57.大変だなぁ
ショッピングモールの屋外広場にあるステージ。
そこはこぢんまりとした小さなところじゃなくて、アスタリスクの7人が並んで踊っても十分なスペースがある。
そのステージを取り囲むように埋め尽くす人の群れ。
ステージ近くはリリースイベントの事前抽選に当たったファンが、外れたファンはモールの各階からアスタリスクの姿を一目見ようと推しのうちわを持って待機していた。
スピーカーのサイズや数が多く、遠くのファンにまで届けるぞ、という気合いの入り様が伺える。
(ここが今からみんなが立つステージ。ファンの静かな熱気が伝わってくる)
僕は控室から移動して、今回の会場の様子をステージの近くにあるテントからみていた。
ここは音響や照明の指示を出す場所で様々な機材が置かれている。
以前、PV撮影の時にアスタリスクを支える音響や照明チームに気に入られた。
そして、その技術を勉強させていただくためにもここにいる。
「高校卒業してこいつが来るまでの予行演習だぁ!」「音響よりも俺の照明さばきを見とけよ」なんて言ってたけど、今のところ僕どっちのチームに入るつもりもないんだけどな……。
ほんとみんな優しくしてくれてありがたいよね。
定刻になり、軽快なイントロが流れる。
その一音で、ファンの今にも始まるという期待がざわめきとなって徐々に大きくなる。
「みんなー、こんにちわー! アスタリスクでーす! 今日のリリースイベント楽しんでいってねー!」
「「「「「きゃあぁああああああ」」」」」
「「「「「うおおおおおぉおおお」」」」」
明日花さんの第一声、それとともに現れたアスタリスクの面々の登場に会場が生き物のようにうねりをあげる。
その声援でアスタリスクというグループが男女ともに支持されていることを物語っていた。
(圧がびりびりと伝わってくる!)
表舞台で何千という瞳に映る気持ちは、一体どんな気持ちなのだろう。
僕はそんなことを考えながら明日花さんを見ていた。
「スターレイル」
明日花さんがぽつりと呟き、メンバーはそれぞれのフォーメーションでスタンバイする。
一曲目は、『スターレイル』。
アスタリスクのお決まりの曲であり彼女たちのデビュー曲だ。
アイドルの星になるまでの道のりを線路にたとえ、ファンたちをその景色まで一緒に運んでいくという想いがこもっている。
デビュー曲にふさわしいキラキラとしたポップなサウンドが会場を盛り上げていく。
(輝いてるみんながかっこいいな。僕もその輝きのお手伝いができてるのかな)
次に、かわいらしさを全面に押し出した「かわいい私になれるわけ」、努力の積み重ねをスイーツに例え、楽しい気持ちを味わいながらも背中を押してくれる応援ソング「ミルクレープ」へと続いた。
会場が温まってきたところでグループのみんなが、ファンに向かって一列に並ぶ。
「一番星 ときめき担当の明日花よ」
「二番星 ツッコミ担当の錫火やで」
「三番星 ブラックホール担当の黒海」
「四番星 魅惑担当の美鳥ですよー」
「五番星 異次元担当の紫野だぞぉ」
「六番星 ばくはつ担当の梢枝だよっ!」
「八番星 不器用担当の久遠です」
「「「わたしたちは――、アスタリスクです!」」」
それぞれの自己紹介を流れるようにしてから、最後にみんなで声を息を合わせるように言った。
「ほな、今からは『お願いアスタリスク』やってくで!」
お決まりの挨拶を終えてから、錫火さんの音頭でトークコーナーが始まる。
アイドルのライブでは曲のパーフォマンスだけでなく合間にこうしたコーナが設けられている。
「今日もアストロノーツのみんなからのお題に答えてくでー」
アストロノーツとは、アスタリスクのファンネーム。
会場にきたファンに事前アンケートを取り、アスタリスクへの色々なことを質問したり、リクエストすることができ、ファンとの交流を深めているのだ。
コーナーを終えた後、数曲のパフォーマンスをしてからリリースイベントは大盛り上がりの中、終了した。
◇
「お疲れさまでした」
リリースイベントを終えたアスタリスクのメンバーがそれぞれ控室を後にしていく。
僕も挨拶をしながら撤収作業をしていた。
「またよろしくね伍」
「うん、これからも任せて。明日花さんその格好は?」
声をかけてきた明日花さんは今から運動するようなスポーティな格好をしていた。
トラックスーツでもメリハリのあるスタイルがあってアイドルの輝きを隠せていない。
「ん? これからジムに行くのよ」
「え? 今からジム?!」
リリースイベント終わったばかりなのに?!
そうよ、と明日花さんは当然のようにいってから「じゃあまたね」と行ってしまった。
努力を怠らないのは知ってたけど、ここまでやってるなんてストイックすぎる。
「すごいなぁ、明日花さん」
「そうだぞ、明日花さんはすごいんだ」
僕の呟きを聞いた久遠さんが、自分のことのように誇らしげに胸をそらしてしていた。と、思ったら高身長なのに僕と同じくらいの目線になる。
「それに比べたら私は……」
いつもは僕につんけんした態度の久遠さんなのに、珍しく弱気な雰囲気だ。
久遠さんは最年少ということもあって自分の体力やダンス、ボーカルの実力など思うところもあるのだろう。
「くっ、これからツアーがあって、その前にガールズアイドルフェスがあるというのにこのままじゃだめだ」
大丈夫だよ、とか最年少で若いんだからとか励ましの言葉をかけるのは簡単だ。
しかし彼女はそれを求めていないだろう。
これは偶然聞いてしまった独り言のようなもの。
だから、軽々しく声はかけられないな、そう思っていたその時。
「そうだお前っ!」
「え、僕?」
久遠さんにびしっと人差し指を向けられて困惑する。
「ここにはお前しかいないだろ! お前、プリズムプリズンの振り付けだったりその他色々担当していたとか言ってたな」
「そうだけど……」
一体それがどうしたの?
「お前に頼るのは悔しいが、明日花さんに失望されるのはもっと嫌だ。だから私を鍛えろ!」
「えぇ?!」
突然の申し出に僕は驚いてしまう。
っていうか、これ、申し出というか命令ですよね?!?!
「できないのか? まさか口だけだったのか。まあそんな多くのことはできるはずもなかったんだな」
久遠さんは、ふん、と腕を組んでいた。
「……任せて!」
煽られたから引き受けたんじゃない。
僕は久遠さんによく思われていないみたいだし、これを気にどうにか仲良くできればいいなって思ったんだ。
◇
帰り道。僕は行きよりも多くの物を手に持って歩いていた。
それはメイク道具以外に、駅から寮までの道すがら買ってきた食材たちだ。
大変だなぁ。
なりゆきで久遠さんを鍛えることになったけど、どうしていこうか。
大変なのはそれだけじゃない。なんてったって。
「ただいまー」
「おかえりなさいなのです!」
「おかえりなのだよ」
なんてったって、八茅留ちゃんと七菜ちゃんが僕の部屋にいるのだから。





