69. 望の木の実達
「望、今年の春休みはどうするんだ?」
3月に入ってネオ東京では桜のつぼみが膨らんできた。望達が住んでいるプリンスの家の庭には桜の木も何本かあって、今年は部屋から桜が楽しめるなあ、と楽しみにしながら庭を散歩していると、今日はプリンスの家に泊めてもらうと言って学校からついてきたリーが訊いた。
「特に予定はないよ」 色々とやりたいことや、やらなくてはならないことはたくさんあるけど。
「京都には帰らないのか?」
「お祖父様とプリンスがここの方が安全だからもうしばらく帰らないほうが良いって」
「確かにここは安全だよな」
「あ、でもA&Aのマックの家なら大丈夫だっていうから、ちょっと行ってみようかと思ってるけど」
「お、それなら俺も連れてってくれ。 ここんとこ、家にいると煩くて」 それでよくここに来ているのか。
「煩いって、もしかして僕のせい?」 最近入り浸りだから暇なのかな、と思ってたことにちょっと罪悪感を覚えた望が訊ねた。
「そればっかりじゃなくて、他にもいろいろさ」 ということはやっぱり僕のせいもあるんだ。
「勿論一緒に行ってくれるなら嬉しいよ」
「おう、そうと決まったら春休みに入ったらすぐ行こうぜ」 今度こそスペースプレーンに乗るぞ、という声が聞こえたような気がした。
「そうだね。ミチルの都合もあるから、後で訊いてみるよ」
「ミチルだけか?プリンスは誘わないのか?」
「プリンスは長い休みはいつもセントピーターズバーグの家に帰るから、行けないと思うけど、一応訊いてみるね」
「望がよければ、私も一緒に生きますよ」 家に戻って訊くと、プリンスが当たり前のように言った。
「え、お家に帰らなくても良いの?」 おじいさま、おばあさまズが承知するのだろうか。
「少しは孫離れしていただかないとね」やけにきっぱりとプリンスが言った。
この間のハワイ島の研究所が望にアカの種を送った件について、おじいさまの一人が許可を出していたことが判明した。悪気があったとは思わないが、望を利用しようとしたのは間違いない。あれほど、望はそっとしておいてくださるようにお願いし、承知してくださったのに、と思うと少し懲らしめたくなる。 当分家に寄り付かないことで、自分が怒っていることをわかっていただきたい。
「プリンスが良いんなら僕は勿論嬉しいよ」
結局4人で行くことになった。
「ところで、研究所から望の木の実の成長記録を送って来ましたので見ますか?」 プリンスの言葉に全員が見たい、というのでエンターテインメントルームに集まって見ることにした。
「研究所では便宜上、赤い実の木をピピ、紫をトーフ、緑をモチ、オレンジをパンの木とそれぞれ呼んでいます。それぞれの味から名付けたそうです。ピピはハワイ語で牛肉、ですね」
プリンスが説明しながら流してくれたイメージは早送りではあるが、それにしても驚くほどの速さで成長して、もう花が咲いていた。もうすぐ実がなりそうである。
「望が直接育てたときに比べると4分の1程度の速さですが、それでも通常の促成栽培と比べて5倍以上は早い成長です」
「皆元気そうだね。大事にしてもらっているみたいで、良かった」 望がホロイメージを見ながら嬉しそうに言った。そこを一番に気にするのが望らしい、とプリンスも微笑んだ。
「それで、もしこの木の実が元の実の味と栄養だった場合ですが、これを広めても良いと、望は思いますか?」
「栄養的に問題がない、って結果がでているのなら、皆に食べて貰えたらいいんじゃないかと僕は思うけど。何か問題がある?」 望が首を傾げた。