62.対峙
「言い過ぎだよ六槻」
「はあ? 誰かと思ったらお前かよ。なんでこんなとこにいんだよクソボケが」
久しぶりに会ったけど相変わらずシンプルに口が悪い。
僕は心の中で苦笑する。
「僕はいま、アスタリスクのサポートをしているんだ」
六槻の小馬鹿にするような瞳を前に、僕は視線を逸らすことなく言い返した。
「くはっ! なんだぁ? 家を追い出されて野垂れ死んでるかと思ったら、ここでお情けで雇われてるってわけかよ」
「お情けなんかじゃないわ」
六槻の言葉に明日花さんが僕の隣に並び立つ。
「芦屋ぁ……てめえか。いつもこいつのこと気にかけてたもんなあ? 天下のアスタリスクも程度が知れるぜ」
「伍の凄さも分からないあなたに言われたくないわね」
煽る六槻に対して明日花さんは毅然とした態度で一歩も引けを取らない。
凄いと言ってくれる明日花さんはいつも心強い。
でも今は僕のことはいい、それよりも。
「六槻、久遠さんに言ったことを撤回するんだ」
「そうね。うちのメンバーに随分と酷いこと言ってくれたじゃない」
「はんっ。我が物顔で調子乗ってる小娘に事実を言って何が悪いってんだ」
六槻は腕を組みながら自分にまるで非がないような態度だった。
「久遠さんは歴としたアスタリスクのメンバーで、ここは彼女が勝ち取った椅子なんだ。グループのことを言われて怒るのは調子に乗ってるとは言わないよ。それに、途中加入であることは関係がない」
久遠さんのことについて調べるなかで、久遠さんが追加オーディションによりアスタリスクに途中参加したことをすぐに知った。
彼女はこれまでそれに対する引け目を感じていて、メンバーと追いつかないといけないと思っていたんだろう。
インタビュー記事でもそうした葛藤が所々に現れていた。
だから自分の成長のために苦手な僕に頼み込んだろう。
アスタリスクという大きな看板を背負うのは並大抵の重圧ではないはずだ。
そこでやってきた彼女は立派なメンバーだ。
「どうだか。こいつは後半になってへばってパフォーマンスを落としてるだろ。そんな中途半端でへなちょこなやつがメンバーだなんて、ファンはまだ認めてねえんじゃねえのか?」
六槻はにやりと醜悪な笑みをみせる。
久遠さんは六槻の言葉を聞いて、「ぐっ」と声を漏らして背の高い体を縮こませていた。
いつも自信を持って胸を張っている彼女なのに、とても小さく見える。
「その情報はもう古いね。僕が指導してから久遠さんは努力して成長した。それは僕が保証するよ」
僕はこれまでの練習の日々を思い出す。
トレーニングを積んで、食事改善をして、彼女は必死についてきて変わったんだ。
「お前みたいな中途半端なやつの指導なんて逆効果だろ。そんなやつの保証なんて紙クズ以下だぜ」
「昔、六槻のこと教えていたのは僕ってこと忘れたの?」
「うぜえ……いつの話してんだよ。兄貴面すんじゃねえよ」
「伍の指導で久遠が変わったのは事実よ。私もこの目で見てるわ」
明日花さんの追い打ちに、ちっ、と六槻は舌打ちする。
「どいつもこいつもうぜえって!! なあ、芦屋ぁ。勝負しようぜ」
「勝負ですって?」
明日花さんが頭に疑問符を浮かべる。
「ああそうだ。ガルフェスでは一番良かったグループには投票されるシステムだ。それに負けたら二度とオレに歯向かってこないようにしてやるぜ。お前1年間雑用係やれよ」
「ええ、いいわよ」
「明日花さん?!」
トップアイドルが他のアイドルの雑用係なんてそんなの屈辱的だし、活動もほぼ休止しなくちゃいけないじゃないか!
僕の驚きをよそに、明日花さんは続ける。
「ただし、私たちが勝ったら久遠に謝ってもらうわよ。それと伍にもね」
「あ? いいぜ。いくらでも謝ってやるよ。オレたちが負けたらなあ!」
「ええ。あなたは謝る言葉を今から考えておいた方がいいんじゃないの?」
ぴしっと明日花さんは言い放つ。
明日花さんと六槻がバチバチと視線をぶつけ合っていた。
「プリズムプリズン、なかなか良いグループだったじゃんね」
突如、空間を切り裂くような声がする。
「おう、見てたかよ彗」
六槻が彗と呼ばれる女の子に肩を組む。
「彗……」
「久しぶり明日花、二年振りだっけ」
そこにいたのは、ピンク色のロングヘアが特徴的なアスタリスクの元メンバー、御園彗さんだった。
きらきらと輝いていて見ていたくなるのが明日花さんなら、彼女は一度見てしまえば目が離せなくなる幻想的な輝きがあった。
「明日はプリズムプリズンの復活ライブだけどよ。彗がプリズムプリズンに加入する日でもあるんだぜ」
「なんですって……!」
「六槻さんなにしてるんですか!」
眼鏡をかけた小柄なマネージャーらしき女の子が六槻に駆け寄る。
「ああん? 新人、なんだよ」
「なにか揉めていると思ったら……後が控えているので早く出ましょう!」
「指図すんじゃねえよ。おい芦屋ぁ、勝負のこと忘れんじゃねえぞ」
「みんなばいばーい」
けっ、と六槻はこちらを一瞥することもなく、御園さんとプリズムプリズンのメンバーと共に去っていった。
すみませんすみません、と新人と呼ばれた女の子は繰り返し謝りながら舞台袖を後にする。
彼女、目元にクマを浮かべてかなり苦労していそうだったけど大丈夫かな……。
「明日花さんすみません、私のせいで勝負になってしまって……」
「なに言ってんのよ久遠。元はと言えば六槻が突っかかってきたのが悪いのよ。それにメンバーがあんな風に言われて、リーダーである私が黙ってられるわけないわ」
落ち込む久遠さんに明日花さんが肩に手を置いて語りかけた。
そして、「そうよね、みんな?」と辺りを見回す。
「ほんまやで、なんやあいつ〜。伍から話には聞いてたけど胸糞悪いやっちゃで。絶対勝ったるわ」
錫火さんが拳を握りながら腹を立てているようだった。
黒海さんがそれに続く。
「ああいう輩は無視しなさい。私たちはステージで魅せればいいの」
「そうよ久遠ちゃん。ほぉら、落ち込んでるならお姉さんの胸に飛び込んできなさい」
「美鳥さんそれは窒息するんでやめた方がいいっすよ! 久遠さん元気爆発させていきましょー!!」
わー、と打出小槌さんが両手をあげる。
それを見ているだけでこっちまで活力が湧いてくるようだ。
「む、久遠は頑張ってるよー」
ふむふむと紫野さんが頷いている。
紫野さんが言うと不思議と自信がつくよね。
「皆さん、ありがとうございます」
その様子に久遠さんが感激をしながら頭を下げた。
それに、と久遠さんが僕の方を向く。
「ありがとう逆瀬川。私を……その、庇ってくれて」
久遠さんが自身の左肘にもう片方の手を添えながら言う。
「ううん。ここ最近の久遠さんの頑張りを隣で見てたから勝手なこと言う六槻が許せなかっただけだから」
そして、僕は久遠さんに微笑みかけた。
「よぉし、気ぃ取り直してリハ行くでー!」
パンと錫火さんが手を叩いて発破をかける。
そしてそれぞれがステージへと向かった。
「明日花さん行かないの?」
一人残る明日花さんに僕は声をかけた。
「伍、あんた頑張ったわね」
ポンと明日花さんが僕の頭を撫でる。
「な、なにしてるのかな?」
急なことに、顔がぼっと赤くなるのが自分でも分かる。
「なにって、無理してるでしょ?」
「それは……」
家族たちと離れて僕自身も成長した自覚はあるけれど、あの目で凄まれてしまうと少し体が硬直する。
どうやら明日花さんにはお見通しのようだった。
「ありがと、私の大事なメンバーを守ってくれて」
明日花さんはじゃあね、とステージに向かって走っていく。
その背中は大きくてとても頼もしい。
それからリハーサルは滞りなく終わったけれど、メンバーのみんなの雰囲気がいつもと違うように見えた。
リハーサル後も彗さんのことについて、敢えて触れないようにしているようだった。
特に久遠さんの思い詰めたような表情が僕には気がかりだった。
【あとがき&お知らせ】
コミカライズ『裏方でサポートしてた芸能一家を追放された僕は、普通の青春を謳歌したい。』
(漫画:オウギマサヒロ先生)
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