56. リリースイベント
「こんカグヤ〜、星月かぐやだよ」
僕は乗客のまばらな始発電車に揺られながら、スマホを両手に持って、かぐやちゃんの雑談配信のアーカイブを視聴していた。
「昨日の八茅留ちゃんかわいすぎたよねえ。『むきー、また負けたなのです!』って怒っちゃうところとか愛おしいよお」
『かぐやちが楽しそうにゲームしててほっこりした』
『ほんと全然容赦なくて笑った』
『キュートアグレッションの才能あるのか?』
話題は八茅留ちゃんの話。
あれからまたコラボしてかぐやちゃんと八茅留ちゃんはすっかり仲良しになったみたいだった。
八茅留ちゃんは仲が良いとは認めてないみたいだけど。
僕がいうのもなんだけど友達が少ない八茅留ちゃんに、友達ができたようで嬉しい。
「あの配信で姉妹だったらどっちが妹って話になったとき『かぐや! お前の方が妹なのです!』って言ってたけどみんなどう思う? 絶対かぐやの方がお姉ちゃんだよね』
『えっとそれは……』
『ははは』
『どっちもかわいいからこの話はよそう』
僕も、うーん、と首を傾げる。
かぐやちゃんのリアルである姫路さんの見た目でいえば絶対にかぐやちゃんに軍配が上がる。
だけど姫路さんは声がかわいいし、食いしん坊だし、お姉ちゃんをしているところは想像がつかない。
「えー、みんななにその反応。かぐやのこと子供っぽいって思ってるんでしょ。あー、もう怒ったなのですっ!」
『雑八茅留やめてもろて』
『かぐやちゃんのなのです口調助かる』
『クソガキなかぐやちゃんもアリか…?』
『そういうとこだぞ』
ぬいぐるみを抱きしめて怒る八茅留ちゃんのモノマネで、『ちちゃきゃわ』をぎゅっとしながら頬を膨らますかぐやちゃんを見て癒される。
「ふふ、かぐやちゃんはかわいいなあ」
配信を視聴していると目的の駅に到着したみたいだ。
僕は荷棚に載せていた大荷物を取り出して、目的地に向かう。
向かった先はショッピングモール。
そこの従業員入り口に到着した僕は、警備室の前でパスを取り出して警備員の方に見せる。
「アスタリスクのメイク担当の逆瀬川伍です」
名簿に名前を記帳してっと。
そこから僕は控室を確認して歩みを進めた。
『アスタリスク控室』と張り紙が貼られた部屋へノックして入っていく。
初めてアスタリスクの皆さんと会ったときは、着替え中で大変なことになったもんね。
気をつけないと。
「失礼します」
といっても始発で出ての今なので誰もついているわけもなく。
僕が一番乗りだった。
僕は誰もいない控室で担いだ荷物を下ろして開けた。
持ってきたものは化粧品一式だ。
これはアスタリスクの所属する事務所である『スターライナー』から支給されたもの。
普通メイクさんは自分で化粧品を所持して現場に合わせて使い分けるけど、今回は明日花さんからご好意で支給された。
一式揃えようと思ったら、ただでさえかなりの金額が必要になるんだよね。
初めて仕事で使うメイク道具を買ったときは驚いたよ。
それが時と場合、それぞれによって使い分けることを考えればその金額は計り知れない。
(普通に買ってたら、もやし生活になっちゃうよ……。ありがとう明日花さん。あれ、いつも僕って明日花さんにお世話になってる!?)
そんな事実に気づいた僕は、これからちゃんとしないとな、と一層気を引き締める。
今日はショッピングモールでのシングル『瞳の1インチ』のリリースイベントがある。
そのイベントに僕はメイクとして同行している。
リリースイベントが土日や祝日に開催されるということもあって、学生の僕でも日程に無理なく参加できるのだ。
「おー、逆瀬川くんいつも早いねー」
「おはようございます! 今日もよろしくお願いします」
そこから他のメイクさんも次々と到着してきて、一緒になって準備する。
まだ名の知られていないアイドルだったら、自分たちでヘアメイクすることもあるけど、アスタリスクともなればメイクさんを同行させている。
ファンの皆さんにより良いものを届けるためには当たり前だそうだ。
資本力がすごいのもあるけど、ちゃんとお金をかけるところはかけるプロ意識が見える。
(六槻を含めたプリズムプリズンのメンバーには、僕一人でメイクしてたのとは大違いだ)
そこから衣装が届いたりして控室の準備が整った。
メンバーの入り時間になり、ドアが開かれる。
「おはよーさん」
一人目に入ってきたのは赤担当の涼風 錫火さん。
関西弁が特徴的で、いつもはポニーテールだけどヘアメイク前だからキャップをかぶっていて髪を下ろしていてボーイッシュだ。
「おはよう」
クールに入ってきたのは黒担当の六麓荘 黒海さん。
白い髪に黒のメッシュが入ったショートヘア。ボリュームのある靴が地雷女子ファッションとしてとても似合ってる。
「おはよっす!」
元気よく明るさを振りまいて入ってきたのは、オレンジ担当の打出小鎚 梢枝さん。
ショートパンツから伸びた褐色の足が健康的な眩しさを見せている。
「お・は・よ」
セクシーな口調で入ってきたのは緑担当 翠ヶ丘 美鳥さん。
グラビアでも人気なのも頷けるグラマラスな体のラインが私服からも浮き出ている。いつも目のやり場に困っちゃうよ。
「はよー」
気の抜けた挨拶とともに気だるげに入ってきたのは不思議ちゃんで紫担当の 新王塚 紫野さん。
フードをかぶってダークな雰囲気が、なんだか七菜に似てるかも?
「おはようございます。うげ、今日もいるのか逆瀬川伍!」
うげ、と眉根を寄せて嫌な顔をしているのは青担当の苦楽園 久遠さん。
うーん、ちょっとよく思われていないみたいだ。
「おはようございます、みなさん。今日もいますよ久遠さん」
「そうよ。ヘアメイクなんだから当たり前じゃない」
そして最後に現れたのはアスタリスクのセンター、芦屋明日花さんだった。
サングラスをかけていてもオーラが隠しきれていない。
「おはよう伍、今日もお願いね」
「おはようございます明日花さん。はい、任せてください!!」
それからアスタリスクのメンバーが衣装に着替える。
それを待ってから、僕はヘアメイクに取り掛かる。
僕は明日花さんのヘアメイクを担当している。
人気アイドルグループ『アスタリスク』、その絶対的センターの明日花さんを担当するのは恐れ多いけど、任されていることを誇りに思う。
まずはメイク、下地やファンデーションを使わなくても透明感のあるその肌を活かせるように塗る。
シェーディングやハイライトで陰影をつけて、パウダーにブラシにとって肌を磨くように塗り明日花さんの輝きを強固にする。
今日はリリースイベントでアイドルとして出るから、衣装やアスタリスクのコンセプトに合うように目やリップを仕上げていく。
(こうしてみるとやっぱりめちゃくちゃ整ってるなあ)
小顔で人を虜にするような大きな猫目、目が瞬くたびに、宝石がきらきらと自身の光を反射しているようだった。
明日花さんがこく、っと喉を鳴らす。
「はいどうぞ」
その仕草を見逃さなかった僕は飲み物を差し出す。リップが取れないようにストローがついたものだ。
「ありがと、いつも気が利くわね」
ちゅーとストローで飲む明日花さんが可愛いな。
メイクは、ただメイクをすればいいわけじゃない。
メイクを受けている間、動けないタレントのしてほしいことをするのも仕事の一つだと僕は思っている。
次にヘアメイク、綺麗な金髪にアイロンをあてて、前髪を絶対に崩れないようにスプレーを当てる。
アップテンポ曲での激しいパフォーマンスにも耐えられるものにしていく。
「よし、出来たよ」
「うん、今日も完璧ね。ありがと伍、自分じゃこうはならないからメイクに入ってもらえて助かるわ」
鏡を見て自分を確認した明日花さんがいう。
「そういって貰えると嬉しいよ」
明日花さんは裏方を大切に思ってくれていて、いつも感謝の言葉を僕にくれるのだ。
そして本番直前。
それぞれ準備が整ったメンバーが円陣を組んでいた。
明日花さんが大きく息を吸う。
「私たちが誰よりも輝く一番星、アスタリスク楽しんで行くぞー!」
「「「「「おー!」」」」」
みんなの纏う空気が変わる。
いつみてもすごい、これがアイドルなんだ。
「みんな行ってらっしゃい」
僕は控室を出ていく背中に小さくつぶやいた。





