66. アカ
「せっかくあいつらにそれぞれにどんな報復をしてやろうかと、いろいろ考えてたのに、必要なくなっちまったな」リーががっかりしている。
「私もある程度の準備はしていたのですが、考えてみればこれ程効率の良い警告もありませんからね。もしこれでわからないような相手には遠慮する必要もないでしょうし」 プリンスも少しがっかりしているようだ。 プリンスが意外と好戦的と首を傾げる望。
「あの数を個別に対処しなくて済んで良かったじゃないの。ハチに感謝だわ」 ミチルが意外とまともなことを言っている、と思った望をミチルが睨んだ。考えていることがわかったのかな?
『お母さん。アカがね、お腹がすいたって』 アカというのはハワイ島の研究所から送られてきた種から生まれた木の名前である。赤いからアカ、というわけだ。カリはすっかりお姉さん(?)気取りで面倒をみている。
『また? さっきあげたばっかりなのに。わかった。すぐ行くよ』
「もう作戦会議はいらないんなら、僕は部屋に戻るね。アカがお腹が空いたみたいだから」どこかの子育て中の母親のようなことを言って望が立ち上がった。
「大昔の木というやつかい?私にも見せてくれんかの?」亜望が興味深そうにねだった。
「いいよ。まだ芽がでたばかりで、そんなに他の木と変わらないと思うけど、色はすごくきれいなんだ」
結局全員で望の部屋に行くことになった。
「昨日よりまた大きくなりましたね」 プリンスがカリの横にいるアカを見て言った。
「そうだね。よく食べるから大きくなるのも速いのかな」 アカの葉に触れてエネルギーをあげながら望が答える。
「ほう、これが大昔の木か。 随分派手だな。何の木だ?」亜望が、30センチ程に伸びた真っ赤な木を物珍しそうに見て訊いた。
「それが、グリーンフーズの植物研究所でもわからなかったんだって。5万年くらいなら、植物は今とそう変わらないはずだから、わからないということは全くの新種かもしれないって」と望。
「へ~え、じゃあこれを育てた望が名前をつけてもいいわけだな。なんかすごい名前をつけてやったらどうだ?」リーが葉先を突きながら言う。
「僕が発見したわけじゃないから、植物学的な命名はできないとおもう。僕は日本語の赤からとってアカと呼んでるけど」
「赤いからからアカ?なんだそのイージーモードは。もうちょっと、こう、インパクトのある名前はなかったのかよ」 大昔の木だろ、とぶつぶつ文句を言うリー。
「リーのシンシンの方が確かに可愛い名前よね」 ミチルがからかうように言った。
「なんでそれを!誰から聞いたんだ?」 シンシンというのはリーが密かに自分の木につけた名前だ。木に名前をつけるなんて子供っぽい、とか言って望をからかっていたので、自分の木に名前をつけたことを皆には内緒にしていた。
「あ、ごめん。内緒だったの? カリから聞いたんだけど」望が申し訳なさそうに言った。
「カリから? 何でカリがそんなことを知ってるんだよ」
「時々シンシンと話をしているみたい」 望がなんでも無いことのように告げるのを聞いて、リーが青くなった。
「えっ、カリとシンシンが? おい、カリはシンシンがどんな話をしてるか言ってたか?」
「何を慌てているの?何か後ろめたいことでもあるの?」 ミチルが半分からかうような、半分疑うような目つきで訊いた。
「そんなことあるわけないだろ。ただ、シンシンが何を思っているのか知りたいだけだよ」
「カリはどんな話をしたとかは別に言ってなかったよ」安心させるように望が言った。
「そ、そうか」 明らかにほっとしている様子のリーを見て、ミチルが目を細めた。
「怪しいわね」
「そんなことより、アカは自分のことはわからないのか?」 明らかに話題を変えようとしてリーが訊いた。
「まだはっきり、意思の疎通はできないんだ。ちょっとぼんやりしてるかな。寝起きのような感じ?」
「5万年の睡眠は長いだろうな」亜望が頷きながら言った。
「ところでプリンス、この子もう少し大きくなったら研究所に返さなきゃ駄目かな?」 気にかかっていたことを訊いてみることにした。
「大丈夫ですよ。望にあげると言って送ってきたものでしょう? 返す必要はありません」プリンスがきっぱりと言った。
「でも、貴重な種だったんでしょ? 芽が出ないと思ってくれたんだろうから…」 とは言うものの、研究所に送り返したくはない望は言い淀んだ。
「気にしなくても大丈夫ですよ。もし、望が良いと思ったら、研究所から誰か来させますから見せてあげて下さい。渡す必要は絶対にないですからね」
「本当?それだけでいいんなら、何時でもどうぞ」 安心して微笑む望を見て、プリンスが頷く。
「といっても、しばらくあの研究所にそんな余裕はないと思いますので、大分後になるでしょうね。もしよければ、成長記録を撮っておいてもらえれば十分です」
大体自分に黙ってそんな物を望に送りつけた所員達への処分もまだこれからだ。更に、ハチから手に入れた情報によると、研究所の所員の中に情報をミラクルに売った者がいた。彼への対処も現在セキュリティ部門が検討中である。
「どうしたの、怖い顔をして。やっぱり大切な木だし、ここにおいておいたら困るんじゃない?」
雇っている人間の裏切りのことを考えていて、知らないうちに顔が強張ったようだ。プリンスは望を見て気持ちを切り替え、優しく微笑んだ。
「怖い顔って言われたのは初めてかもしれませんね。私の顔、怖いですか?」 落ち込んだフリをして問いかける。
「そんなことないよ! 勿論、プリンスの顔はとても優しくて綺麗だよ。怖いって、言ったのは、う~ん、言葉の綾で」 慌てる望にミチルとリーがため息をついた。
「おい、プリンスに遊ばれてるんじゃないぞ」 リーに言われて、プリンスが本気で落ち込んでいるわけではないのに気が付いた。
「もう、ひどいじゃないか」
「すいません。でも本当にこれまで怖い顔と言われたことはないですよ」 すました顔でプリンスが言った。
『お母さんの方が綺麗』
「えっ?カリ?」 カリとは違う感じがした。
『カリはここ。アカが言った。でも、カリも同じ。お母さんの方が綺麗』
「じゃ今のはアカ?」
『そう。アカ、私はアカ』