55. ブレイブ ニュー ワールド
「なんだか怪しい話ね」 ミチルが警戒するように車窓から外を見ながら言った。
ミチルとプリンスも一緒に行こうということになって、プリンスの車で地下街を走っている。これまで地下街に行くことなどなかったので、望は知らなかったが、プリンスの家の地下は直接地下に出られるようになっていた。護衛が2人運転席に座っている。
「ブレイブ ニューワールドはネオ東京でも有名なゲームセンターらしいですから、そんなに怪しいところでもないようですよ」 自分のLCで情報を見ながら、安心させるようにプリンスが言った。
「そうなの? なんだかちょっと怖そうな人だったけど」ジョーンズ氏を思い出して望が言った。
「彼はまだ37才だそうですよ。29才の時に小さなゲームセンターを引き継いで、わずか5年でネオ東京一のレクリエーションセンターにしたということです」
「そんな大手なら、故障がすぐ直せないなんて余計に怪しくないかしら。それに専門家が直せない故障を何故望が直せると思うの?」 ミチルはまだ納得できないようだ。
「それはわからないけど。ジョーンズ氏は、直すのに時間がかかるって言ってたよ。それで、リーが僕ならもっと早く直せるって言ったらしいんだ。ジョーンズ氏は僕を呼ぶのにあんまり乗り気じゃないみたいだった」
「時間がかかるだけなら、ほっておけばいいじゃないの。もともと遊びに行ったのはリーの勝手なんだから、プリンスにまで迷惑をかけることじゃないと思うわ」なる程、ミチルはプリンスに迷惑をかけることを心配をしているのか。
「そんなに遠いところでもないですし迷惑ではありませんよ。ああ、もう着きましたね」プリンスがミチルを宥めるように微笑んで言った。
車から降りると、そこは地上の真昼よりも明るい世界だった。
「僕、目がチカチカしてよく見えない」
「悪趣味ね」目を細めたミチルが望の横に立ちながら呟いた。目の前には全体がギラギラと光り輝いている巨大な宇宙船のような物が、宙に浮いているように見えた。
「お待ちしておりました」宇宙船の下から派手に光るオレンジ色のユニフォームを着た若い男性が近づいてきた。 プリンスの護衛の一人が前に立つと、男は両手を上げて、無抵抗の意思表示をしてみせたが、顔はちょっと馬鹿にしたように笑っている。
「私はここのマネージャーをしておりますトーマス サイジョウと申します。オーナーのジョーンズより天宮様をご案内するように言われております」そう言ってちらっとプリンスを見た後、真っ直ぐに望を見た。
「天宮望様ですよね」 断定されて思わずうなずいた。
「はい、天宮です。リーはどこですか?」
「ご案内します」 サイジョウはそう言うと、警戒する護衛やミチルには見向きもせずに踵を返して宇宙船に向かった。
宇宙船の真下に来ると、透明のエレベーターがあり、それに乗って店内に入る仕組みだった。足元まで透明で、外から見るとビームアップされてるように見えるんじゃないかな、と望は少し楽しくなった。
「お友達がいらっしゃるのは第3エリアのホロデッキです」 そういいながら、手首のLCを操作してエレベーターを止めるとそこは白い廊下で、両側に幾つかのドアが見えた。内装も宇宙船を模してあるらしく、窓の外には地球上ではありえない景色が広がっていた。
「ホロデッキ?」 ホロデッキは20世紀のテレビドラマ、スタートレックに出てくるレクリエーション用の部屋だ。一時期これを実現しようと研究した企業もあったらしいが、分子から様々の物質を一瞬にして作り出す技術というのは難易度が高すぎて、現実的ではないとされいたはずだ。
「ホロデッキを作るのに成功したの?ということはレプリケーターも?」 望は驚いてサイジョウを見た。
「いやいやレプリケーターができたら、こんなとこにないでしょ。昔のドラマに出てくるホロデッキのようにはとてもいきませんがね、少なくともこれまでのホロイメージとはレベルの違う現実感が楽しめますよ」苦笑いしながらサイジョウが言った。
「レプリケーターって、何を言ってるのよ」 ミチルが呆れて望を見た。
「だって、ホロデッキを実現するにはレプリケーターが必要じゃないか」 どうやら違うらしい、とがっかりする望。
「ここが第3エリアです。ライ君とお友達の3人はこの中ですが、プログラムに不備があったらしくて、時間が来てもプログラムが終了しないため、エリアから出られないんですよ」
「どうやってリー達と連絡をとったのですか?」 とプリンス。
「こちらにコントロールセンターがあります。そこで、中の様子は逐一監視しております」
向かい側の部屋に案内されると、その部屋には十数台のスクリーンが並んでおり、そのうちの一つにリーの姿が見えた。