44. 砂漠再び
「なんでカリも連れてきたの?カリは手放さないって言ってたじゃない。気が変わったの?」 ミチルがカリを膝の上に抱く望を見て訝しげに訊いた。
『カリはお母さんのそばから離れないの。でも、お母さんがカリのいたところに行くから、一緒に行きたいって言ったの』 ミチルの質問にカリが答えているが、それミチルには聞こえないからね、カリ。というか、カリは他の人の言葉もわかるんだよね。本当に賢い子だ。
「あの砂漠はカリの故郷だからね」とミチルに言った。
「ああ、そういえばあそこにいたんだったわね。あんまり色々ありすぎて、すっかり忘れていたわ」
ネオ東京を発って3時間ほどで開発基地に着いた。10個程の植木鉢を移動用のカートに載せて、まずカリのもとの木があった辺りへとのんびり歩いていく。先日案内してくれたジャビールが一緒に来てくれた。彼にはこちらに残していく子の世話をお願いしなくてはならない。
「あったあった。この木だよね、カリ?」 望がカリと出会った場所にあった大きなカリの木を見つけて、カリに確かめる。
『そう。私はここでお母さんを待ってたの』
「待ってた?」まるで望が来るのを知っていたような言い方だ。
『長い間、待ってた』長い間? カリの時間感覚は人間とは違っていて、長い間、というのがはっきりしないが、待っていた、ということは…
「カリは僕が来るのを知っていたの?」
『お母さんが来ることはわかってたの』
「望、どうかしましたか?」 首を傾げる望を見てプリンスが訊いた。
「カリがね、僕が来るのを待っていたっていうから、どうして僕が来ることがわかったのかと思って」
「それは不思議ですね。カリはあの時ここに望が来ることを知っていたのですか?」
「そうじゃなくて、多分、いつか僕か、僕のような誰かが来ることを知っていて、待っていた、という感じ。長い間待っていたそうだから」
「長い間… 1年10年か、或いは100年か1000年か」 プリンスが呟いた。
「しかし、ここに望がくることを知ってたなんて、やっぱりカリは超能力持ちだな。カリ、一緒に世界征服しようぜ」 世界征服から離れてよ、リー。
望の運んできた木々がざわめいた。大きなカリの木を見て感心しているようだ。数十メートルはあるので、この辺りでは最も大きい。
「この辺りがいいのかな?」 誰にともなく訊いてみた。
『ここはカリがいるから、もう少し離れて、もっと日当たりのいいところがいいって』
「確かにこの辺りでは小さいと日が当たらないね」 もう少し砂漠の近くまで進んでみる。 砂漠と言っても、この辺りは多少雨が降るし、冬もそう寒くはならない。水さえ補給すれば、植物は育つという。
植林されて開発済みの地域と、砂漠の境界にたつと、その景色の違いに驚かされる。まるで2枚の別の地域の写真を並べて見ているようだ、と思う。赤っぽい砂漠の景色は、どこか両親が住んでいる火星の景色のようだ。美しいが、人を寄せ付けない美しさだ。
『…と…はここが良いって』 カリからの呼びかけに思わず彼らを見てしまう。
「ここはほかの土地よりは厳しい環境だと思うけれど、本当にここが良いの?もとはマンゴーの種なのだから、もっと雨の多い熱帯地方が良くない?」
『もうただのマンゴーじゃないんだって。ここが好きみたい』
ただのマンゴーじゃないって、いったいどういう意味だろう。この子たちを育てるとき、望がイメージしていたのは、夢の中で見た、優しくて自分と心を通わせられる木々だったはずだ。それ以外に特別な事は考えていなかったはずなんだけど。勿論大きくて美味しい実をつけてくれるようには願った。
結局2本をそれぞれから少し離れた日当たりの良い場所で、砂漠が見える植林地の中に植えた。
案内してくれたジャビールは古くからこの地域に住む先住民の末裔で、カリの木をとても大切にしていた。望の植えたマンゴーが果たしてこの場所で実をつけるのか疑問に思ったようだが、大切に面倒をみると約束してくれた。
2本の木と別れた望達は、マックの家に一泊して、翌朝アフリカに向かった。