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50.八茅留、襲来


 

 バカンスが終わった次の日。

 学校から帰宅した僕はパソコンで作業をしていた。


 

「作曲するのはやっぱり楽しいな!」


 

 スピーカーから流れる音を聞きながら体を揺らす。

 なににも縛られることなく趣味で奏でる音楽はとても気分が良い。


 

「それに自分のパソコン……嬉しすぎる」


 

 そう、僕はガルコレで得た賞金でパソコンを買ったんだ!

 それをバカンスから帰る頃に届くように指定日配達をしていたのだ。



 賞金の使い道は、明日花さんのお母さんである夢越学校の理事長に入居費用を立て替えてもらっていたのでそれを真っ先に返した。

 残ったお金でパソコンとその他の機材を購入したというわけだ。


 

 前に使ってたものは仕事道具であり事務所の所有物だった。

 家を出るときに没収されてそれっきり。



 ガルコレのランウェイで流した曲も僕が作ったんだけど、そのときは明日花さんのPV撮影で出会った音響チームの人に頼んでパソコンを貸してもらっていた。

 その節は本当にお世話になりました。



 でもこれからは違う。


 

「えへへ……」


 

 まだ傷ひとつないパソコンを眺めて、僕はにまぁっとだらしない表情になってしまう。

 時折なでてみたりもする。


 

 これが僕のパソコン……。



「ふぅ、作業も一段落したことだし。ちょっと休憩」


 

 気付けば前傾姿勢になっていたので、力を抜いてチェアにもたれる。

 ディスプレイに表示されている時計に目をやると二十一時五十三分を示していた。


 

「あ、かぐやちゃんの配信そろそろだ! このモニターとスピーカーで見る配信……楽しみだなぁ」


 

 スマホで見るのとは臨場感、すなわちライブ感が違うのだ。

 二十二時から始まる配信にわくわくしながら僕は待機していた。



 

 ◯ ●



 

『みんな久しぶりだね! 星月かぐやだよー。今日は『大乱舞スマッシュシスターズ』やってくよ』



 ・待ってた!

 ・寂しかったよー

 ・これやるの結構久々じゃね?


 

『そう! お友達とプレイしてたらメラメラと燃えてきちゃって久々にやりたくなったんだぁ』


 

 ・VIP目指す配信で18時間ぶっつ続けでやってたのが懐かしい

 ・逆VIPからちゃんとVIPまで行って感動した

 ・初めは自分から落ちてたもんなw

 ・自分の攻撃で相手を救ったりもあったっけ

 ・それ切り抜きで見たわ

 ・お友達とプレイ……ごくり


 

『うぅー、あのときは大変だったよぉ。でもでも、みんなが応援してくれたからVIPにも行けたんだよね。みんな見守ってくれてありがとね』


 

 VIPとはこの『大乱舞スマッシュシスターズ』というゲームの上位数%のプレーヤーに与えられるランクのようなものである。

 勝つごとにポイントが増え、負けるとポイントが減る。

 ある一定のポイントになるとVIPという称号が得られるのだ。

 しかし、VIPに行ってからが本番だという声もある。


 逆VIPとは下位数%のプレーヤーを意味する、非公式用語だ。


 

『あとね。配信お休みしてた間に友達と旅行したから、その思い出話もするね!』


 

 ・聞かせて聞かせて!

 ・かぐやちゃん最近友達の話するからホッとする

 ・これまでゲームぶっ続けだったもんな

 ・配信してくれて俺らは嬉しいけど、まあ心配ではあったな



「姫路さんはみんなのことが本当に好きなんだなぁ」


 

 僕は配信を見ながら、コーヒー片手にしみじみと呟く。

 コメントでもあるように星月かぐやちゃんは友達の話をすることが増えているのだ。


 

 この前は桃を丸ごとひとつ乗せたかき氷を食べにいったことを話してたっけ。

 いつも楽しそうに話すことから好きなことが伝わるよ。


 

 これをみんなにも聞かせてあげたいとけれど、姫路さんは自分がVtuberであることをみんなには内緒にしているから僕だけの秘密だ。

 まあ、姫路さんがみんなのことが好きなのはある程度伝わってると思うけどね。



『でね。それでね。みんなで食べたアフタヌーンティーがとっても美味しかったの! 中でも苺のショートケーキが絶品で……』



 ・旅行に行った話を聞くはずが、ずっと食べ物の話を聞かせれてるんですが……

 ・かぐやちゃん食いしん坊だから……多少は、ね?

 ・話しながらでも九連勝してるのすご


  

『次勝てば十連勝だ! 気合い入れて頑張っちゃうぞ。次の相手は相性が微不利だけど頑張るね』



 かぐやちゃんはバカンスの話、大半はバカンスで食べた食べ物の話をしながらもVIPという上位のマッチングで九連勝をしていた。

 そして十連勝に差し掛かろうとしたタイミングで、マッチングした相手を見てコメント欄がざわつく。


 

 ・あれ、この名前ってお相手さん八茅留じゃね?

 ・八茅留って誰よ

 ・ほら、あの天ヶ咲姉妹の末っ子の

 ・あー、あのUtuberね

 ・その名前使ってるだけじゃないの?

 ・今、配信してるっぽいから見てきたけど本物だったわ

 ・マジか


 

「え!? 八茅留!?」



 僕はびっくりして思わず立ち上がる。



『や、八茅留ちゃん!? うわわ、どうしよ。緊張する……』


  

 ・かぐやちゃん頑張れ!

 ・負けないでー!


 キャラ相性的にも少し不利と言われているマッチングなので勝てるのかどうか怪しいところだったけど、蓋を開けてみるとかぐやちゃんの圧倒的勝利で終わった。


 

『か、勝てた……。やった……』



 十連勝を目指していたこともあり、安堵の声がかぐやちゃんから漏れる。



「……なんか僕まで緊張したな」



 いつのまにか手を強く握りしめてかぐやちゃんを応援している僕がいた。

 少し汗ばむ額を手の甲で拭う。



 その直後、ひとつのコメントが目に飛び込んできた。

 

 

・八茅留が負けたのは調子が悪かったからなのです。勝ったからって調子に乗らないで欲しいなのです。お前なんてざぁこなのです



 それは八茅留ちゃんからかぐやちゃんに対する配信コメントだった。


 

 ・なに言ってんだこいつ

 ・負け惜しみおつ

 ・まあかぐやちゃん絶好調だったからな

 ・てかこのコメント赤スパじゃん

 ・ほんとだ

 ・顔真っ赤ってこと?



「八茅留ちゃん、昔はこんな子じゃなかったのにな……」

 


 お兄ちゃんお兄ちゃん、と甘えてきていたあの頃を振り返りながら僕は思わず声が漏れる。

 八茅留ちゃんがUtuberになると言った時は僕に動画編集だったり機材について色々と聞いてきてくれてたのに……。

 いつからか「手伝わないでなのです」って冷たく突き放されたっけ。


 

 その後も配信中に何度か八茅留ちゃんとかぐやちゃんが対戦していけど結果はかぐやちゃんの全勝だった。

 全勝だったけど圧勝とはいかず、対戦する度に少しずつ八茅留は上手くなっていき最後の試合はかぐやちゃんはギリギリの勝利だった。


 そんなこんなで一波乱あったものの、かぐやちゃんの配信は今日も楽しく幕を閉じた。



 

◯ ●




「姫路さん昨日は大変だったね」



 喫茶店でのバイト中、ひとりでテーブルに座る姫路さんに僕は声をかける。

 ピークタイムも過ぎてお店には僕と姫路さんの二人きりだ。



「とっても緊張したよぉ。それに八茅留ちゃんが来てトレンド入りしてびっくりしちゃった」


 

 そう。八茅留ちゃんがかぐやちゃんに負けるたびに残す、捨て台詞コメントがSNSの話題になってトレンド入りしたのだ。

 普段、他のVtuberや配信者と絡みのない星月かぐやちゃんがUtuberの天ヶ咲八茅留と交流したということも手伝ったのだろう。


 

「八茅留ちゃんとこれまで交流なんてなかったよね?」


「うん、初めてだったよ」

 

「一体なんでだろうね?」

 


 僕の言葉に姫路さんはむむむっと眉根を寄せる。

 姫路さんも心当たりはないみたいだった。

  

 

 静寂を打ち破るようにバタンと扉が開いた。


 

「やっぱりここにいたなのです!」


 

 まだ幼さを残す甲高い声色が喫茶店に響く。

 大きなぬいぐるみを抱えた可憐な美少女はUtuberの八茅留ちゃんだった。

 

 

「八茅留ちゃん!?」


 僕は驚きのあまり大きな声が出る。

 姫路さんはというと声は出ていないものの目を丸くしていた。



 八茅留ちゃんはそのままの勢いでビシッと効果音が似合いそうなポーズで僕を指さして、その小さく可愛らしい口が開き、


 

「あ、あちゅむ!!」


 

 盛大に噛んだ。



 喫茶店はどこかいたたまれない空気に包まれる。

 


「あつむ!」



 何事もなかったかのように八茅留ちゃんは僕の名前を呼んだ。



 続けるんだ、と思いながらも僕は少し身構える。

 なにをしにここに来たのだろう。

 想像がつかない。



「芸能界の表舞台から今すぐ身を引くなのです!」


 


お読みいただきありがとうございます!

お久しぶりの更新です。


そして、本日はお知らせがございます。

こちらの作品、コミカライズが決定いたしました!!


マンガUP!にて5/5(日)から連載開始予定です!

ちょうど来週の日曜日ですので、GWのおともにぜひお楽しみくださいませ!

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2025/10/7よりコミカライズ2巻発売!
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