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8. バルカニズム ?

漸くマックの家に到着します



「ミチル、何がそんなに可笑しいんだ?」


 自分のLC、キラが目前にスクロールしているホロスクリーンを見てミチルが笑っている。


 それを見てリーが聞いた。


 ミチルはリーの方にスクリーンを向けた。


「昨日返されたテストじゃないか。そんなに面白い問題があったか?」


「問題じゃないわ。答えよ」


「へえ、ウォン先生の社会構造史のテストじゃないか」


「そうよ。『バルカニズムが生まれた背景と社会に与えた影響』」


「確かに興味深い課題でしたけれど、面白いと言えるかどうか」とプリンス。


 覗きこんで読み始めたリーが興味を引かれた様子で言った。


「ミチル、俺に全文ダウンロードしてくれよ。ついでにプリンスにも」


「いいわよ。キラ、現在のファイルをヨタとブラクに送って頂戴」


 ヨタはリー、ブラクはプリンスのLCだ。


「了解。送付終了しました」




 リーが声にだして読み上げ始めた。


「『バルカニズムとは20世紀から22世紀にかけて旧アメリカで放送されたSFドラマシリーズ、スタートレックに登場した、太陽系から約16光年離れたエリダヌス座40番星の惑星バルカンに居住するバルカン星人の哲学、生活様式に基づいた思考法であるー誰の答案だこれ?」


「『バルカン哲学の基礎は古代バルカン人、スーラック(279ー481)により築かれた。古代バルカン人は強い感情の赴くままに行動し、争いが絶えなかった。スーラックは感情の起伏や破壊的衝動をコントロールするための論理の使い方を詳細に説いた…


 その後、文明が発達すると共に感情を抑制する様々な手段が発達した。


 タン サット:知性で感情の動きを制覇し、感情からの完全な開放をなしとげた状態。思考回路と、感情の動きを理解することによってこの状態に達したバルカン人は怒り、強欲、偽り、その他のすべての悪徳と無縁になる。


 また、自分の行動だけでなく、他人の行動を理解するためにも心理学が用いられた。


 Cthia:多くのバルカン人が信じている哲学で、感情よりも論理を重んじる。いかなる感情の発露もー否定的なものもそうでないものも含めすべて一切禁止される...


コリナー:感情をなくすることを達成した状態・・・・ これはバルカン人がかつて持っていた感情を捨て去った、ということではない。 ただ、それに全く影響を受けないで判断をくだす、とことである。 好奇心だけは認められた感情であり、逆に恐怖は全く必要のない感情とされている。

 ......

 バルカン人は動物の命をとらない。彼らは、生命は大切であり、例えそれが敵の命であっても掛け替えのないものであるとの信念を持つようになった。

 ......

 一方、それに反対するバルカン人もいた。『論理を持たないバルカン人』と呼ばれた一派である。


 ロミュラン人は、こうしたスーラックの教えに反対したバルカン人がバルカンを去って別の国を作ったものである....


 私は、論理的なバルカン人であれば、それを受け入れない人々をも受け入れて共存する道を探すべきではなかったかと考えます。そうすれば後のバルカンーロミュラン100年戦争は避けられたはず...ってどこの国の話だよ?」


 半分眠りながら、ぼんやり聞いていた望の顔色が変わった。


「ミチル、それ僕の答案?いつの間にダウンロードしたの?」


 採点済みの答案は昨日それぞれのLCに返却されていた。


「なんだ。今頃気がついたのか」


「昨夜のうちにダウンロードしておいたのよ。望の成績をチェックするのも私の役目のうちよ。成績が落ちたら報告しなくちゃならないもの」


 ミチルが当たり前のように言った。


「そんなの初等部の時だけだろう?」


「あら、テストの度に確認してるわよ。望も私の答案をいつ見てもいいのよ」


 優等生のミチルのテストは殆ど満点である。


「そんなことより望、アリゾナにあるバルカンラボがインヒビターを発明したことを知らないの?それでインヒビターを使った感情抑制と論理重視の政策が当初バルカニズムと呼ばれたのよ」


 ミチルができの悪い子供に教えるような調子で言った。


「しかし、そう呼ばれたのは、スタートレックのバルカン哲学とかけていたせいかもしれません。或いは、バルカン ラボの名称がそこから来たのかもしれませんし、まるきり関係ないとはいえませんよ」プリンスが助け舟を出そうとするが、笑っているからあまり真剣みはない。


「それはないだろう?バルカンというのはギリシャ神話の火の神だ。ラボの名前はそっちからとったに違いないぜ」 リーがまだ笑いながらプリンスに反論する。


「しかし望の20世紀の文化に対する知識は素晴らしいですね。私もスタートレックや、バルカン人という名称は聞いたことがありますが、ここまでの深い背景は想像もつきませんでした」 プリンスがまじめな顔をして望を褒めるが、


「そういうどうでもいい事ばかりに情熱を注ぐ人の事を21世紀では『オタク』と言ったらしいわよ」

 ミチルにさり気なくバカにされる。


「ナナ、何故僕の許可なくミチルにアクセスさせた?」


 ミチルに文句をいうことはあきらめてナナに文句をつける。


「リー ライ、アレクサンドレ オルロフ、ミチル ヤナギには、確認なしでアクセスさせるようにとの指示を受けています」


「僕がいつそんな指示を出した?」


「2452年、5月21日、22時32分『本当に融通が利かないな、ナナは。リー、アレクサンドレ、ミチルからのアクセスはすぐに繋ぐように設定しただろう?確認は必要ない』」


 ナナが再生した自分の声を聞いて望が絶句した。


 それを見て、リーが再び笑い出した。




「それにしてもウォン先生、この採点は甘すぎませんか?完全に論点がずれているのに何故90点なのですか?0点で当然だと思いますけど」ミチルが不満そうに言った。


「まあ、僕の問題の出し方にも責任があったことだしね。地球人社会において、と明言すべきだったかなと」


「そんなこと、地球の他の文明など発見されていないのですから、地球人とわざわざ言わないのは当然のことです。第一、バルカニズムという呼び方は元になったスタートレックのなかでは全く出てきませんから、そこから間違っているのは明らかです」


「えっ、そうなの?バルカン論理主義をバルカニズムと言わないの?」と望。



「そうよ。念のために調べたから間違いないわ」



 あいかわらずミチルは、望をいじめるためなら努力を惜しまない。



「いいじゃないか、柳さん。正直言うと何百枚も似たような文章を読むのは結構疲れるんだ。天宮君の答案のお陰で退屈しないですんだ。そのお礼も入っているんだ」


「退屈な答案を書いて申し訳ありません、先生」


 プリンスが澄まして言った。


「俺も今度からもっと先生を楽しませる答えを書くことにしますよ」とリー。


「おいおい、わざとそんなことをしても駄目だよ」


 ウォン先生があわててリーを窘めた。本当にやりかねないと知っているのだ。



 オーストラリア


 バッファロークリーク


 入国手続きを車内で済ませて、先日と同じようにマックの家の横に車を乗り付けた。


 さすがのマックも32人の護衛隊といわれて苦笑していた。


 もっとも彼らはマックの家からは見えないどこかに宿泊所を設置し、交代で家の外から護衛する、らしい。


 さすがにプロで、望たちには彼らの姿は見えなかった。


 その夜、マックも加わっての食卓にはマックお勧めの大きなステーキが並んだ。


 ちなみに、ゴーストは焼いたニジマスを丸ごと供され、ご機嫌である。


 普段は人前には出て来ないのだが、プリンスには懐いている。


 自分の食事がグレードアップしたのがプリンスのお陰だとわかっているのか、それともゴーストもやはり女だったということか。


 望とプリンスの間に座って上品に魚を食べている。


 望は密かにゴーストの夕飯と自分の前におかれたステーキを交換できないものかと思案していた。


 望は殆ど肉食をしないが菜食主義者というわけではない。魚肉のIV肉がどうしても本物のようにいかないのもあり、養殖魚は連邦でも広く食されており、望も魚は密かに好物である。IV肉も普通に食べる。


 ただ、草原で草を食んでいる牛の群れを見て、もしかしたら、という思いが拭えなかったのだ。


 目の前に饗された肉は明らかに望が慣れているIV肉とは色も匂いも違っていた。


「このステーキは、IV肉ですよね?」


 工場で製造される肉は本物の肉の細胞から生産されるので、味も見かけも動物を殺していたころの肉とそっくりで、ほとんど区別がつかない。(もっとも望たちは誰もそういった肉を見たことがないので絶対とは言えないが)


 ミチルが望の前に置かれたステーキを見て疑わしげに尋ねた。


 ミチルはベジタリアンで彼女の前には彩りのきれいな焼き野菜が置かれている。


 リーはもう肉にナイフを入れて、返事がどうでも食べる姿勢をみせている。



「そうだよ。これはアンガス牛のサーロインだ。アンガス牛のなかでも特においしいのを基にして特別に作ったものだ。大量生産の肉とは製法も違うし、味は段違いだよ」


 マックがちょっと得意気に請合ってくれたので、望もステーキを口に運んだ。



「うまい!」



 リーが叫んだ。



「本当においしい」



 望が同意するとミチルが横目で2人を睨んだ。


 ミチルは常々望とリーをベジタリアンにしようとしている。



「肉食は人間を攻撃的にするのよ」



「それは迷信だぜ、ミチル。ケインから始まって、ジンギスカン、20世紀じゃあのヒットラーにチャールズ マンソン、22世紀には10万人以上を殺戮した環境テロリストの連中も皆ベジタリアンじゃないか」



「それにミチル」



 望が小声で付け加えてテーブルの下でミチルに思い切り足を踏みつけられた。



「そんなごく一部の例を持ち出すなら偉大なベジタリアンは数え切れないくらいいるわ。


仏陀、孔子、ソクラテス、プラトン、ニュートン、アインシュタイン、エジソン・・・」



 果てしなく続きそうなミチルの言葉を遮ってプリンスがマックに尋ねた。



「肉をとるためではないと伺って安心しましたが、それでは牧場にいる牛は何をするために飼ってらっしゃるんですか?ペットにしては数が多過ぎると思うんですけれど」 



「あれは乳牛だよ。ミルクの工場生産が普通になって、酪農が必要なくなったあとも、この辺ではまだ乳牛を飼っていた個人が残っていてね。私がこの土地を購入した時、一緒についてきた。放っておいたら増えてしまって。今では近くの住民がミルクを絞ってくれる。ヨーグルト、チーズもバターも全部ここで賄っているんだが、一味違うだろう?」


「ミルク?チーズ?」


 ミチルが悲鳴のような声を上げた。


 望とプリンスも軽食に饗されたチーズが胃の中で固まったような気がした。あれがあの牛から出てきたって?


「そんな事をして、牛は大丈夫なんですか?」


 望が非難がましい目でマックを見て問い詰めた。


「子牛一頭では余るように作られてしまっていてね、絞ってやらないと苦しいそうなんだよ。嘘だと思ったら明日の朝早起きして見にってごらん。気持ちよさそうにしているから」


 笑いながらマックが言った。


「本当ですか?じゃ僕、明日の朝行ってみます。皆も行くよね?」望が熱心に言った。


 ぎょっとした表情のリーとミチルを無視して、プリンスが場所と時間を聞いている。


「牧場にはカンガルーもいますよね。あれは飼ってらっしゃるんですか?」ミチルが更に尋ねた。


「カンガルーは別に飼っているわけじゃない。昔からこの辺に住んでいたからそのままにしてあるだけだよ。餌を与えてるわけでもないしね」


「そのままにしておいて増えすぎた牧場のエコシステムに悪影響を与えたりしませんか?」プリンスが聞いた。


「カンガルーはメタンガスを出さないから、牛に比べると環境に与える影響は少ないんだよ」マックが言った。


「それに何といってもこの国のシンボルだしね。一時期毎年300万頭も殺されていたそうだからその罪滅ぼしと思ってね」



IV肉: IN Vitro meat(培養肉)の略語


バルカニズム:バルカン ラボが開発した抑制剤インヒビターによって肉体に害を与えずに本能を抑え、それによって本能、感情に左右されない論理的な思考法を確立する手法

性インヒビターは強制、感情インヒビターは強制ではないが広く使われている。

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