73. 無事進級できました
「おはよう、望」 プリンスがテラスでゴーストとカリを相手に遊んでいる望を見て自分の部屋から出てきた。
「おはよう、プリンス。もうそんな時間?」 望は既に制服に着替えているプリンスを見てもうそんな時間かと少し慌てた。
「まだ早いですから、慌てなくても大丈夫ですよ。今日から新学期だと思うと、気が昂って少し早く目が覚めたのかもしれません」
TSNTは、数少ない4月から新学期が始まる制度をとっている。何でも昔からの日本地区の習慣を引き継いだらしい。望は桜が咲く4月は新学期にとてもふさわしいと思っている。
「プリンスでもそんなことあるの?やっと進級できた僕ならわかるけど」 ちょっと微笑ましく思った望がそう言って笑った。
「望だって、ほとんどの科目は凄く良かったじゃないですか」 そう、論理以外は割と良い成績だった。
「皆のお陰だよ」やたらと厳しいミチル、優しく説明してくれるプリンス、要領良くポイントを押さえてくれるリー、の3人にはすっかりお世話になった。
「時間があるならここで朝御飯にしない?」 望がテラスのテーブルに置かれた色とりどりの果物を指して言った。
「それは嬉しいですね。今朝採れた分ですか?」
「そう、この間新しい子も実をつけたから食べてみようと思って」 望が嬉そうに言った。
「今度はどんな味ですか?」
「それは食べてみてからのお楽しみ」
ミチルも加わり、3人で朝食をとった。庭の桜が満開で美しい。
「それにしても望の木、実が生るスピードが速くなっていない?」 ミチルがすっかり大好物になったトーフの実(紫色)を器用にナイフとフォークを使って食べながら言う。
「そうだね。マックの牧場に植えるために沢山育ててから速くなったみたい。今はもう少しハワイ島に送る分を育てているんだけど。プリンスも随分育てたから早くなったよね」
「そうですね。要領がわかってきましたから。ただ、望のように自分の思う味にはできませんけれどね。同じ果物で、少し大きくできたり、甘くしたりくらいです」
「プリンスの桃の実はすごいよね。一つ食べただけで寿命が延びるような気がしたよ」プリンスが最初に育てたモモがこの間実をつけた。皆で美味しくいただいたが、これまで食べた桃は一体何だったんだろうか、と思わせる程瑞々しくて美味だった。望はプリンスの高貴なエネルギーが満ちているから、と思っている。ちなみにリーとミチルの木はやたらと大きくなっているが、まだ実が生る様子はない。
「ハワイ島の研究所でも無事に実が生って、味も変わっていないとわかりましたので、これから更に拡げていく予定です」
「多くなると毎日のエネルギー補給が大変だと思うけれど、大丈夫?」
「大したエネルギーを使うわけでもないので今のところ問題ないそうです。ただ、今後もっと拡大していく予定ですので、エネルギー補給のできる人間を増やすと同時に、このエネルギー補給の部分を機械化できないか研究しています」
「機械化? それはどうだろう。エネルギーだけならできるかもしれないけれど、自分の好きな味にするには、なんていうか、それ以外のふれあい?が必要だと思うんだけど」
「そうかもしれませんが、なるべく多くの人にこれを食べて貰おうと思うとやはり人間では限界がありますから」 プリンスが困ったように言った。
「僕としては、できれば一人1~2本の木を家に置いて、その子に自分の好きな味を覚えてもらうのが理想なんだけど…無理かな?」
「ということは、できた実ではなく、苗を広める、ということですか」 プリンスが考え込んだ。
「誰もが望やプリンスのようにうまく育てられるわけじゃないでしょうし、難しいんじゃない?」ミチルは自分の木が実をつけない事を内心密かに気にしている。
「そうかなあ。要領がわかれば誰でもできると思うんだけど」望が首を傾げた。
「それはまた後で考えて頂戴。新学期初日から遅刻したくないでしょ」 ミチルがそう言って立ち上がった。
「本当だ、急がなくちゃ」望も慌てて立ち上がった。
「そう言えば、今日はジョーンズ氏と約束していたんじゃなかった、望?」学校に向かう車の中でミチルが確認するように訊いた。
「うん、今日は午前中で終わるって言ったら、新しいプログラムが完成したから見て欲しいって言われてるんだ。皆も誘われているんだけど、どうかな?」
望はマックの家に滞在中にブレイブ ニュー ワールドの新企画の制作をした。自分ではかなり満足のいく作品だと思っているので、それがどういう形になったのか見るのが楽しみだ。
「私も出来上がりを楽しみにしていたので、勿論一緒に行きます」プリンスが凄く乗り気だ。
「リーがこんなチャンス逃すはずないわよね」
始業式の後は、4人で地下街に行くことになった。




