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恩返し

 明るい日差しの中、目が覚めてもボーッと天井を見上げて起き上がりはしなかった。


 薬が効いているのか、頭がふわふわする。


 自分を包む空気が妙に心地よくて、安心感があった。


 自ら薬を飲んでベッドに寝たのは覚えているけど、この状況で、よくもまぁ、ここまでぐっすりと寝たものだ。


 視線だけを動かすと、先程から飽きもせずにイザークが私を見つめ続けていた。


「誰も近づけさせないのではなかったか?」


 眠っている間に何かされたらと思うと、ゾッとするが、言った通りにこいつが無理矢理何かをした様子はない。


 大人しく椅子に座って、私を見ているだけだ。


 男の私に何も期待するものなんかないはずだと、勝手に納得する。


 昨日と違うところといえば、イザークに真っ白な毛並みの耳と尻尾が見えたくらいか?


 この男が獣人なのだと初めて意識できた。


 気を許すつもりはないが、見慣れない姿を忌避しようとは思わない。


「いい加減に、見るのはやめろ」


 叱りつけるように言った。


 なのに、イザークのフサフサの尻尾がパタパタと揺れていた。


 声をかけられて喜ぶかのように。


 ゆっくりと上体を起こした。


 自分の体に、昨日の異変は残っていない。


 今度は視線を横に向けた。


 ニコニコしながら私を見ている男がいる。


 今は随分と子供っぽい表情をしているな。


 この駄犬は、決して汚い男じゃない。


 清潔感はあって嫌悪は抱かない。


 だから、同じ空間にいてもそこまで嫌じゃない。


 昨日のあの異変がなければの話だが。


 ぶっちゃけると、それなりに上等な部類には入るんじゃないか?


 こいつは年下で、まだ、少年の部分が抜けきっていないけど。


 そんな奴が、ご主人様の言葉を待つように私を見ている。


 まるでペットのようだ。


 訳の分からない結婚相手ではなく、ペットと思えばそれなりに躾がいがありそうだ。


 そんな事を考えているとも知らずに、イザークが動いた。


「これを、首にかけてて。これを装着している間は、エリスの呪いの効力を無効化するものだ」


 手にしているのは、小指の爪ほどの小さな赤い宝石が付いたネックレスだった。


「お前、そんなものがあるならもっと早く……」


 昨日の時点で、城を出る前に寄越しておけばいいものを。


 相変わらずニコニコしながら私の事を見ている()を殴りたくなった。


「つけてやろうか?」


「自分でつけるからいい」


 と言ったのに、イザークは首にそれを装着した。


「まるで首輪みたいだな」


 嫌味のつもりで言ってやる。


「獣に飼われる、お姫様か?それは、いいな」


 ははははと、また笑っていた。


 甘えるような仕草を見せていたくせに、今は傲慢に笑っている。


 このネックレスを着けている限りは、()()は女の姿でいられる。


 あえて意識しなかったが、服の中での変化は顕著だ。


 特に胸が重くて、肩が凝りそうだった。


「胸を見るな。相打ち覚悟で斬るぞ」


 イザークがあからさまに視線を一点に集中させていたから、睨みつけて言った。


「ごめん、見ない」


 すぐさま奴は明後日の方を向くが、顔は赤い。


 油断も隙もないな。


 今までほとんどの時間を男として過ごしてきたんだ。急に女として性的な視線に晒されたら戸惑うし、不快だ。


 どうやら、こいつは本気で私を嫁にするつもりだから、警戒しないと、気付いたら後戻りできない状況に陥ってそうだ。


「帝国の皇族は、成人になるまで婚約者との性行為は禁止なんだ。だから、エリスには何もしない。誓うよ」


「殴ってもいいか?」


 ついでのように言われた言葉は、なんの保証にもならない。


 それに、婚約者以外とはいいのか。


 殴るのを我慢するんじゃなかったな。


「獣人は、異性を落とす時にいつも()()を放っているのか?」


 あんな事が当たり前に横行しているのなら、ゾッとする。


 あの状態がずっと続いていたら、自分がどうなっていたかわからない。


「一定年齢は、抑制剤を飲んで抑えている」


「じゃあ、お前もそれを飲め」


「今までも昨日も飲んでた。けど、昨日は本当に抑えきれなくて我慢できなかった。エリスに会えた事が嬉しくて」


「我慢しろ!!」


 イザークは私に怒鳴られたのに、嬉しそうに尻尾を振っている。


 狼獣人じゃないのか?誇りはないのか。


「いつまで、ここにいるつもりだ」


「兄さんに報告しないとだけど、俺はまだここにエリスと二人でいたい」


「ほう。私といたいか。なら、そこに正座して、これまでの経緯を説明しろ」


 イザークは言われた通りに床に正座する。


 ベッドの上で私が胡座をかいて見下ろせば、視線を彷徨わせてソワソワしていた。


「さっさと話せ」


「俺は、エリスに助けられた。満月の夜に、湖のあった森で、子犬を助けてくれたのを覚えている?」


「お前、あの時の犬か!」


「うん」


 それなら、()()()に来たのは納得できるが……


 むしろ、恩返しに来いと言ったのは私の方だが、こんな事を頼んだつもりはない。


 イザークはあの湖で出会った前後からのことを、順を追って話し始めた。


「つまり、あの時は前皇帝と皇妃である両親を殺された直後で、イザーク自身も襲われて、深傷を負っていたと」


「うん」


「お前……あの時に……両方を見ていたな……」


 この()に男と女それぞれの裸を見られている。


 獣だと思って油断していた自分が悪いのだけど……


「俺は、エリスが男でも女でも気にしない。今さらだからな」


 尻尾を振りながらドヤ顔で言われても、何の慰めにもならない。


「この際だからはっきり言っておく。恩返しか何か知らないが、あの国から連れ出してやったからと、感謝してもらえると思うなよ。婚約しようが、結婚しようが、貴様、この先私の体に許可なく好き勝手しようとするのなら、舌を噛み切って死んでやるからな」


 それを聞いたイザークは、顔色を変えた。


「調子に乗るな。いいな?」


「わかった……」


「なら、着替えるからすぐに出て行け」


「動きやすい服を、そこのクローゼットに入れているから。俺は朝食の準備をして待ってる……」


 イザークは、トボトボと音がしそうなほど肩を落として部屋の外へと向かった。


 女の体になったところで、私の中で安定するものなんか、何一つ無い。


 何が嫁に、だ。


 これ以上、私の人生を他人に引き摺り回されてたまるか。


 私の不機嫌が伝わったのか、朝食の席でも、残りの行程でも、馬車の中でも、イザークは端っこ見つめてこっちを見ようとはしなかった。






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