52. 帰ったら…
「これで終りね」 ミチルがほっとしたようにつぶやいた。
あのバオバブの老木との出会いの後も、望達は主にマックの所有していた自然保護地区を中心に回り、つれてきた”子供たち”全員にお気に入りの場所を見つけることができた。最後に立ち寄ったナイル川のほとりからネオ東京に向けたジェットの中でやっと少し肩の力を抜くことができた。
テロ活動の盛んなアフリカ地域での滞在は、護衛を自任しているミチルにとって気を抜けないものだった。
いくら本職の護衛隊が付いているとはいっても、彼らが護衛しているのはあくまでもプリンスである。プリンスと行動を共にしている望達も護衛の範囲には入っているが、いざとなれば当然プリンスを優先する。そのため、ミチルは決して油断することなく望に張り付いていた。
最近の出来事で、ミチルは何故望を守らなければならないのか、わかってきた。
望には決して言わないが、最近の望は変わった。人間離れした不思議な雰囲気を漂わせている。望の特殊な能力はこれからの人類を変えていくのではないか、と考え始めていた。多分望に流れる天宮のDNAを失くしてはいけないのだ。望には決して言わないが。
「ミチル、有難う、付き合ってくれて。大変だったでしょ?」 望がミチルに頭を下げている。
「本当よ。なんであなたの木はみんな違うところに住みたがるわけ?」
そうなのだ。どの地域もなかなか住み良さそうだと思った。少なくとも木にとっては。みんな同じところでもいいんじゃないか、と何度も思ったが、必ずもっと違うところ、という子がいて結局アフリカ大陸の端から端まで廻るはめになった。
「それはしょうがないよ。みんなが同じところを好きになるのは無理だもの。ほら、人間だって好みがあるだろ?」当たり前のように望が言った。そう、これが望である。
「もう、ほんとに」 ミチルは深いため息をついて残りを飲み込んだ。
「おいそれより、帰ったらすぐだな」
「え、何が?」 望が何のことかわからずに首を傾げた。ミチルとプリンスはわかっているようで、頷いている。
「何がって、のんきなやつだな。学年末のテストだよ」
「あ~そうか」 すっかり忘れていた。
「一番心配な望が一番のんびりしているのはどうかと思うわ。基準点をとれなければ進級できないわよ」
そうなのだ。望達の学校は、他がどんなに優れた成績でも、一科目でも基準点に達しなければ落第だ。
テストのことなどすっかり頭から抜けていた望は、落第したらどうしようと青くなった。
とはいうものの別に望が劣等生というわけではない。苦手な科目はあるが、殆どの科目では楽に基準をクリアしているし、ホロプログラムでは教師より優れているとさえ言われている。ただ、一緒にいる仲間が特別に優秀すぎるのでどうしても劣等感を抱いてしまう。
「どうしよう。すっかり忘れてた」 今からなんとかなるかな。頭の中でやらなくてはならない範囲を思い出してみる。テスト範囲なのにまだ読んでない資料がかなりある。
『お母さん、どうしたの?』 カリが心配そうにしている。
「なんでも無いよ、カリ。ちょっと読まなくちゃいけない本があるだけだよ」 いけない、いけない。こんな情けない姿を子供達に見せたら。
(ハチ、試験範囲の資料をみせてくれる?)こっそりとハチにお願いして、リストを見る。そのなかから 1冊を選んで、ハチにスクロールしてもらい、取り敢えず読むことにした。
「望、そんなに慌てなくても帰ったら一緒に試験勉強しませんか?」 プリンスが言った。
「プリンスは勉強する必要なんてないんじゃない?」 望が目で文字を追いながら言った。
「そんなことはないですよ。私も今回は全く試験の事は忘れていましたから帰ったらやろうと思っていたんです」
「そうなの?それじゃあ一緒にやろうか」 プリンスも忘れていたと聞いて何だか安心して、本を止めた。
「望、プリンスは試験のことなんか考える必要がない実力なんだから、忘れていても良いのよ。自分と同じだなんて安心するんじゃないわよ」 ミチルに鋭く突っ込まれて反論もできない。
「わかってるよ」 ハチにもう一度スクロールを始めてもらった。
「よし、今度こそミチルを抜くぞ!」 リーが勢いよく宣言して自分も本を読み始めた。
「夢を見続けられるって素晴らしいわね」 ミチルはそう言って、それでも自分も本を読み始めた。




