海苔巻きせんべいに復讐される。
『私…世ノ本君が好きなの!!』
図書室で言ったその言葉が、きっと私の人生を絶望に変えたのだろう。
◆
「ねぇ…なんで?」
「今までボクに言ってくれた言葉は…全部嘘だったの?」
「君はボクじゃなくて、あの男が好きなんだね」
あのお菓子の声が、ずっと頭の中に響く。頭痛もする。吐き気も目まいもだ。
この意味の分からない空間で倒れ込むと、涙を無意識に流してしまう。涙で目の前が良く見えない。でも、あのお菓子の幻覚だけは、鮮明に見えているのだ。
私の名前は相模原。愚かな呪いに引っかかった、愚かな人間。
◆
「あっ、これ美味しそう!!」
話の発端は、私がコンビニで美味しいそうな和菓子を見つけたことだろう。
その時私は高校1年生で、友達のためにお菓子を買おうとコンビニに行き、そこで見つけたのが『海苔巻きせんべい』だ。
友達はポテトチップスが欲しいとのことだから、この海苔巻きせんべいは全て私が食べることになった。
その時は知らなかったのだ。その美味しさは”呪い”だということを。
そこで知ったのだ。海苔巻きせんべいの”呪い”の美味しさを。
あれから、気付けば毎月の1日にコンビニに通うようになっていた。
毎月の1日に海苔巻きせんべいを買い、先月の1日に買った海苔巻きせんべいは、新しい海苔巻きせんべいを買った後に泣きながら食べる。
そして、1ヶ月間残している海苔巻きせんべいは、まるで人間のように扱った。その頃の私の口癖は「海苔巻きせんべい、だぁい好きっ!」になっていた。
週末は海苔巻きせんべいをリュックの中に入れて遊園地に行ったりもしていた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「エスプレッソ1つ!」
「かしこまりました」
時々、カフェでエスプレッソを注文して、勉強の休憩にエスプレッソを飲みながらこっそり海苔巻きせんべいを食べたりもした。
家に帰ってきたら新しく買った海苔巻きせんべいを机に丁寧に置いて…。
「今日からあなたは私の友達!私、あなたのこと大事にするね!」
『ありがとう!これからよろしくね!』
「よろしく!あ、今日ね。カフェで飲んだエスプレッソがすっごく美味しかった!もちろん、海苔巻きせんべい君も美味しかったよ?」
『そうなんだ!良かったねー!』
私が海苔巻きせんべいに話しかけて、海苔巻きせんべいが返事しているかのように、自分が声を変えて喋る。
1人芝居みたいなことも、よくやっていた。
気付けば海苔巻きせんべいは自我を持っていた。
自分がやっているこの1人芝居で、海苔巻きせんべいに話しかけすぎたのだろうか。気付けば自分が喋っていなくても海苔巻きせんべいが自分で喋っていて、それで勝手に動いている。
最初はびっくりしたが、後に慣れていった。
海苔巻きせんべいじゃ長いから、私は海苔巻きせんべいのことをせんべい君と呼ぶことにした。
「ねえ、せんべい君」
「どうしたの?相模原ちゃん!」
「もし、私がほかのお菓子を好きになっちゃったら~?」
せんべい君は、この質問にいつも「そんなことあるわけないよ!」と答えている。そのうち、それしか言わないんだと思って質問するのもやめた。
あれから1年。私は高校2年になった。
カフェで勉強するものやめ、図書室を使うようになった。学校はお菓子を持ってきてはいけないから、この図書館にせんべい君はいない。
図書室を使うようになったのは、いつもここに好きな人がいるから。
「よっ、相模原さんは今日もか」
「ここ静かだし」
私の好きな人は、違うクラスの世ノ本君。
久しぶりに図書室行ったら、世ノ本君がいたから、私は世ノ本君に会うのを理由に図書室へ来ている。
正直、世ノ本君と話していると、すごく落ち着く。お菓子じゃなくて、人間と話してるんだって気がして、なんだか安心する。
「最近っていうか、ずっと前から海苔巻きせんべいが好きなんだよね。私」
「海苔巻きせんべい?美味しいよなあれ。俺もたまに食べる」
「へぇーそうなんだ!」
世ノ本君と私は、意外と共通点があったりする。根は真面目だけど成績は悪かったり、運動はまぁできたり。何より、しぐさからして世ノ本君は私が好きなんだと思うんだ。自信過剰じゃなくて。
当たり前だが、流石に人間じゃないものを人間扱いする変な人ではなかった。
「あ、私ここ曲がる!」
「おっけー、じゃあなー!」
せんべい君が気付けば喋れるようになっていたのと同じく、気付けば私達は一緒に帰る仲になっていた。
私はいよいよ、告白を決意する。
そのとき私は、頭の中は世ノ本君でいっぱいで、せんべい君のことは気にかけていなかった。
世ノ本君のために今までよりもずっと可愛いメイクを覚えてみたり、ルーティンのせんべい君におはようを言うのも適当になった。
これが、せんべい君に不自然だと思わせる行動だったのだ。
「司書さん、いないね」
「さっき、帰ったよ。でも、君が来ると思ってたから開けてもらってる」
本当は屋上に呼ぶ予定だったけどチャンス。自分はそう思った。
「あの、今のうちに言っちゃうんだけどさ」
「ん?どうした?」
その時の私は顔がすごく赤かったはず。でも気にせず世ノ本君に気持ちを伝えた。
「私…世ノ本君が好きなの!!」
数分後。
ちょっと待ってくれと言ったきり図書室を出ていった世ノ本君。嫌われたかなとずっと思っていたが、世ノ本君は意外と早く戻ってきてくれた。
「ごめんごめん。トイレ行きたくなって。はは」
「絶対嘘だよ。だって、私こんな恥ずかしいもん」
「あの、返事なんだけどさ」
私は、間を開けてうんとうなづいた。
「俺も、相模原が好きだったんだ。実は、今日司書さんいないから、俺も言おうと思ってて…」
本当に偶然だった。
今思えば、なんでなんだろう。私と世ノ本君は、本当によく似ている。
「明日、土曜日だっけ?」
「どこか、一緒に行く?私、明日時間あるよ!」
「うん、俺も時間ある」
「じゃあ明日、一緒に行きたいところあるんだ!!」
そうして、初デートを約束した。
一緒に帰って、家に戻ってきて、そしたらせんべい君がいない。もう夕暮れだから、単純に見えてなかったのかと思い、電気を付けてみたが、やっぱりいない。
「あれ?せんべい君?」
声を出してせんべい君を探してみたが、やっぱりどこにもいない。
突然、玄関から物音がした。物が落ちる音。
「あ、せんべい君かな?」
スタスタと玄関まで歩き、電気を付けた。よく見なくても分かった。靴箱の隣に、せんべい君がいる。
「あ、せんべい君。こんなところにいたんだー」
「…………」
「そういえば、今日1日だよね。食べて、新しいの買おうか」
「…………」
「楽しみだなー。せんべい君を食べるの」
「………なんで」
私には聞こえなかった、小さな声。
「ん?せんべい君?どうしたの?」
突然、せんべい君が手元でガタガタと動くから、私はちょっと驚いた。様子が変だ。なぜだろう。
「ねぇ…なんで?」
「んー?何がー?」
「今までボクに言ってくれた言葉は…全部嘘だったの?」
「嘘じゃないよ。なんでそうなるんだよー」
「君はボクじゃなくて、あの男が好きなんだね」
「えっ…?」
バァン!!
「うわぁっ!!」
突然、せんべい君が破裂したと思ったら、その場に浮いていた。
「え…?せんべい君、なんで宙に浮いてるの…?」
私は思わずそう訊いてしまった。
でもせんべい君は一切何も答えず、自分の喋りたいことを喋り続ける。
「そうなんだ。君はそんな人なんだ。初めて知った」
「え?ど、どういうことなのせんべい君!」
「あの男!!!君はボクじゃなくてあの男を選んだ…」
どうやら、せんべい君は世ノ本君のことを知っているらしい。
なぜ…?なぜ…!?
「ボク、見たんだ。全部理解した」
「何を見たの…?何を理解したの!?」
私も思わず強気で怒鳴ってしまう。
「最近、君はボクに適当になってきたんだ。なんでかな?それは、君があの男に夢中になっているから」
「なんでそれを知ってるの…?君が私の人生の支えになるとでも思ってるわけ!?」
「…そうだよね。お菓子は人の人生そのものを支えることはできない。ただ、少しの時間の幸せを作れるだけ」
「なら、私のことなんて放っておいていいじゃん!!これでも、私はせんべい君にたくさんのことをしてあげたんだよ!?」
出来る限りの声で叫んだ。でもせんべい君は、混乱せずにそのまんま平然としている。
「うん。でも、なんで?お菓子なんかに、そこまでいいことするの?」
「なんでって、それは私がせんべい君のことが好きだから…」
「好きなら、適当に放っておいちゃ駄目だよね??」
「…!!」
頭をガツンと殴られたような気分だ。本当に最悪。
食べれるなら、すぐ食べてやりたい。狂人だと言われてもいいから、袋まで全部食べてやりたい。そしたら、この鬱陶しい声も消えるかな?
「…お前のこと、すぐ食ってやる!!」
「無理だよ」
「食う!!食う!!」
「さんざんボクをほったらかしにして、終わりにしたかったら食べる?もう君が食べる海苔巻きせんべいはないよ」
「絶対に食べる!!食ってやる!!私の胃の中で、大人しく消化されてろ!!」
家じゅうを散らかして、せんべい君を掴もうとした。
でも、なかなか掴めない。せんべい君の言う通り、私が食べれる海苔巻きせんべいはもうないのかもしれない。
「君は本当に自分勝手だ…ため息が出るよ」
「うるさい!!」
「そんなに食べたいなら、自分が海苔巻きせんべいになったらどう?」
「えぇっ?」
「好きだと言われたのに適当にされたこの屈辱、ボクは君に味わせることができるんだよ?」
「…やってみなよ。出来るなら」
私はもう、生きる気力がなくなったかもしれない。
何が何でも、海苔巻きせんべいの攻撃を弾こうとしたのに。気付けば目の前が変わっていた。意味の分からない空間。
真っ黒なのに、いろんなところにせんべい君が見える。これは、幻覚?
◆
「ねぇ…なんで?」
「今までボクに言ってくれた言葉は…全部嘘だったの?」
「君はボクじゃなくて、あの男が好きなんだね」
あのお菓子の声が、ずっと頭の中に響く。頭痛もする。吐き気も目まいもだ。
この意味の分からない空間で倒れ込むと、涙を無意識に流してしまう。涙で目の前が良く見えない。でも、あのお菓子の幻覚だけは、鮮明に見えているのだ。
私の名前は相模原。愚かな呪いに引っかかった、愚かな人間。
いや違う。
目の前の景色が変わった。ここは、商品棚?
あ、目の前に自分がいる。
「あっ、これ美味しそう!!」
この言葉、たしか自分が言ったような。でも、言葉の聞こえ方がおかしい。こんなに怖そうに言ったかな?
まさか、せんべい君は本当に、私に屈辱を味わせようとしている?
時間を巻き戻して、人格を入れ替えて、せんべい君が私を買って…。
嫌だ。
嫌だ嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
「買っちゃおーと」
なるほど。これはせめてもの復讐だ。今度は、私がせんべい君になる。
せんべい君になって、私になったせんべい君を苦しめる。
私になったせんべい君を苦しめて、必ず私は世ノ本君と…!!
だから今は我慢我慢。
ボクの名前はせんべい君。奴に呪いをかける、可哀想なお菓子。
【終】
まぁ、いわゆるなにこれってやつですね。
既にカクヨムに投稿しているものをそのまんまなろうにも投稿しただけです。最後までお読みいただきありがとうございました。
では。