20. 幕間 アルバイト ②
※月夜や明日花の視点を交えた三人称です。
伍がアルバイトの面接に行き、そのまま働くこととなった日のこと。
同じ目的を持った二人の女の子がいた。
(アルバイト初日なのにいきなり行っちゃって、へ、変じゃないかな? でもいつも行ってる喫茶店だし今日も行っても別におかしくないよね?)
その美貌から学校からは氷の女王と言われており、人気Vtuber『星月かぐや』としての裏の顔をあわせ持つ姫路月夜。
月夜が歩くとその姿を街行く人が足を止め振り返っていた。
(何よ伍のやつ、今日はオフだから遊びに誘ったって言うのに。喫茶店でアルバイトですって? 私の誘いを断るだなんて全くもう、こうなったら見に行ってやるんだから)
超人気アイドルグループ『アスタリスク』のセンター、次回の新曲のPVのティザー映像が今話題となっている芦屋明日花。
変装をしているのに、美しさが隠しきれずに周りの人の話題の中心になっていた。
それぞれの目的はこうだった。
(逆瀬川くんの)
(伍の)
((喫茶店で働く姿がみたい!!))
二人は周りのことは気にせずにただ一つの目的地に向かって足を運んでいた。
(もうそろそろ着くころだ)
(調べたら確かここだったわね)
「「あ」」
そして喫茶店の店前にて、二人は出会ってしまった。
「姫路さん? どうしてあなたがここにいるのかしら?」
「こ、ここは私のお気に入りの店なんです。芦屋さんこそどうして?」
「わ、私はオフだから? 街を歩いていたら、たまたま良さげな喫茶店があったから入ろうかと思って?」
お互い目的はぼかしているものの、お互いの目的を理解しあっていた。
なんとも言えない空気が漂う。
「ねぇ、一緒に入らない?」
「そう、ですね!」
仲の良いやり取りに見えるが実際は違った。
((抜けがけは許さないんだから!!))
牽制し合い、それぞれを見張るために明日花は案を出し、それに月夜は乗ったのだった。
そして二人はドアを開けて喫茶店へと入った。
○ ●
「いらっしゃいま、せ?」
二人を伍がさわやかな笑顔で迎える。
月夜と明日花は伍の姿を見て固まる。
(え、前髪あげてて逆瀬川くんのぱっちりしたお目目が見えてて笑顔が眩しい!)
(喫茶店のギャルソンスタイルが誠実な伍にめちゃくちゃ似合ってるじゃない!)
((と、尊い!!))
「あ、二人ともさっそく来てくれたんだ。嬉しいなー。一緒だなんて仲良かったんだね。というか、なんで手合わせて拝んでるの?」
自分の姿を見て拝んでいるとはつゆ知らずに二人に声を掛ける伍だった。
「ど、どうしてだろう。こうしなきゃいけないと思って……」
「なんだか体が勝手に手を合わせていたわ……」
「ふふ、おかしいこと言うんだね。それじゃあお席案内するね、こちらの窓際の席へどうぞ」
伍は、どこかぼーっとしている二人を丁寧に席へと案内する。
「では、注文が決まったらお呼びください。失礼します」
そう言って伍は立ち去った。
伍が遠くに行ったのを確認した明日花は月夜に話しかけた。
「姫路さん、あなたおかしいって言われてたわよ?」
「それは芦屋さん、あなたのことだよね?」
「なんですって」
「そっちこそ」
ギリギリと視線をぶつけて睨み合う二人。
テーブルは異様な空気を漂わせていた。
「はぁ、やめやめ。今日はせっかくのオフで伍の顔を見て癒されにきたんだから」
「あれ、たまたま良さげな喫茶店があったからじゃなかったんですか? あれれ?」
さっきと言ってることが違うことに気づいた月夜は、珍しく人を煽る。
明日花がやってしまったという顔する。
「ぐ、白状するわよ。ここで働いてるって伍が言ってたから見に来たのよ! あなたもお気に入りの店とか言って伍を見に来たんでしょ?」
「お気に入りの店なのは事実ですけど、逆瀬川くんを見にきたというのも否定できません……」
素直に白状してくれた明日花に対して、自分だけ隠すのも申し訳なくなった月夜も同じく白状した。
「だったら目的は同じじゃない、ここはいがみ合わずに楽しみましょうか」
「そうですね、この逆瀬川くんの制服姿を1秒でも長く目に焼き付けたいですもんね」
「そうと決まったらまずは注文しましょう。私はメニューを見るよりも伍にオススメを聞こうからしらね……。伍、注文をお願いするわ」
明日花が手をあげて伍を呼んだ。
「はい、お待たせしました。ご注文はいかがしますか?」
「伍のオススメを教えてちょうだい?」
「そうですね、コーヒーなんてどうでしょう? 僕がお淹れいたしますよ?」
(次にお客さんが来たらコーヒー淹れても良いって言われていたし、知ってる人ならちょうどいいや)
「な、なんですって!? それをお願いするわ!」
(伍がコーヒー淹れてくれるなんて実質、手料理じゃない!)
伍が淹れると聞いた明日花は、注文を即決した。
「わ、私もコーヒーでお願いします!」
「え、姫路さんも? 苦いけど大丈夫?」
「だいじょうぶ!!」
(苦いのは得意じゃないけど、逆瀬川くんが淹れてくれるなら私だって!)
月夜も負けじと注文する。
「では、コーヒーお2つですね。少々お待ちくださいませ」
○ ●
「にしてもあの伍の格好は反則よね、ドアを開けて目に飛び込んできた時は驚いたわ」
「ええ、あの圧倒的な破壊力。かわいいのに真面目な感じが愛くるしいです」
「そう、そこなのよ! かわいい顔で精一杯動いてる姿がこう胸をキュッと締め付けるのよね。前に現場で……」
「分かります。それにあの見た目で強いっていうのもいいですよね、前に助けられた時に……」
二人はコーヒーを待ってる間、伍について話に花を咲かせていた。
そして伍を褒めながらも、伍との思い出を語ることでマウントを取ろうとしていた。
「く、あなたなかなかやるじゃない。良い話を聞かせてもらったわ」
「く、あなたこそやりますね。私の知らない逆瀬川くんが知れてよかったです」
なにか通ずることもあったのか、月夜と明日花はガッチリと握手をした。
「お待たせしました。ってどうしたの二人とも? 握手なんかしてほんと仲良いんだね、なにか共通の話題でもあったのかな?」
「うわあ! 伍、今の話聞いてた?」
「わわわ! 逆瀬川くん聞いてないよね?」
「ん? 何も?」
((良かったー、聞かれてたら恥ずかしすぎる!!))
「それでは、コーヒーこちらに置きますね。姫路さん、砂糖とミルク自由に使って良いからね。ではごゆっくりどうぞ」
そうして伍はコーヒーを置いて戻っていった。
「伍が淹れたコーヒーね、どれほどのものかしら」
「逆瀬川くんが淹れてくれたのなら、なにも入れずにまずはそのままの味を……」
二人はカップを手に取り一口飲む。
「お」
「お」
「「おいしいいいいいいいいいいいぃいい!!」」
二人の大きな声が喫茶店に響いた。
周囲が驚いて二人の方を向く。
「なにこれ! テレビ番組で有名なバリスタが淹れたコーヒーを飲んだこともあるけど、それよりもこっちの方がめちゃくちゃ美味しいわ」
「飲み口が柔らかくまろやかで、後味がスッキリとしてて苦いものが得意じゃない私でも飲みやすい! コーヒーってこんなに美味しかったんだ……」
そして、そのままゴクゴクと一気に飲み干した二人はカップを置いた。
「「おかわりお願いします」」
「え? もう飲んじゃったの? 喜んでくれて良かったー、それじゃあ2杯目作るね!」
(美食家の三華姉さんのこだわりでインスタントとか許さないから、僕はこれまで家でも現場でも散々コーヒーを淹れさせられてたんだ。だからコーヒーに関してはちょっと自信があったんだ。それを喜んでもらえて嬉しいな)
そして、出てきた2杯目のコーヒーもすぐに飲み干し、それからも二人は何杯もおかわりをした。
その様子を見ていた周りのお客さんもどんどんとコーヒーを頼み、店が賑やかになる。
「あっくんこれどういうこと!? あたしが裏で在庫の点検をしてる間になんかめちゃくちゃ忙しくなってんだけど!!」
「あっちゃん、あの窓際の席の二人がコーヒーをどんどんおかわりするから他のお客さんも影響されたみたいで……」
「え、そういうこと? というか店前にも行列が出来てない!?」
「あ! 窓際の席だから、明日花さんのファンだったり姫路さんを見た人が追っかけて来たのかも!?」
「ええ!?!! どうしよう?!」
「と、とにかく頑張るしかないっ!!」
それから伍と茜は二人で騒ぎを収めたり、数多くのお客さんを対応することになった。
この日、これまでの店の一日の最高売り上げを更新した。
また、『アスタリスク』の芦屋明日花の御用達としてバズったり、黒髪清楚な美人が通う喫茶店として一時期話題となった。
そして、小さくて可愛い男の子が美味しいコーヒーを淹れてくれるという噂も広がった。
こうして伍のアルバイト初日は、激動ののちに幕を閉じたのであった。





