?!』
『せやで明日花、なにいうてんねん?!』
突然の無茶振りに錫火さんまで驚く。
『久遠にダンスレッスンしてたからアスタリスクの曲、踊れるわよね?』
『うん、踊れるけど……』
『女装したところでかわいくないとアイドルファンは認めてくれないわよ』
黒海さんが当然の指摘をした。
『何を隠そう伍はね。ガルコレに出てた五百里なのよ!』
『五百里って、ガルコレでMVPとってた子っすか?!』
『うそ、あの子が伍くんなの?!』
『なるほどな、分かったわ。それめっちゃ面白そうやんっ』
それからは、あれよあれよという間に話が進んでいった。
そして星影社長のGOサインも出て僕はステージに上がることになったのだった。
『うわあ五百里ちゃんだ!!』『ガルコレに出てたかわいい子?!』
『めっちゃ可愛い!』『そこ繋がりあったんだ』
『歌えるの?』『アイドルじゃねえじゃん』
「今日は関係者席でライブを拝見していたのですが、アスタリスクのピンチということで明日花さんに呼ばれて出ることになりました!」
「明日花さんって、なに? いつも呼び捨てでしょ? さんはいらないから」
パチリと明日花さんがウィンクする。
前から交友がある感じにするためか、くっ、意図は伝わってくるけどさ。
「そうだね、明日花」
にまにまと明日花さんが嬉しそうだ。
「アスタリスクのみんなの邪魔にならないよう精一杯頑張ります」
ステージから見る景色はすごい。
一人一人の視線が一気にこちらに向いているのがわかる。
僕は人しれず身震いした。
「それでは聞いてください『瞳の1インチ』」
明日花さんのタイトルコールでイントロがかかる。
心臓がどっどっどっと早鐘を打つ。
この曲は明日花さんが作詞した大切な曲。
僕が足を引っ張るわけにはいかない。
――視線避けて生きていた こんな私を映したくなくて」
――目を合わせず 過ごしてた どう映ってるか知りたくなくて」
『五百里ちゃん踊れてるじゃん!』『すげえ!』
いや、まだぎこちない! こんなんじゃダメだ!
――キラキラ 憧れのアイドル 見てると私の目も輝いた」
――嫌い嫌い 憧れだけの自分 いてもたってもいられなくて」
ここから久遠さんのパートだ、歌うぞ。
「私自信がないけれど 私自身が輝きたくて」
「始めましたアイドル 初めましてアイドル」
『声かわいい!』『歌もうまっ!?』
ふっ、ボカロPでセルフカバーするから歌も歌えてよかった。
歌のパートが終わったって気を抜いちゃダメだ。
――スマホやモニター 映画館のスクリーン」
――どんな大画面よりも 君の瞳に映りたい」
緊張から手先が冷たくなり、感覚がなくなって行きそうになる。
だけどペンライトが、声援が、僕に力をくれる。
――ほら、顔あげて? 目に入れても痛くないよ」
――釘づけにしたいんだ」
――何よりも誰よりも、君の瞳の1インチ」
初めこそぎこちなかったけど次第に調子が上がっていった僕は、大きなミスもなくパフォーマンスをすることができた。
最後の曲を終えて僕らは一列に並ぶ。
「みんな今日はありがとう! 近々ツアーを予定してるから私たちのライブに観にきてね、その時には久遠も元気になって帰ってくるから! そして五百里、今日はありがとうね」
いえいえ、と僕は一礼する。
「それでは……アスタリスク with」
明日花さんがそこで区切って、僕に目配せをした。
「五百里でした!」
「みんなばいばーい!」と僕が手を振ると、万雷の拍手が会場を満たした。
背中に拍手を浴びてステージを去っていく。
はぁ、はぁ、なんとかやり切ったぞ!
【あとがき&お知らせ】
『裏サポ』コミカライズ第2巻が10月7日(火)に発売します!
表紙の悩ましげな明日花が目印です。
そして電子書籍、ゲーマーズ様、メロンブックス様でご購入いただくとそれぞれ明日花のカラーイラストがついてきます。
普段本編では見せない大胆な格好になってますので必見です!!!!
絶賛予約中ですので、ぜひお手にとってください!
よろしくお願いします。





