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33. 巣立ち

 ウィルソン氏に案内されて、研究所で行っている様々な実験を見学した。外観が平屋の研究所なので、地下に伸びているのだろうと思っていた望達は、本当に1階建てと聞いて驚いた。

 その後、どこまでも続く研究所の広さにもっと驚いた。建物の中にも日光が差し込むようになっていて、日中は照明が不必要だという。研究所内のところどころに植木鉢や小さな庭になっている箇所があり、花や果物、穀物、木々、雑草のような植物、などがそれぞれの種別に植えられていた。


 いろいろな植物を、様々な環境で育てたり、遺伝子シュミュレーションに基づいた交配も行っている。通常の麦の倍はありそうな麦の穂もあって重そうだったが、全体が強そうでいびつな感じは受けなかった。

 全く新種の果物もあった。何年もシュミレーションを重ねて作り出したという。望のやっていることも新種の果物を作り出すことだが、かかる時間は桁違いに短い。この研究所が望達の木を研究したいというのもあたりまえかな、そう思ったが、無理やり実験されていないか不安で、あたりの植物の意識と同調してみる。

 望が感じた限りでは、どの植物も満足しているようだ。


 果てしなく思えた研究所の建物が漸く終わり、外に出ると、そこは一見雑多な植物が思い思いに伸びているような森だった。


「これは研究所の植物なんですか?」 全く人の手が入っていないように見える森を見て望が訊いた。


「研究所の実験用の森林ですが、もともとは自然な森林です。自然な状態での観察と実験を行っています」


 森の中には、可愛い赤い花をつけた木が何本かあった。見慣れない木だが、花が可愛い。


「この木はオヒアと言ってキラウエアの溶岩の上に育つ木です」 ウィルソンが、赤い花を見上げている望に言った。


「溶岩の上に?」そんなことできるのだろうか。


「もちろん温度が低くなってからですが、周囲がすべて溶岩に覆われた大地から芽を出すのです」


「へえ、君はすごいんだね」望がそう言って赤い花にそっと手を触れると、花がふふっと得意そうに笑ったような気がした。


「気持ちのいい森ね。ここなら、望の木も少し持ってくればよかったわね」 ミチルが背伸びをしながら望に言った。


「そうだね。カリにも見せてあげればよかったかも」カリもここが気にいるかな?


『お母さん、呼んだ?』 ちょっと遠いがカリの声がした。


(カリ?)この頃は離れていても意識が繋がるのは知っていたが、こんな遠くでも繋がるとは知らなかった。


『お母さん。どこにいるの?遠い?』


(海の中の大きな島だよ。とっても気持ちがいいところ) 望が頭の中にハワイ島の位置と、近くの景色を描いてみせる。


『…の新しいお家?』 


(そうだよ。良いところだと思う?) カリの意見を訊いてみた。


『カリはお母さんのそばが良い』


(うん、僕もカリには傍にいて欲しいな。でもこの森は気持ちがいいね)


『ちょっと待って』カリが誰かと話しているようだ。


『...も行ってみたいって』望のマンゴーの木の一つが、カリからこの森の様子を聞いて来たがっているらしい。


「えっ、もう少し大きくなってからでいいんじゃない?」思わず声に出してしまった。


「望、誰と話してるんだ?ハチか?」 隣を歩いていたリーが怪訝そうに望を見た。リーは望とハチがインターフェイスで繋がっているのを知っている。だから、望が独り言を言っても変な奴とは思わず、ハチと話していると思ってくれる。


「ハチじゃなくて、カリなんだけど、僕の木の中にここに来てみたいという子がいるんだって」


「カリ? カリは家に置いて来たんじゃないの?」 ミチルが辺りを見回しながら言った。カリがその辺に隠れているとでも思ったのかもしれない。


「そうなんだけど、何だか繋がるみたい」


「繋がるみたいって、ネオ東京からここまで、何キロあると思ってるのよ。全く望のやることときたら」ミチルが文句を言い始めたが、別に望がなにかしたわけじゃないのに。


「それはうれしいですね。望の木も来てくれるなら私もちょっと安心してこの子を置いていけます。どの木ですか?」


「初めのころに試した、マンゴーの木なんだけど、まだそれほど大きくないから」 望が渋々答えた。


「僕は実がなってから、と思っているんだけどな。まだどんな実になるかはっきりとはわからないし」


「諦めなよ。子供は親が思うより早く成長して、巣立っていくものさ」 リーがまるで大人のような顔をしてもっともらしいことをいうが、リーだってまだ16才のくせに。


「そんなこと言うんならリーの木を持ってくれば良かったじゃないか。もうずいぶん大きいし」


「いや俺の木はなりは大きいけどまだ子供で、結構甘えん坊だから、俺から離れたがらないと思うぜ」リーが慌てて言った。クールなふりをしているが、こっそり木に名前をつけて可愛がっているのを望はカリから聞いて知っていた。


「そんなことより、カリはこんな遠くまで通信できるのか?超能力かよ」 話題を変えようとしてきた。


「カリと望の超能力でしょうね。望なら不思議とは思いません」 プリンスが良くわからないことを言い出した。


 歩いているうちに森が途切れて目の前に鮮やかな青が広がった。 全員一瞬息を止めて、それからため息をついた。


「こんなところにくると、地球に生まれてきて良かったって思うよね」望の言葉に皆、無言で頷いた。


『お母さん、…がね、そこに植えて欲しいって。...も』


「わかったよ。お願いしてみるね」巣立つ子供を思う親の気持ちがちょっとわかる、と思いながら答えた。











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