31.子供達の成長
望の生活は、プリンスの家に引っ越したことによってかなり落ち着いた。望に近づこうと騒いでいた周囲も望がプリンスと一緒に登下校しているのを見て、望がプリンスの家の事業であるグリーンフーズの保護下に入ったと考え、無理に近づこうとはしなくなった。プリンスを敵に回したいような生徒は、少なくともこの学校にはいない。
一応ハチを通してマダムノストラダムスにお伺いをたてたら、望の引っ越しによって、プリンスやミチルの危険度が上がることはないと言われたので安心した。周囲が落ち着いたのは望が考えていなかった副産物だ。 もっとも、お祖父様は、それも予想して望の引っ越しに賛成したのかもしれない。すぐに引っ越したほうが良いと急かしたくらいだった。
プリンスの植木達も、望とカリが来てから順調に大きくなっていた。その後も望とプリンスが新しい種を植えたこともあって、1ヶ月も経つ頃には、広い温室が手狭になってきた。
「おいこれ、来年にはこの温室じゃ無理になるんじゃないか?」 望が引っ越してから3日に1度は遊びに来るようになったリーが温室の木々を眺めて言った。
「思ったより随分早く大きくなりましたからね」プリンスがちょっと困ったように首を傾げた。
「そうだね。特にライが大きくなったね。もう僕より背が高いんだから」
ライは一番小さかったライチの木で、寂しがり屋だということでプリンスが特に注意を払ってあげた種だ。プリンスが名前を付けたのもこの木だけで、この頃では、カリを通さなくても何となくプリンスと意思の疎通ができるという。他の木々についても、嬉しい、驚いた、お水が欲しい、くらいは感じられるというから、プリンスはやはり植物と相性がいいのだろう。ミチルとリーの種も順調に育っているが、感情などはわからないようだ。たまにカリに頼んで、何かして欲しいことはないか訊いてもらっている。
「大きくなりたいって言ってたものね」 温室の中でも一番大きな木に育ったライを見上げながら望が言った。
「でも、このままでは来年にはどこかの地面に植え替えてあげなくてはいけませんね」 プリンスは寂しそうだ。ライとの交流は、触れ合うたびに癒される。そう、ちょっと望と過ごしているときのように。
「望、カリはちっとも大きくならないわね。やっぱりご主人が小さいと木も小さくなるの?」 ミチルがからかうように訊いた。
『私は小さくないの。お母さんといられるようにしているだけ』 カリがフンっというように言った。カリの感情表現はかなり豊かになっている。
「そうだよね、カリ。意地悪なミチルおばさんの言うことなんて気にしなくていいよ。カリは賢いものね」
「誰がおばさんですって?」ミチルが目を吊り上げた。ミチルでも、おばさんと呼ばれるのはいやなのかな。意地悪、の方は否定しないの?
「だって、僕とミチルは兄妹みたいなものだし、カリは僕の子供みたいなものだから、ミチルはカリのおばさんみたいなものだろ?」 望のもっともらしい理屈に、珍しくミチルが言い返せずに言葉に詰まった。
「カリは何て言ってるんですか?」 望とミチルが引っ越してきてから2人のやりとりに慣れてきたプリンスが、小競り合いを無視して訊いた。
「カリは、僕の傍にいられるように小さいままでいるそうなんだ」
「それは、本当に賢いですね」 プリンスが感心した。
「そんなことできるのかしら?他の木にサイズで負けてる言い訳じゃないの?」 ミチルが言った。ミチルの木はライと同じくらい大きくなっていた。
『負けてないの。私が一番大きいの』 カリの怒りが伝わってきて頭に強く響いた。
「わかってるよ、カリ」 望はカリをなだめようと葉っぱをそっとなでた。あれからたくさんの種を育てたが、カリほどはっきり意思の疎通ができる子はいなかった。カリには確かにマザーの遺伝子が感じられる。
「俺の木も、もうそろそろアパートでは無理になってきたし、この際まとめてどこか土地でも用意するか?」
「実はこの木達の超成長をお祖父様に話したら、是非うちの研究所に研究させてみたいといわれたのですが。望に教えてもらった方法は説明したのですが、誰も出来なかったらしくて、こちらの木を貸してくれないかと言われているのです。望はどう思いますか?」 プリンスがためらいがちに訊いた。
「研究ってどんなことをするの?」 動物実験は禁止されて久しいが、植物となると別で、特に禁止されているという話も聞かない。なんとなく怖い感じがする。
「詳しくはわからないのですが、人間の検査のようなものだから、切ったり投薬したりのような悪影響を与えるようなことはしないというのですけれど」 プリンスもちょっと不安そうだ。
「ちょっと待ってね」 望はカリに訊いてみることにした。
『検査?』 さすがにわからないらしいカリに、診療所での身体検査を思い浮かべて見る。器械の中に入っていろいろな写真をとられたり、測られたりする場面に、人間の代わりに木を置いてみるが、どうもうまくいかない。カリが余計に混乱してしまった。
『お母さんがいっしょっだったら行ってもいいよ』 漸くカリがそう言ったが、望はカリを連れて行く気はない。誰か他の子で行ってもいいという子がいないかカリに頼んで訊いてもらった。あんまり繊細でない子がいいんだけど、と思いながら。
『あのね、あの子が行ってもいいって』 カリのイメージによると、プリンスが育てた桃の木がそう返事をしたらしい。どうやら好奇心の強い子らしい。
「そうですか。行ってくれるなら助かります」 プリンスに告げると、桃の木に触れながら少し心配そうに言った。
「僕も一緒に行って何をするか見ても良い?」 望も心配になってきた。
「そうですね。みんなで行ってこの機会に研究所の見学をさせてもらいましょうか。」一寸考えてからプリンスが言った。
「グリーンフードの研究室かあ。俺も行ってもいいのか?」 どうやら滅多に見せてもらえるところではないらしい。
「植物研究所だけでしたら問題ないと思いますよ」 プリンスが受けあった。