49.別れと出会い
アカシアが教えてくれた『小さな湧き水』は思ったより大きくて、小さな湖のようだった。辺りには木がまばらに立っていたが、距離が離れており、望の子達の成長には問題なさそうだった。
「じゃあ、元気でね。何かあったら僕かカリに教えてね。すぐに来るから」 ちょっと涙ぐんだ望が
なかなか立ち去れないでいるのを、ミチルがしびれを切らして、無理やり車に押し込んだ。それを見て、やはり自分の木と別れを惜しんでいたプリンスが諦めたように車に乗り込んだ。
「ハチ、出発して頂戴」
「かしこまりました。ミチル様」
「ミチル、乱暴はやめてよ。ハチ、なんでミチルの言うことを聞いているの?」 ハチに八つ当たりする。
『ミチルには逆らわないほうが良いね』と望様がおっしゃいました。
「何時そんなこと言った?」言ったような気がしないでもないけれど。
「これまでに18回おっしゃいました。すべての日時が必要でしょうか?」
「もう良いよ。それにしても僕に聞かずにミチルの言うことをきくなんて」こっそり文句を言ってみるがハチにもミチルにも無視された。
『カリはお母さんの言うことしか聞かないよ』 カリが慰めてくれる。
「カリは本当にいい子だね」 カリの植木鉢を抱きしめてそう言うと、葉っぱが嬉しげにプルプルと慄えた。癒やされる。
「望、ぼんやりしてないで、まだ行くところがあるんでしょ?」
「うん。もう一箇所、KAZA自然保護区のボツワナの辺りにあるところなんだけれど、僕は行ったことがないんだ。カリがあの辺りが良い、っていうんだけど」
「カリが? カリは望の見たこともないところのことがどうしてわかるのよ?」ミチルが不審者を見るような顔つきで望の膝の上のカリを見た。
『おいでって言われたんだもの、カリは。お母さんを連れておいでって』
「なんだか、僕を連れてくるようにいわれたんだってさ」
「言われた?なにそれ。誰かがカリを通じて望をおびき出そうとしているわけ?」 ミチルが一層怪しいものを見る目つきになっている。
「心配しなくても、カリに伝えるということは人間じゃなくて、植物だから」 望はミチルを宥めるように言った。ミチルは望の安全にはとても神経質だ。
「それにしてもここからカリに話しかける奴って、すごいな」 リーは素直に感心している。
「望様、ボツワナ地区に入りましたが、この後はどういたしましょうか?」 車を動かしているハチが訊いた。
「カリ、ここからどっちにいくの?」
『う~ん。あっち』 カリが望に方角を見せた。
「わかった。 え~っと、 大体この辺かな?」 カリに言われた場所を、ハチが展開したホロマップ上に見つけて、指差す。
「かしこまりました。 後15分で到着致します」
正確に15分後、ハチがこれ以上は車で入る事が禁止されていると言った。車から降りると、低い灌木の生い茂る草原に立っていた。 その中にたった1本、巨大な古い木が立っていた。
「あれだよな?」とリー。
「間違いないわね」とミチル。
「どうカリ?」と望。
『あそこの木だけど、今は聞こえない。眠ってるみたい』
「とにかく傍まで行ってみましょう」 プリンスに促されて全員大きな木に向かって歩き出した。近くに見えたが道がないので歩きにくく思ったより時間がかかってしまった。
『ああ、やっと来た』 突然弱弱しい声がした。
「はい、カリを呼んだのは貴方ですか?」
『ああ、マザーの瞳が生まれたと感じて、最後にどうしても会ってみたかった』
「最後?」 この辺りも開発されるというのだろうか?
『もう長いこと生きてきて、もう生まれ変わる力は残っておらん。最後にもう一度、昔の友の子供と話してみたかった。昔はこの辺りにいたものだが、もういなくなって長い時間がたった。来てくれて有難う』




