61.好き嫌い
久遠さんは僕が差し出したプロテインを受けとって口をつける。
トレーニングのあとで栄養を欲しているから、喉がこくこくと勢い良く動いて一気に摂取していた。
「5セットしてもへばらなくなってきたね」
「ああ、基礎体力が上がってきたのは自分でも感じている」
久遠さんは汗をタオルで拭いながらいう。
「初めの頃はへとへとで大変だったのにね」
「変なことを思い出すな」
僕が呼び止める度に、まだセットが続くのかと怯えていたのが懐かしい。
「あ、そうだ。今日もお弁当箱預かるから出してね」
それから久遠さんはトレーニングバッグの中からお弁当箱を取り出して僕に手渡す。
僕は預かったお弁当の重さで中身が空なことを確認する。
「ちゃんと全部食べられたんだね。嫌いなニンジンが入っていたのにえらいえらい」
オムレツの中にひき肉と一緒に小さく刻んで混ぜていた物を入れていた。
先にニンジンを細かく切って、甘く炒めるという一手間はかかるけど、食感にバリエーションも出て美味しいんだ。
八茅留ちゃんが好きなメニューのひとつだ。
「えらいえらいとはなんだ。子ども扱いするなよ! ってなぜ逆瀬川が私がニンジンが嫌いなのを知っているんだ!」
「ん? プロフィールや雑誌のインタビューで書いてたからだよ? それくらいサポートするんだから調べるよ」
きっ、と久遠さんはその切長の瞳をこちらに向ける。
最初は高身長だし威圧感があるなと思ったけど、今はそうでもなく感じる。
久遠さんはアスタリスクいちの高身長でその凛とした姿から大人びて見えるけど、実は15歳という最年少メンバーだ。
しかし、食べ物の好き嫌いが多くて子どもっぽい一面も持っている。だから最近は妹たちを見るように感じるんだ。
現在アイドルをするために田舎から上京して一人暮らしをしていて、ただでさえ食生活が不安定だ。
身長も最近になってぐんぐんと伸びて、そのせいで筋肉や体幹の形成がまだ追いついていない。
だから僕はトレーニングメニューと、お弁当を作ること、運動と食事の面から体を作り上げる手助けをしていたんだ。
体力もついてきたし、軸もしっかりしたおかげでダンスにもキレが増していた。
「私のダンスパートもトレーニングの次の日には全部覚えてきて改善案を出してきたり、私のことが好きなのか?!」
「いや、サポートする一環で普通に調べただけだよ」
久遠さんはアイドルという芸能界で年上が沢山いる中でひとりで努力をしていてすごく良い子だ。
自分の成長のために、苦手な相手にお願いをする野心的なところは嫌いじゃない。
でも好きとか下心があると思われて嫌悪されてしまうのは今後の関係に影響するので、僕はあえてきっぱりビジネスであることを告げる。
「な、なんだと!! その言い方はなんだ?!」
あれ、ちゃんと否定したのに怒ってるううっ!?
どう返せば良かったんだろう。
「ちょっとくらい推してくれたって良いじゃないか……」
「え、なんて言ったの久遠さん?」
「は?! なんでもない!」
小さく何かを呟く久遠さんにもう一度尋ねるも、すげなく返されてしまった。
気まずい空気が流れる前に僕はカバンから新しいお弁当を出して手渡す。
「こっちはお昼用で今から食べるもの。そしてこっちは夜用だよ」
お昼休憩を取って次はダンスレッスンだ。
それにも体力を使うから夜用のご飯を持ってきている。
「毎日毎日お前は良く飽きずに作ってこれるな」
「はは、これがサポートだしね」
見返りを求めてるわけじゃないけど、自分が何かをして喜んでくれる姿をみるのは好きだ。
久遠さんの食生活が改善されて成長している姿を見るのも楽しい。
「ふん、食べ物は悪くないからな、今日も仕方なく受け取っておこう」
久遠さんはお弁当を受け取り、スタジオにあるテーブルにそれを広げた。
「だったら私がそれを食べてもいいってことよね」
すると、スタジオの扉が開かれて明日花さんが入ってきた。
「あ、明日花さん?! お疲れさまです。どうしてここに?!」
驚いた久遠さんが勢いよく挨拶をしていた。
僕も続いて、お疲れさまと言葉を交わす。
「最近は久遠のダンスが一段と良くなってきたし、二人のレッスンがどんなものかと思ってね。けどお弁当まで作ってるなんて知らなかったわ」
「食事は体づくりに欠かせないからね」
「さすが伍ね。久遠、あなた仕方なく受け取っておくって言ってたわよねだったら私が食べても良いのかしら」
「ええっと……」
明日花さんを前に久遠さんは僕に対する威勢が消えていた。
じゃあ失礼するわね、と明日花さんは久遠さんの広げているお弁当を眺める。
「へえ、これが伍の手作り弁当……とっても美味しそうじゃない! これ食べても良い?」
明日花さんが選んだのは久遠さんの好物である銀だらの西京焼きだった。
久遠さんからお箸を借りた明日花さんが銀だらを箸でつかむ。
「うう、それは……」
「そんな目をされたら食べられないんだけど」
久遠さんは物惜しそうな目で明日花さんを銀だらとを交互に見ていた。
「なんてね、後輩のものを取るわけないでしょ」
その言葉を聞いて久遠さんはほっと胸を撫で下ろす。
よっぽど食べたかったんだろうな。だって自分の好きな物だもんね。
「はい、あーん」
明日花さんはそのまま久遠さんの口に持っていき、久遠さんはパクッとそれを受け入れた。
「あ、明日花さんからあ、あーんを?! お、おいひい……」
蕩けるような顔をした久遠さんがそこにいた。
僕の前ではいつも怖い表情をしてるのに、久遠さんのこんな顔は初めてだ。
久遠さんはアスタリスクのメンバーでありながら大の明日花さん好きであるとファンも知っている情報だ。
憧れの存在である明日花さんが僕を気にかけるから、良く思っていないところがあったんだろう。
「ねえ久遠、仕方なくとか言わないでちゃんと伍に感謝するのよ?」
「ぐっ……はい」
久遠さんは綻んでいた顔から一転して引き締まった顔になる。
「いつもありがとう逆瀬川」
「どういたしまして」
僕らの光景を見て明日花さんはうんうんと頷いていた。
もしかしたら明日花さんは、久遠さんに対して、こうした感謝を促すために来たのかもしれない。
それは僕の考え過ぎなんだろうか。
そこから明日花さんも一緒になってダンスレッスンをした。
そしていよいよ来週末はガールズアイドルフェスだ。
僕との特訓の成果が出せるといいな。
◇
そして、ガールズアイドルフェス本番前日、リハーサルの日を迎えた。
本番前に会場の確認、フォーメンションや音出し、照明チェックなどがある。
この日、僕もアスタリスクとともに会場に同行していた。
「みんな、リハーサルから本番のつもりで集中力上げていくよ」
「「「おー!」」」
舞台の裏で、明日花さんの呼びかけにメンバーも覇気のある返事をする。
「ああん? うるせえんだよお前ら」
その声に、僕の心臓が凍りつくような冷たさを覚えた。
そこに現れたのは六槻だった。
先にリハを終えた六槻は、プリズムプリズンたちを引き連れていた。
「うるさいとはなんだ。私たちアスタリスクを蔑む言動は許さない」
六槻の言動にかちんと来たのか久遠さんが突っかかる。
「なぁにが私たちアスタリスクだ。お前なんて途中加入のくせによぉ!」
「ぐっ……」
六槻の言葉に久遠さんは苦虫を噛んだような表情をする。
追い打ちをかけるように六槻は続けた。
「別にお前が築き上げてきたわけじゃないだろ、おこぼれにすぎないんだから黙っとけよ」
「言い過ぎだよ六槻」
辛抱たまらなくなった僕は、六槻の前に立ちはだかった。
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