68.プリンスの夢
プリンスは考え込んでいた。 彼の手のひらには望がくれた大きな赤い実がのっている。その他にもオレンジ、緑、黄色の実が目の前に積んである。研究のために、と望が渡してくれたものだ。
「問題は誰に頼むか、ですよね」
ハワイ島の植物研究所はグリーンフーズでも、最先端の施設だ。後はアフリカ地域にも、シベリアにも研究所はあるが、研究者の優秀さはあそこが一番だ。ただ、今回、アカの種の件で自分の命令に背いている。おまけに裏切者まで出た。そちらの処分は済ませたが、所長への処分は減俸だけだ。本当はシベリア研究所にでも飛ばそうかと思ったのが、所長のラキ・ウィルソンはとても優秀なので躊躇ってしまった。そこへ、今回の果物を任せるというのは、失敗に対して褒美をやるようなものである。とはいうものの、大切な案件であるから、やはり一番優秀な人間に任せたい。プリンスは誰にこの貴重な果物を任せるかで、迷っていたのだ。
「しょうがないな。裏切り者は処分したことだし、やはりウィルソン氏にまかせますか」 そう言って果物をハワイ島に送る手配をLCに命じた。
それにしても、本当にこの実から、同じ実のなる木が育つのだとしたら…それは、リーの言う通り食の革命となるに違いない。勿論地球の人口を食べさせるにはIV肉が必要なことは変わらないだろうが、それ以上を欲する層に求められるのは間違いない。なぜなら、この果物を口にした時、確かに違いを感じたから。IV肉との違い-それが何なのかうまく言葉にできないが、しいていえば”命”だろうか。もしかしたら、昔食べていた本物の肉、とはこんな味なのだろうか、とふと思った。
味もさることながら、地球を汚すことのない、資源をこれ以上枯渇させることのない食物…それはプリンスの夢でもあった。思いがけずこのような形で夢の実現に近づけるとは。
「本当に望は、底が知れないですね」 誰よりも、何よりも大切に思っている友人を思い深い溜息をついた。
2日後、興奮したウィルソン氏から報告があった。送った果物はすべて栄養バランスがほぼ理想的で、いわゆる”パーフェクトフード”と言える、というのだ。 分析後、わずかに残った実を数人の所員が争って味見をしたという。全員その味に心を奪われた。それについては無理もない、と思うプリンス。
今は種を植えて24時間観察しているという。 果たして望がいなくても育つのか、同じ実がなるのか、これが最大の問題だ。
ただ、プリンスはそれについては心配していなかった。望が大丈夫だろう、と言ったのだから。