65.その頃
「おい、どうなってるんだ?」
ブレイブ ニュー ワールドのオーナー、ギリアン ジョーンズは自室で再生していた、天宮望により”再生”されたホロイメージが突然消えたのを見て慌てて、技術者をよんだ。すぐに直せると思っていたのに直せない。 ボスの機嫌が悪くなっていくのを見て焦っているのがわかるので、余り顔には出さないようにしていたが、とうとう我慢できなくなってしまった。
「それが、機械には異常ありませんので、もう一度同じデータをダウンロードしようとしたのですが、元のデータが見つかりません」技術者が困ったように告げた。
「そんな馬鹿な。ウィルスか?」滅多にないことではあるが、ライバル業者からのウィルス攻撃は時折ある。そんなものに引っかかることのない一流の設備と技術者を使っているが、考えられないことではない。もしそうなら、相手を突き止めて制裁してやらなくてはならない。
「それが、わからないのです。メインデータバンクも含めて精査しましたが、ウィルスは全く発見されませんでした。ただ、わずかに総データ量が減少しているので幾つかのファイルが失われたと考えられるのですが、消された記録が全くございません。或いは内部の犯行も考えられます」ジョーンズは技術者の言葉に驚いて考え込んだ。
「至急何のファイルが無くなっているのかを特定しろ」 そう命じて部屋から技術者を追い出すと、ため息をついてホロイメージのあった場所を見つめた。 あのイメージが消えてから、部屋が無味乾燥に思える。
「それにしても、一体誰が…」 ふと気がついて、自分のLCに天宮望に関するファイルをすべて表示するように命じた。
「その名前のファイルはございません」 やはりか、という思いがあった。
ブレイブ ニュー ワールドのあるネオ東京から南に約8000キロ下りたところにある都市、メルボルンの高層ビル内では、A&A政府の情報局局長が頭を抱えていた。大きな予算をかけて集められた情報の一部が完全に消えたのだ。
「消えた情報のリストからして、グリーンフーズか、天宮望、或いはその両方からの報復という線が濃厚だと思われます」そう言って報告を締めくくったのは情報局一の古株で凄腕の情報員だった。
「証拠はないのか?何か痕跡があるはずだろ?」 それさえあれば、それを元に交渉もできる。
「精査致しましたが、侵入の跡もなく、まるで最初から存在していなかったかのようです」彼の声には、かすかに称賛の響きがある。
「それで、どうされますか? もう一度調査をかけますか?」 情報員の声に局長は慌てて顔を上げた。
「待て。侵入経路がわからないのであれば、いつまた侵入されるかわからない。今度はもっと多くのファイルを消去される恐れもあるし、こちらの情報は筒抜けだ。侵入経路を特定して、対策ができるまで、天宮望と彼に関係する調査はすべて中止とする」
「わかりました」 情報員は頷いて、部屋を出ていった。表情の読めない顔には何の感情も浮かんでいなかったが、局長は彼が安堵したような気がした。彼も自分と同じで、半世紀以上前にマクニール ウォルターに手を出そうとして情報局のデータバンクが完全に白紙にされた事件を思い出しているに違いない。
「後継者、か」
消された情報に驚いて手出しを一時的にしろ諦めた組織が多い中で、諦めの悪い者たちもいた。
「くそっ、まだ侵入元を特定できないのか? 役たたずめ」 ミラクルフーズ代表のシャオ シャンは、香港を見下ろす高層ビルの最上階にある豪華な部屋で、癇癪を起こしていた。
「せっかくグリーンフーズのハワイ島研究所の所員から情報を買うことに成功したのに、すべての記録がなくなるなど、彼奴等の仕業に間違いない。証拠を掴め。訴えてやる」 もともと違法に手に入れた情報がなくなったからと言って訴えられるものではない、と側に控えている、人間のアシスタントは思ったが、それを口に出すことはしない。その辺が、彼がアンドロイドのアシスタントより重宝される理由であるのを、よくわかっているのだ。
「このままではすまさないぞ。あのお貴族ぶった一族に一泡吹かせてやる」




