72. 祖先の記憶?
思いがけないジョーンズの要望に全員が驚き、それから思い思いの反応をした。
「何をおっしゃっているのかしら? 望はゲームのプログラムをするような暇はありませんわ」 ミチルは呆れたように切り捨てた。
「確かに望が作り変えた後のゲームは前のとは比べものにならなかったな」 リーはちょっと興味を惹かれたようだ。
「驚きましたね。勝手に調べた挙句、ゲームのプログラミングですか。少し図々しいと思われませんか?」プリンスは冷たく怒っている。
「僕の描いた木を見て懐かしく思われたのですか?」 望は一寸考えてピアスに手をやった。一瞬後、大きな七色の葉をつけた木が目の前に現れた。幹は白く滑らかだ。
「おお、この木です!」 ジョーンズは近づいて触れようとしたが、手がすり抜けてしまった。
「ホロイメージですので、触れませんよ」 望が申し訳無さそうに言った。
「そうでしたね」 そういいながらじっと眺めるジョーンズの目には心からの憧憬があった。
「お願いだ。君の世界をゲームにして多くの人に見せてくれないか?私が感じた感動をもっと多くの人々に知って欲しいんだ」 数瞬後、消えたイメージを惜しむように何もない空間を眺めてから、ジョーンズは望に頭を下げた。
「望を商売の道具にするつもりかしら? 望にはこれ以上の資産など必要ない事はご存知でしょう?」ミチルはお人好しな望が利用されてはたまらないと早々に彼を追い返そうとしている。
「確かに、最初はこれまでゲームに興味のない層を取り込むチャンスだと思った。でもそれだけではないんだ。私のような人間が言うのも何だが、彼の作る風景には心が浄化されるような感じがする。私は、この感動をもっと多くの人に味わって欲しいと心から思った」ジョーンズはすがるように望を見つめた。
「お気持ちはわかりました。一人で決められることでもないので、検討させていただこうと思います。詳しい条件などを後で結構ですから送っていただけますか。僕の連絡先を差し上げます」
望の返答にミチルとプリンスが思い切り顔をしかめた。
「有難う。条件などは君の言う通りにするよ。うちで使っている設備の詳細もすぐ送る。本当に有難う」
「まだやると決めたわけではありませんので、お礼は結構ですよ」 困ったように言った望に、ジョーンズは検討してもらえるだけでも感謝すると言いながら帰っていった。
「望、どういうつもりなの?まさか本当に引き受けるつもりじゃないでしょうね?」 ジョーンズが護衛に連れられて部屋をでるなり、ミチルが問い詰めた。
「私も驚きました。まるで承知する気持ちがあるように聞こえましたが」 プリンスも怒っているようだ。
「そうだね。本気で検討はしてみるつもりだよ。それより、僕が気になったのは、もしかしたら彼は向こうの世界のDNAを受け継いでいるのではないか、ということなんだ」
「向こうの世界? 望達の祖先が来た異次元ということですか?」
「うん。以前にもマザーの姿に強く反応する人に会ったことがあるんだけど、この頃、もしかしたらそういう人達は祖先の記憶が受け継がれているのかもしれない、と思うんだ」
「じゃあ望はあの人が大昔の同郷人かもしれないから、あんな図々しいお願いを聞くっていうの?だいたい、記憶が受け継がれるなんて話聞いたことないわ」ミチルが呆れたように言った。
「いや、案外あるかもな。人間はタブラ ラーサで生まれてくるわけじゃないって主張する学者もいるし」 リーがからかうように口をはさみ、ミチルに睨まれた。
「なるほど。それで望はジョーンズ氏の話を検討することにしたのですね」納得したようにプリンスが言った。
「それだけじゃないよ。もし、彼が言うようにゲーム人口以外の人が楽しむようなプログラムを作るのであれば、僕もラストドリームじゃない、あちらの世界を描いてみたいかもしれない、と思ったんだ」
「それは…見てみたいかもしれませんね」 プリンスが少し考えてそう言った。
「うまく利用されるんじゃないかしら?」 ミチルはまだ反対のようだ。
「そんなことのないように私の方でも調べてみましょう」プリンスが請けあった。
「ていうか、別にあそこでやらなくてもいいんじゃないか? 望は十分資金もあるし、やりたきゃ自分で好きなようにできるだろ?」 リーが言った。
「え、いやだよ。僕はビジネスとか向いていないから」望が慌てて首を振った。
「そんなのは人を雇ってやらせればいいんだよ」
「僕、別にビジネスにしたいわけじゃないよ。ただそんなプログラムを創るのも楽しいかもと思っただけだから」 これ以上忙しくなってはたまらない。
「ほんとに欲のないやつだな、まあ、そこが望の良いところか」
「リーはホントに利には目敏いわね」ミチルが皮肉っぽく言った。
「おお、有難う」
「褒めてないから」
どうやら望の仕事が増えそうである。