4. 【元家族side 】追放した夜のこと、新しいサポート
伍を追い出すことが決まったあの日の夜のこと。
「にしても、勘当された時のアイツの顔、最高に笑えたな!」
六槻がステーキを頬張りながら、先ほどまでのやり取りを思い出していた。
「六槻ちゃんマジでそれなー。ドッキリされた芸人よりも面白かったよねー。ま、ドッキリじゃないところが最高なんだけど」
「キャハハ、ボクもそう思うよ。あーあ、動画撮ってれば良かったなぁ」
二葉がそれに同意し、四葵が可笑しそうに笑う。
「アレがいなくなって空気が綺麗になったのではありませんこと? それに、やっとこれからは食べ物のことでアレコレ言われずに好きなものを食べられるようになりますわね」
三華がこれまでの不満を口にする。
「三華姉そうだよね。ボクも声優だからって辛い物を食べるなとか言われてさ。うるさいったらなかったよ」
「四葵さんあなたもそうだったのね。モデルのワタクシは太らない体質だから何も気にせずとも良いというのに。ホントにストレスでしたわ」
こうして三華を皮切りに伍の悪口大会が始まったのだった。
「オレなんてフォトスタグラムの縛りがやばかったぜ! どんな写真を投稿しようにも1度アイツを通さなくちゃいけねぇし、自撮り載せようとしたら何度も撮り直しさせられたしよ。オレはどんな瞬間でもイケてるっつーのに」
「あたしは逆にツブヤイターさせてもらってなかったよ。マルチタレントがツブヤイターしてないなんてあり得なくなーい? あたしが何考えているかみんな知りたいに決まってるでしょ!」
「わたしは出演する作品を制限されていた。1度有名な映画監督からのオファーを断っているの現場で見た」
「ウソ! 一桜姉だったらどんな作品でも出られるでしょ! なに考えてるのあいつ、チャンス潰してんじゃないっての。ねぇねぇ、七菜ちゃんはどう思う?」
四葵が七菜に話題を振った。
「自分はどうでもいいのだよ。ファイブさんの楽曲を歌わせてもらえればそれだけで生きていけるのだよ」
「出た、七菜ちゃんのファイブさん崇拝。前に出したあの曲すごいバズってるよね。七菜ちゃんの声にもめちゃくちゃ合ってたし」
「ふふん、ファイブさんは自分の1番の理解者なのだよ」
普段色んなことに興味が薄い七菜だったが、ある人物を思い浮かべて恍惚そうな表情を浮かべていた。
「あちゃ、自分の世界に入っちゃた。こうなった七菜ちゃんはどうにも出来ないからなぁ」
四葵がお手上げだと呆れていた。
二葉が隅で静かにしていた八茅留に声をかける。
「やっちゃんは? あいつのことどう思ってんのー?」
「八茅留はもう二度とこの家に帰ってきて欲しくないと思うのです」
「だよねー。顔も見たくないわマジで。」
「はぁ、皆さんあの男には苦労させられていたのですね。でもこれからは何も気にしなくてよろしいです。もう皆さんはそれぞれ売れてきました、1番を目指すのをやめないのであれば仕事であったりSNSやプライベートを自由にして頂いて構いません!」
零梛が辺りを見回しながら姉妹に向けて宣言した。
「ふむ、ショボい作品は断って今後は出たい作品だけ出演しよう」
「マジ? 最高。クラブ行き放題じゃん」
「あーん、これからは美味しいものを好きなだけ食べられますわ」
「ボクはゲームしまくろっと」
「はっ、これでオレも自由だぜ」
「ぐふふ、ファイブさん……」
「やったのです! 八茅留は八茅留の好きなことして生きていくのです!」
その後も、伍への悪口は止まらずその日の夜は更けて行った。
今後、自分たちがどうなっていくかも知らずに……。
○ ●
翌日の社長室。
「社長! どうして伍くんを追い出したりしたんですか!」
「あら、雪。あなたに言う必要などないでしょう?」
彼女の名前は香美 雪。
すらっと高身長で、キュッとまとめられた髪と、掛けているメガネから真面目な印象がみてとれる。
過去に零梛の母、伍たちの祖母にあたる百乃にお世話になった恩義から、今はこの天ヶ咲事務所で社長秘書を務めている。
彼女はあることを問い詰めるべく社長室に来ていた。
「いえ。何か重要な会社の方針などを決める場合は、私にご相談下さいと言ってありましたよね?」
「そう言っていたわね。でも重要でない些細なことでならいちいち言うことはないでしょう?」
「伍くんを追い出したことは些細なことではございません! 彼は事務所の裏方のほとんどの仕事をやってくれていました。彼が抜けることで仕事に多大なる影響が及びます!」
雪は怒り、強い口調で社長を責めたてた。
「ほとんどねぇ。娘たちが有名になってきたとはいえ、この事務所は娘しか所属していないからサポートするのなんてそんなに難しいことではないでしょう? それにあんな男がこなしてきたことなんだし誰だって出来る簡単な仕事でしょうに」
しかし零梛は鏡で自分の姿をうっとりと眺めながら、話半分に流していた。
確かに、天ヶ咲事務所はタレントが7人しか所属していない小さな事務所だ。
だけれど最近は知名度がどんどんと上がり、仕事の増える一方で1人で対応するのは大変なことなのだ。
「こんなことを話していないで車を出しなさい。そろそろプロデューサーとの会食の時間よ」
「こんなことって……」
零梛はその美貌から、各界を取り仕切っているあらゆる人と接待をし仕事を勝ち得て来た。
芸能姉妹を生み出す母親もやはり綺麗であることは否定できない事実だった。
雪もその接待に参加している。
なぜなら、女性が多い方が相手が油断し仕事を回して貰いやすいという社長の方針もあるが、接待が終わってからの相手とのやり取りを社長になりすまし、全て雪が対応するためだ。
その時した会話を覚えていないと連絡のやりとりが出来ないため、同席しているというわけだ。
事務所を立ち上げた頃、雪は伍と一緒にマネージャー業務や各種サポートをしていた。
けれどここ数年では、番組のプロデューサーや、企業の社長などの接待のセッティングやその後の連絡などが増えてきて、雪のスペックでは手が回らなくなってきていた。
そんな雪を見かねて伍が『雪さんはそっちに集中して、僕があとは全部するから』と言ってからは、雪は社長秘書業務に専念していた。
(あの時の伍くんは私にとって天使に見えました、地獄から救ってくれる天使に。あの時、手を差し伸べられていなかったら私は今ここにはいないでしょう。)
でも、そうするんじゃなかったと雪は後悔した。
なぜなら、まだ学生である伍に業務を全て押し付けることになるからだ。
それに気づいた雪は新しく人員を増やすことを社長に進言したが、『特に問題なく回っているなら増やす必要はない』と断られた。
お金にがめつい零梛が言いそうなことだった。
零梛はというと高級な場所で会食して、自分磨きのためにエステに行ったり、ブランド物を買い漁ったりなど豪遊三昧だ。
偉い人と会食するのが仕事、美しさに磨きをかけるのが仕事、事務所の社長として相応しい格好をするのが仕事。
本気でそう言っている。
自分のためと娘たちのためにお金を使うことが優先で、他に経費はかけたくないというかなりの守銭奴であった。
これも問題ではあるが、今すぐ解決すべき問題ではない。
「ですが、これからの皆さんのサポートは誰がするんですか!」
そう、この場において生じている問題はこれだった。
するとコンコンと、社長室のドアがノックされた。
「ちょうどいいところに来たわね。入ってちょうだい」
「失礼致します。夢越学園、サポート科から来ました播磨 里麻です。これからお世話になります。よろしくお願いします!」
小柄でメガネをかけた子が自己紹介をしたあと、綺麗な礼をした。
雪はそれ見て人一倍真面目そうだな、と思ったと同時にある疑問が湧いた。
「夢越学園の学生がどうしてここに?」
「あら、言ってなかったわね。この子は天ヶ咲事務所のタレント達をサポートするためにインターンで来たのよ。どっかの誰かとは違って成績優秀だから穴を埋める以上の働きをしてくれると期待しているわ。……それにインターンだから給料が安いのが良い点よね」
この人はどうして勝手に話を進めるんだと、雪は呆れていた。
それに小さくボソっと言った最後の部分が本音なのだろうと。
「はい! 今勢いを増している天ヶ咲事務所で働けるなんて光栄です! 社長さんの期待に応えられるように精一杯頑張ります!」
「そう、頼もしいわね。引き継ぎ資料はこちらにまとめてあるのでこれに目を通してちょうだい。それでは私たちは出ますので後はよろしく頼むわね。」
「はい! かしこまりました!」
昨日、伍がまとめたであろうかなり分厚い資料を指差したあと零梛たちは部屋を出て行った。
しかし零梛は知らなかったのだ。
伍がどれだけの仕事をしていたのかを。
問題が起きていなかったのは伍だから出来ていたということを。
数々の仕事が舞い込んできているのは伍のおかげであるということを。
それによってこれから天ヶ咲家が崩壊していくのはもう少し先のこと。
だけどそれに気づいたとしてももう遅い、伍は二度と帰ってこないのだから……。