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54. そこは重要

 


「姫路さん、なにを……」


「んな! なにを言ってるなのです?! 八茅留が、あ、あつむのことを好きぃ? 間違いなのです!」


 

 僕が姫路さんに発言の真意を尋ねるのを遮るかのように、慌てた様子の八茅留ちゃんの声が覆いかぶさる。

 

 

「じゃあちょっとだけお話を聞いてくれる……?」


 

 姫路さんは小さい子をあやすように八茅留ちゃんに優しく語りかけた。


 

「私は逆瀬川くんに天ヶ咲家の話を聞いてなんて酷い人たちなんだろうって思ったよ。それがガルコレで三華さんに会ってその感情がより強くなったの」


 

 眉をひそめる姫路さん。

 きっとあの日の情景が頭に浮かんで、自分のことのように胸を痛めてくれているのだろう。



「でね。八茅留ちゃんが喫茶店に来て、逆瀬川くんを連れて行きそうになったとき、自分のために逆瀬川くんを利用するなんて許せない! って思って勝負を受けることにしたの。あの時は感情的になってたから気づけなかったんだけど……」


 

 僕のことをかわいそうという八茅留ちゃんに対して、強く反論していた姫路さんはとても感情的だったと思う。

 僕の女装した時の写真を待ち受けにしているというカミングアウトも受けたし……。


 

「あの時の八茅留ちゃんは口調は煽るような感じだったけど、内容だけを考えると、女装しなくちゃいけない状況にまで生活が追い詰められた逆瀬川くんを助けるために喫茶店に一人で来て自分自身の専属マネージャーとして雇い入れに来たっていう見方ができるの」


 

「……そ、そうなのかな?」


 

 たしかに姫路さんのような考え方も出来なくもない。

 けれど、僕は家族に追放されたんだ……。


 そんなことあり得ないよ。


 

「仕事内容は()()マネージャーとして朝起きてから寝るまでのサポートだったよね。でも、わざわざ嫌いな人とずっと一日中一緒にいるのって苦痛だと思うの……」

 

 

 それは間違いない。

 僕のことを嫌いな家族たちは一緒に過ごしたくないからこそ、おばあちゃんの遺言の期日に嬉々として僕との縁を切ったんだ。


 

「うっ」


 

 八茅留ちゃんは唇を噛み締めてなにかをこらえているように見えた。


  

「リスナーネームも『お兄ちゃん』だなんてかわいいよね。本当はもっとお兄ちゃんって呼びたいんじゃないのかなって」


 

「ううっ…」


 

 八茅留ちゃんのくぐもった声が徐々に多くなる。


 

「逆瀬川くんを下の名前で呼ぶのも言い慣れてないよね。噛んだり、つっかえちゃってるもん。そう思ったら八茅留ちゃんの全部が可愛く思えたの」


 

「うううっ……!」


 

「五百里ちゃんが逆瀬川くんだって気づいたのは好きだから。好きだから見た目が変わったくらい簡単に見抜けるんだよね」



 腕を組んで、うんうん、となぜか頷く姫路さんだった。


 

「ううううう、うるさいなのです!!! 八茅留が、あ、あつむのことを好きだなんて大間違いなのです!」



 

 色々と言われてたまらなくなったのか顔を真っ赤にした八茅留ちゃんが叫んだ。

 続けて、八茅留ちゃんが息を大きく吸い込む。



 

「八茅留は……八茅留は……、()()()()()のことが大・大・大好きなのです!!」



 

 広いスタジオに八茅留ちゃんの声が響く。



 

「ええええええええええええぇぇぇええ!?」



 

 突然の告白に、僕もつられるように大きな声が出た。



 

「月夜! お前の言ってることは間違ってるなのです! 好きだなんてそんなちっぽけなもんじゃないなのです!」


 

「ごめんね、間違っちゃってたね……」


 

 ふんぞりかえるような八茅留ちゃんに対して、申し訳なさそうな顔を浮かべる姫路さんがいた。



「いや、そこじゃないでしょ!」



 

「そこは重要なのです!」

「そこは重要だよ!」



 僕の絞り出したつっこみを二人同時に返されてしまう。



 

 どういうことだ?

 僕がおかしいのかな……。頭が混乱してきたよ……。



 

 だって、八茅留ちゃんはあの日僕を追い出した。



 

 待てよ。

 あの日、八茅留ちゃんは本当に僕を追い出したのか?



 

 僕は家族に縁を切られた日のことを思い出す。

 姫路さんがしたように八茅留ちゃんの言葉の内容にだけ注目して考えるんだ。



 家族みんなが集まって、僕を追い出すのをなにかの余興かのようにしていたとき。

 

『そんなつまらない企画、誰が見るって言うのです? 底辺youtuberでももっとマシな企画を思いつきますですよ?』


 これは僕に対してではなく、家族に対してこんなことはつまらないと否定してくれていたんじゃないだろうか。


 

『早くこの家から出ていくのです』

 

『二度と帰ってくるななのです』

 

 もしもこれが辛い環境から離れて戻ってくるなと僕の背中を押してくれていたとしたら。


 そうだ。八茅留ちゃんは僕を根本的に否定することは言っていなかったんだ。


 Uチューブの仕事を『手伝わないでなのです』と言ったのも、僕の負担を軽くするため。

 

 そう考えると数々の言動が紐解かれていく。

 もしかしたら僕が気づけていないだけでまだあるのかもしれない……。


 

「月夜! お兄ちゃんが女装した時の写真を消すなのです!」 


「だめ、絶対に消さない!」


「じゃあ八茅留に送るなのです! 代わりにお兄ちゃんの小さい頃の写真送ってやるなのです!」


「え、本当に!? だったらいいよ。約束ね!」


「やったぁなのです!」


 

 僕が一人で思考を巡らせていると、なにやら姫路さんと八茅留ちゃんがうきうきで話をしていた。

 僕の前でそんな堂々とやりとりするなんて……。


 

「約束といえば……。八茅留ちゃんもう今後逆瀬川くんとは関わらない、でいいんだよね?」


 

 衝撃的な展開に忘れそうになってたけれど、今回の勝負はそれを決めるためだったのだ。

 

 

「それは、や……なのです……」

 

「じゃあ、逆瀬川くんに言うことあるよね?」


 

 にっこりと微笑む姫路さんの目は笑っていない。

 ええ、そんな顔できたの!?


 

 いつもほんわかしてる姫路さんだけど時々、氷の女王という言葉を思い出すよ。

 

  

 

「うぅぅ、八茅留に力がなくて、みんながお兄ちゃんことを悪く言ことや追い出すことを止められなかったこと、すぐにお迎えに行けなかったこと、お仕事中に乗り込んでお兄ちゃんを煽るようなことを言っちゃったこと、勝負を仕掛けたこと、ぜんぶぜんぶごめんなさいなのですぅ……!」


 

 八茅留ちゃんは(せき)を切ったようにとめどなく流れ出る言葉のあと、頭を深く下げた。


 

「逆瀬川くん、どうかな?」


 

 僕を伺うように見つめる姫路さん。

 どうかなってこうしかないよ。


 

()が素直に謝ったらそれを許さないのはお兄ちゃん失格だよね。もちろん許すよ。僕を心配してくれてありがとうね、八茅留ちゃん」



 そして僕は八茅留ちゃんの頭にポンを手を置いて、柔らかく撫でた。


  

「うわああああん、おにいちゃあああああん!!!」


 

「わわ、八茅留ちゃん?!」


 

 泣きながら抱きついてくる八茅留ちゃんに驚きながらも、僕は持ち前の体幹でブレることなく受け止める。


 

「むしろ、僕こそ八茅留ちゃんの頑張りに気づけなくてごめんね」


 

「ぐすっ。ううん、お兄ちゃんは優しすぎなのですぅ! お兄ちゃんはなにも悪くないなのです、八茅留が素直になれなかったせいなのです! うわわあああん!!」



 今でこそ認められたUチューバーという職業。

 八茅留ちゃんが始めようとしたときは、世間の目も厳しく非難する声も多かった。

 天ヶ咲家では、俳優やタレント、モデル、声優、アイドル、歌手と錚々(そうそう)たる芸能人がいる中で八茅留ちゃんのヒエラルキーは低かった。

 八茅留ちゃんも家族に認められようと孤独に戦っていたんだと今なら分かる。


 

 そんな子がやっと手に入れた居場所を失うわけにはいかず、家族の目を気にして僕に優しくすることができなかったのは無理もない。

 もしかしたら、僕が家族に未練を残さないために悪役を買って出てくれたのかもしれない。



 

 思い合うがゆえにすれ違う。

 これは、そんなどこにでもある普通の兄妹喧嘩だ。

 

 

「あの、姫路さん? どうして姫路さんが僕らを抱きしめてるの?」

 

「ええっと……兄妹の姿が尊くて……母性が目覚めちゃったのかも?」


「疑問系で返されても……」


 

 しばらく僕が八茅留ちゃんをあやしてると姫路さんが、僕と八茅留ちゃんの二人をまとめて抱きしめてきたのだ。

 姫路さんの柔らかい感触にどぎまぎしてしまう。

 なにがとは言わないがこれは確実に当たっている。


 

「お兄ちゃん鼻の下が伸びてるなのです!」


「そそそそ、そんなことないよ!」


 

 妹からの指摘を、僕は慌てて否定する。


 

「月夜、お前は離れるなのです! やっぱりお前は敵なのです! こんないやらしい体でお兄ちゃんをたぶらかして、八茅留から奪う気なのです!?」


 

「い、いやらしい!?」


 

 姫路さんがサッと離れて自分の体を抱えるようにして恥ずかしそうにしながら、おずおずと僕に尋ねてくる。


 

「逆瀬川くん……私の体いやらしくないよね?」


 

「え? あは、あはは……」



 

 僕は困り果ててしまい、笑うことしかできない。


 

「というか八茅留ちゃんいつから元気になってたの?」


 

 僕は話を流すためにも八茅留ちゃんに声をかけた。


 

「……う、うわわああん」


「こら、泣き真似してもダメだよ」


「離れたくないなのですぅ!」


 

「逆瀬川くん、私も頑張ったから頭なでてほしい! 八茅留ちゃん代わって!」


 

 立ち直ったのか、姫路さんが迫ってくる。

 それか、立ち直るためになでてほしいのかもしれない。

 

 

「この場所は譲らないなのです! お兄ちゃんは八茅留だけのお兄ちゃんなのです!」

 

「ううん! 逆瀬川くんはみんなのお兄ちゃんだよ!」

 

「僕がみんなのお兄ちゃん!? それは違うと思うんだけど!?」


 

 こんな他愛もないやりとりがスタジオのレンタル時間が終了まで続くのだった。

 


 

皆さまお読みいただきありがとうございます。


前話ではコメント欄に出てきた姉妹の登場に気づいた方が多くいてくださったのと、それを楽しんでいただけたようで嬉しかったです!



本日、コミカライズ2話-②が更新されています。


風太、雷太のビジュアルが初登場です!

二人はなかなかに悪そうな雰囲気が出てて怖いです……

それに立ち向かむ伍はさすがですね

駆け出す伍がめちゃくちゃかっこよく描かれてますので必見です!

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― 新着の感想 ―
両方名前出てきてますがyoutuberとUチューバーの違いって何ですか?
[一言] 更新はまだですか?
[一言] 追伸 そう言えばやちるには自滅フラグがありませんでしたね。ざまぁされるのではなく、伍と和解なのでこれもありだと思いました。二葉も自滅フラグは立っていませんが、あの性格だと和解ルートはなさそう…
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