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29. 【鈴side】君の前でなら ①




 

 「この役が私に務まるのでしょうか?」


 



 「えぇ、間違いありません。あなたの演技を観て私は確信しました、この役はあなたしかいないと」




 

 会議室にて。

 私は舞台演出家の加古川(かこがわ)行雄(いくお)さんとテーブルに向かい合って座り、打ち合わせをしていた。

 




 「そのお言葉は大変嬉しいのですが、私は男役しかしたことがありません……。恋に溺れる女性の役なんてとても……」  


 



 「今回の舞台『雪の魔法、月の裏側』のヒロインは、秘密を抱えながら主人公と出会い、主人公と幸せな日々の中でいつしか秘密を打ち明けてそれを受け入れてもらうことで自分自身を受け入れていく物語です。あなたの舞台を観て思いました、あなたは嘘はついていないがなにか隠していることがある……と」


 

 加古川さんは目を細めて私を見る。

 その瞳はまるで心の奥底まで見通しているかのようだった。




 

 「そ、それは……」


 



 (どうして隠していることがあると分かったのだ、誰にも言えていない私の秘密を……)


 



 言い当てられた私の表情は固まった。

 しかし、加古川さんは柔らかく笑う。



 

 「大丈夫です、私に打ち明ける必要はありませんし求めてもいません。ただ、その葛藤や感情を舞台の上で表現してもらえれば」




  

 「そうですか……。しかし、恥ずかしながら私は恋をしたことありません。可愛い女の子を()でるという感情は分かりますが男性にドキドキしたり愛おしいと思う感情は分かりません。私は自分で体験したことや湧き出てくる感情しか表現できないのでこの役はやはり難しいのかと……」


 


 私は率直な気持ちを伝えた。


 


 「難しく考えなくてもいいんです。そうですね、この近くに喫茶店があるからそこでゆっくりコーヒーでも飲んで頭をリセットすると良い。最近かわいらしい男の子が入ってその男の子が淹れるコーヒーが絶品とネットや業界でも噂にもなっているんですよ?」




 

 加古川さんは煮詰まっている私にとある喫茶店をオススメしてくれた。

 その中である言葉が私の中に引っかかった。


 


 (かわいらしい男の子……? そうか!)


 


 妙案を思いついた私は立ち上がる。




 

 「それです! その喫茶店にいまから行ってみたいと思います! 今日はこれにて失礼します。また打ち合わせをよろしくお願いします」


 



 「えぇ、またお願いしますね。行ってらっしゃい」


 


 そうして私は喫茶店に足を運んだのだった。



 

 ● ○



 「ここが加古川さんの言っていた喫茶店か……」



 

 喫茶店を前にしてひとり立ち止まり、ドアを開けて入っていった。




 そこで私は逆瀬川伍くんに出会った。



 

 「大丈夫かい? お嬢さん」



 「あ、ありがとうございます。でも僕はお嬢さんじゃなくて男です!」




 「なんと! 君が噂に聞く美味しいコーヒーを淹れてくれるかわいい男の子か。ツヤツヤとした黒髪に、ぱっちりとした目、噂に違えぬかわいさだな」

 



 初めは小柄で髪が綺麗で可愛らしい顔立ちだったから女の子と間違えてしまったのだが、言われてみれば体を抱えた感触が私の知らないものだと気づいた。




 (見かけによらず筋肉があって(たくま)しい……これが男の子の体か。初めて触ったな……)…


 

 

 その後、私の発言のせいで皆に誤解を与えてしまったのだが、逆瀬川くんは役作りのための彼氏役を引き受けてくれた。




 「宝塚さん! 僕で良ければ任せて! 困ってる女の子をほっとけないよ!」

 


 「伍、引き受けるの?!」

 


 「うん。だって困ってる女の子がいたら助けるのが”普通”でしょ?」



 「もう、あっくんは変わってないなぁ」



 「ふふ、逆瀬川くんらしいね」 


 

 (周りの女の子の様子を見ると男の子が信頼されているのがよく分かる……しかし、この私を女の子だと言ってくれるのか!?)


 

 それがひとつ驚きだった。

 



 私は女子校に通っており、周りの女の子からは王子様と呼ばれ憧れられている。

 元々こういう性格というのもあるが、男役をやっているということも相まって私は求められるように振る舞っている。




 だから私は小さい頃から女の子扱いをされたことがない……。


 

 


 「自分からお願いしておいてなんだが、本当にいいのか!?」




 「もちろんです!! そうと決まったのなら予定を立てましょう。今はアルバイト中だからとりあえず連絡先を交換してっと……、じゃあまた後で連絡しますね!」


 


 「本当にありがとう。恩に着るよ」


 


 役作りとはいえこれからのことを楽しんでいる自分がいた。

 




 その後に淹れてもらったコーヒーは噂通り絶品で、心がぽかぽかと内側から暖かくなるのを感じた。




 

○ ●




 

 あれから私たちは連絡を取り合い、どうするか相談しあった結果。

 舞台の稽古入りもそろそろなので私は彼に遊園地デートを提案した。





 「手っ取り早く乙女心を知るためには1日濃密な時間を過ごせばわかるのではないか……? そうなればデートだろう! だが誘っておいてデートとはどうすればいいのだ? 男の子とのデートなんて初めてだぞ……得てしてデートとは気合を入れるものだと女子校で女の子たちが話しているのを聞いたことがあるが……」

 



 うーん、と色々と悩んだ結果。



 私は自分の一番気合いの入った格好でデートに向かうことにした。




 (花束も買ったし準備万端だ。だが約束の1時間前に着いてしまったぞ、そんなに私は彼とのデートを楽しみにしていたというのか? この格好はおかしくないかな?)




 待ち合わせの噴水前にて堂々と立ちながらも、内心はそわそわしながら待つこと30分で彼は来た。



 

 遠くから見えた彼は、かわいらしさとかっこよさが同居していた。

 アップバングにジャケットスタイルが彼の可愛らしい顔とのバランスが絶妙でかなり似合っていた。


 



 (まるで王子様みたいだな……)




 

 私も王子様と言われているが私がクールでキザな王子だとすれば、彼は国民に愛されるようなかわいくて優しい王子様、そんな感じだと思った。




 これから男の子とデートをするということを再認識した私は、急になんだか恥ずかしくなり照れ隠しのために彼をからかう。



 

 「はい、喜んで。……って! 逆でしょ! ん? 逆とかでもないのか……?」

  


 「ふふ、君はかわいい上に面白いんだね。ついからかってしまうよ」




 困惑している彼を見てると微笑ましい気持ちになった。

 普段はあまり笑わない私なのだが笑顔がこぼれてしまう。

 

  

 そして私の服装はやはりおかしかったらしく、格好を見直すべくデパートへ向かったのだった。



○ ●



 デパートでの買い物を済ませた私たちは、遊園地を歩いていた。

 待ち合わせのときの格好とは180°別人になっていたと自分でも思う。


 

 髪型をロングヘアにし、ヘアアレンジまでして、服装はふわふわのワンピースにヒールだなんてそんな格好は初めてだった。

 


 「宝塚さんいつもはショートヘアですもんね。ウィッグを被ってるからなおさら重く感じるんだと思います。でもとてもかわいいですよ?」



 「か、かわいいのか!? わ、私がか!?」



 (かっこいいは良く言われるが、かわいいだと!?)



 「ええもちろん! それに銀髪とピンクのメイクがバッチリはまってます。まるでどこかのお姫様みたいですよ」



 

 「お、お姫様!? 王子役なら何度もしたことがあるが、私がお姫様とはおかしな話だ……。このフワッとした服は着慣れなくてそわそわするぞ。いつもはピシッとスーツスタイルかスキニーパンツが多いのだか」




 「スーツはジャケットの肩周りやスラックスのクリースが直線的で男性らしくなるんですよ。反対に、丸みのあるフリルやパフスリーブを着ることで女性らしさが出るんです」




 彼はこういうことをとても楽しそうに話す。

 デパートで服を選ぶ時も目をキラキラと輝かせていた。




 ころころと変わる表情にいつしか目が離せなくなっていた。





 「そして、出身地や年齢、家庭環境、性格、全てが見た目にあらわれるから衣装やメイクはとても重要なんです。舞台『雪の魔法、月の裏側』の台本や資料を読ませてもらって、僕なりに登場人物をイメージして今回はその人が遊園地デートをしたらどうなるかなと思って考えました。これで役の気持ちに近づくはずです!!」




 「な、なるほど……」



 初めはただのかわいい男の子かと思っていたのだが違った。

 台本から役の情報を掴み取り自分の中で昇華してそれを表現していたのかと、私は情報量に圧倒されていた。




 君はいったい何者だ?



 

 「す、すみません! 喋りすぎましたよね……」




 

 私の反応を見て彼は申し訳なさそうにしてかなり落ち込んでいた、なにかを思い出してしまったのだろうか。





 誤解を解くべく私は慌てて説明する。





 「いや、素直に感心していたのだ……そこまで考えてこの衣装とメイクを組んでくれたとは……君はすごいな。今の話を聞いただけでも君に頼んで良かったと思えるよ」




 本心からそう思った、これは思わぬ収穫だった。




 そして私が着慣れないワンピースにそわそわとしていると、彼は私の欲しい言葉以上のものをくれた。 




 「とても似合っててキレイだからみんなが見てるんですよ。白のワンピースに宝塚さんのサファイアのような瞳がとても映えていて美しいです」




 そして、気づいたのだが彼は極度に自分に自信がないということだった。


 


 「だが、見られているのは私だけじゃなく君も見られているように思うが?」


 


 「え? 僕ですか? こんな美人の隣に僕なんかがいるから悪目立ちしちゃってるんですね……すみません」





 こんなにもかわいくてかっこいい王子様みたいな彼が周囲から注目を集めるのは当然だというのに……。

 さっき落ち込んでいたことと関連があるんだろうか。




 彼はいま困っている私を助けようと手伝ってくれている。

 もし今後、彼が困ったことがあるなら助けてあげたいと思う。




 この気持ちはなんだろう、恩義を感じているから? 親切心?



 私はその答えを持ち合わせていなかった。




 

 

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