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9.マックとの昔話 

連邦で噂されているマックの悪行についての真偽は?

食後、大きな暖炉(マックの部屋にある暖炉の3倍はある)の前で香り高い紅茶を楽しみながらリーが切り出した。


「ところでミスター ウォルター、望から貴方がテロ行為には関係ないと聞いていますし、勿論僕たちは望を信じます。でも、その他の噂はどうなんですか?何しろこの200年ほど、犯人が捕まらなかった事件のほとんどに貴方の名前を上げられてきています。全部を信じているわけではありませんが、全く係わりがなかったと言っていいんでしょうか?」


 リーは以前から歴史的事件の真相解明に熱心で、時々プリンスと遣り合っている。


 この機会にはっきりさせたいことがあるらしい。


「さあ、何が私のせいにされているのか気をつけているのも面倒になってね。どの事件のことかな」


「2341年のウスマノフスキャンダルですが」


 ウスマノフ議員は当時、次期連邦大統領の最有力候補と言われていた。


 そして、AA連合の武力制圧派の筆頭でもあった。彼が大統領になったら、AAへの武力侵攻は間違いないと思われた。


 ところが2341年に、議員がその場にたまたま一緒にいたという女性も一緒に、何者かに誘拐された。


 その後、巨額な身代金の支払いを懇願する議員からの画像が議員の妻の元に届いた。


 連邦警察はいかなる誘拐事件でも身代金の支払いをしない方針である。


 しかし、連邦警察に知らせる前に、妻が身代金を支払ってしまった。


 その後、議員と女性は無事に帰された。


 しかし、議員と一緒に帰された女性の証言で、2人は秘密の逢引き中に何者かに拉致されたことが公になった。


 硬派の代表だった彼が身代金の支払いを懇願した映像がニュースに流されたこともあり、ウスマノフ議員は失脚した。


 連邦大統領には理論派で知られる議員が選ばれた。


「私達は、もはや見解の相違を暴力で解決するような野蛮人ではない」との名演説で、2595年にはAA連合との新南極条約を締結して冷戦に終止符が打たれた。


 その後の連邦警察の大掛かりな捜査にも拘らず犯人はついに捕まらなかった。


 この事件は余りにもAAにとって好都合なタイミングだった、としてこれに関してはプリンスとリーのの意見は一致している。


「あれは私じゃないよ。都合が良かったのは認めるが、やった連中は政治の事など考えていなかった」


「ということは、犯人を知っているんですね?」リーが身を乗り出した。


「もう亡くなっているから話してもいいかな。口外無用だよ?」


 全員が頷いてマックを熱心に見た。


「あれは彼の細君がやらせたことだよ。自分の後ろ盾と財力で成功させた夫が、若い女性に夢中になって、大統領になったら自分と別れて結婚するとまで約束しているのを知って余程腹が立ったんだろうな」


「どうしてわかったんですか?」


 リーが疑わしそうに聞いた。


「私も、あんまりタイミングと手際が良すぎたから、こちらのマフィアが係わっているかと思って調べさせた。彼らは無関係だったんだが、調査中に引退した誘拐プロが、仕事の打診を受けたというのがわかってね、秘密で調べさせたら打診してきたのが細君の関係者とわかった。結局マフィア関係者は使わずに身内でやったのがよかったのだろう。なかなか賢い女性だった。こっちは感謝こそすれ暴露する筋合いじゃあないからね」


「確か議員の奥さんは事件後すぐに議員とは離婚していますよね」プリンスが思案深げに言った。


「ああ、世評が連邦警察の反対を押し切って身代金を支払った彼女にとても同情的で、それを反映して彼女自身が議員になったよな」


「彼女はAAとの武力対決には反対で、平和的解決に大きく貢献したわ」


「立派な人だったんだね。」と望。


「そうね。でも、議員になるまでは特に平和主義者じゃなかったと何かで読んだことがあるわ」


「僕もそれは聞いています。急激な変化だったそうです」プリンスはそう言ってマックを見た。マックの目を覆うアイシールドを見通すような視線だ。


「ミスターウォルター、彼女があなたの影響を受けたということでしょうか」


「それはどうかな。私は議員の夫人とは会ったこともないからね。それより、マックと呼んでくれと言っただろう」


 マックは澄ました顔で答えた。


「それでは 2399年の…」


 今度はプリンスが尋ねた。


「あれはアンダー政府とは関係ないが…」


 プリンスとリーが交互に幾つもの事件を挙げていく。


 マックは時折、昔を思い出すようにしながら答えていった。


 殆どの事件はマックとは何の関係もなかった。


 マックが真相を知っている事件もあり、昔のことだからいいだろう、と話せる限りの範囲で望たちにも話してくれた。


「いろいろと失礼な事を伺ったのに、丁寧に答えてくださって本当に有難うございました」


 プリンスが丁寧に礼を言った。


「もうひとつだけ。2384年のロボットインフルエンザはどうですか?」


 リーがあわてて口をはさんだ。


「その件は濡れ衣だろうって結論だったじゃない」ミチルがあきれたように口をはさんだ。


「俺だって、マックがやったとは思わないけど、マックなら誰がやったかだけでも心当たりがあるんじゃないかと思って」リーが言い訳がましく呟いた。


「ああ、あれね」


 それまで淀みなく返事をくれていたマックが困ったように目を閉じた。


「あれは、私がやった」


 全員がマックを見つめた。


「マック、あの事件でどれだけの人が被害を蒙ったかわかってるんですか!いったい何故あんなことを?」


 望が不可解な気持ちでマックに尋ねた。


「私としては連邦のために一肌脱いだ積もりだったんだが」


「それじゃあ、最初から連邦政府にロボット労働の普及を見直させるためにやったんですか?」


 プリンスが疑わしげに聞いた。


「ほんの警告の積もりだったんだ。正直あそこまでの大事になるとは思わなかった。一時的にロボットが動かなくなれば、生産面のすべてをロボット任せにすることの危険性がわかると考えたんだが、連邦は思ったよりずっとロボット労働に頼っていたんだな。全く対応できずに被害が大きくなってしまった。私もやりずぎたと思ってヴィルスの治療コードを極秘で連邦に届けた。ところが、どうやらこの治療コードの出所が私とわかったらしくて、連邦政府があれを私のせいだと疑いだしたのは予定外だった。もっとも、余程懲りたとみえて、その後の連邦の対応も予測より速やかだった。結果的には成功だったと思っている」


「確かにあの事件のあと、各業界で生産の要には機械でなく、人間を使う事が義務付けられて、そのお陰で高齢者の就職難が随分解消されたわ。私は、結果的には良かったと思うけど、AA連合には何の関係もないでしょう?あれだけ大掛かりに一斉故障させるヴィルスを広めるには大変な費用と手間がかかったはずですし、理由は本当にそれだけなんですか?」とミチル。


「ということはオラクルの発狂事件もあなたの仕業ですか?」


 何かを考えていたプリンスがそう聞いた。


「ほう、さすがだね」


 マックが感心したようにプリンスを見た。


 コンピューターシミュレーションの精度が高くなったここ数百年、政府も大企業もすべての政策をシミュレーションしてから行うのが普通だ。


 それによって第3次世界大戦が避けられたのは有名な話である。


 2385年に、従来のようにシミュレーションだけではなく運営自体をスーパーコンピューターに任せようという動きが強くなった。


 反対意見もあり、争論の末、賛成意見の多かったドイツ地区の一部で実験的に地区全体の運営を SCスーパーコンピューターオラクルに任せることになった。


 3ヵ月後の第一回結果発表では大幅な出費の削減と、犯罪の激減が報告された。


 他の区域が同様の実験を検討し始めた。


 ところが5ヶ月目に入ったときいきなりオラクルが不可解な指令を出し始めたのだ。


「私はプログラムにたった一行付け加えただけだ。『無駄を省くことを最優先しろ』とね。あとはすべてオラクルが自分で判断して行動した」


「なぜそんなことを?」


「コンピューターが人間の頭脳を超えたと言われてからすでに500年だ。もし彼らが自意識を持ったらどうすると思う?私たち人間をみて何を思うだろうか」


「人間は彼らの創造者ですから、神のようなものではないんですか?」とリー。


「かつて人間が神を崇めた様に?その神は今どこにいるのだろうね」


 「私のやったことが、正しいか、間違っていたかは、私にはわからない。何が正しかったかなんて後になってみないと、いや後になってみても、わからないかもしれない。だからと言ってその判断をオラクルのような機械にすべて任せて良いものかな。どんなに優れたコンピューターでも、コンピューターは機械だ。与えられたデータが間違っていれば結論も違う。なによりプログラムを作ったのは人間だ。

 私たちにできるのは自分の正しいと思う方向に転びながら進むことだけだよ。」


「何と言おうと、連邦政府の政策によって、連邦市民の生活水準が画期的に向上したことは間違いないじゃないですか。そしてその計画のほとんどはオラクルのようなSCによるシミュレーションのおかげです」リーが同意しかねるとばかりに言う。


 誰もが連邦成立前の貧困地域の様子を歴史で学んでいた。

 争いと飢えのなかで、教育を受けるチャンスもなく犯罪に走る子供たち。

 それらの地域が今ではきれいに整えられた町となっている。誰もが設備の整った家に住み、飢えとは無縁である。自分に合った教育を受け、もし才能が認められれば出世の可能性もある。


「もっとも、私はロボットの人間化を遅らしたかもしれないが、代わりに人間のロボット化が進んでしまったようだ」


 マックはそう言ってため息をついた。


 ロボット労動力と対抗するためには、適正テストで指示された仕事を機械並みの正確さでこなさなくてはならない。それには初等部からの訓練が必要な職種も多い。

結構やっていたんですね、マックさん。

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