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(閑話)あの頃の自分へ

頭を撫でてあげたい がんばったねと

抱きしめてあげたい 大丈夫だよと

殴ってやりたい   そうじゃないと


あの頃の自分に言葉を送れたら


将来失くすかもしれんと心配して 

今を楽しめないなんてアホやと言ってやりたい


多分聞き入れはしないだろうけど

大人になることを考えもしなかった自分を

励ましたい

慰めたい


でもやっぱり一番 殴ってやりたい



2452年 12月 24日


「やったぞ! 成功だ」 ザック ニューマンはデータを見ながら大声で言った。 周りにいた研究員が立ち上がって誰からともなく拍手を始め、やがて大きな拍手と、叫び声になっていった。


 ザックは、タイムトラベル、という夢に取りつかれ、人生のすべてをかけた。理論は23世紀に確立されていたが、必要とされるエネルギーの大きさに不可能とされてもいた。それを切り口を変えて無数の実験を繰り返してきた。成果の出ない研究に研究資金もとっくに下りなくなり、資金繰りのために他の研究者の下請け仕事をしながら、自分の時間をすべて費やしてきた。5才の時に天才級の科学への才能を示した適正テストのおかげで最高の教育を受けられ、最上級の企業の研究室に入れたのにも拘らず、期待された功績をあげることもなく、100才まで来てしまった。ここで成果をあげられなければ、退職しなくてはならない瀬戸際だった。退職したら、どうなるのだ? 自分には家族も何もない。友人すらほとんどいない。収入はすべて研究に費やし、ろくな蓄えもない。それもこれも子供の頃に取りつかれたタイムトラベルへの執念のせいだ。

 

 「おめでとう、ザック」まだ60代で、様々な成果をあげ、この研究所の所長になったミズキ アマミヤがザックの肩を叩いて祝ってくれた。彼が仕事を回してくれなかったら、これまで研究を続けることは出来なかったに違いない。


「有難うございます。しかし、まだ思考をエネルギーに変換して送ることに成功しただけです。本物の時間旅行への道は遠いです」 でもこれで前に進める。研究資金も出るだろう。これからはこの研究だけにすべてをかけることができる。それに何より、過去の自分にメッセージを送ることができる。まだ長いメッセージは無理だが、少しでもこれまでの研究成果を送ることができれば、それを受けた自分が今よりも前進していくのは間違いない。後20~30年もあれば、肉体を伴ってのタイムトラベルも夢ではない。


 その日からザックは少しづつこれまでの研究を昔の自分に送り続けた。最初は10年前の自分にしか送れなかったが、そこから徐々に過去が変わり始めた。やがて20年前、30年前、50年前の自分にメッセージが送れるようになり、それらの新しい成果を更に過去に送った。毎回、加速度的に自分の研究が進んでいく。不思議な感覚だった。ザックにはこれまでの記憶があるが、同時に周囲と同じ記憶もあった。新しい記憶の中の自分は60代ですでに最初の実験に成功し、80代では思考だけでなく、物質を送ることに成功していた。

 あれからわずか10年後、110歳の現在、長い間の夢だった人間を送る実験を始めようとしていた。まだ、一方通行で、行ったら戻ってくる可能性は低い。最初の実験体は勿論ザックだ。


 「本当に行くんですか? 危険ですよ。まず誰かボランティアを送りましょうよ。あなたに何かあったら人類の損失です」 真剣な顔をして止めるのは部下のミズキ アマミヤだ。


「大丈夫だよ、ミズキ。10年逆行するだけだ。10年前の私と今の私がいれば、未来に行く技術も開発できるだろうし、そうでなくても今と大して変わらない世界なのだから、又同じ研究三昧の生活を送るだけさ」 

 この10年は本当に幸せだった。思い切り好きな研究ができて、その成果で自分の周囲が変わっていくのが密かに楽しかった。たとえ死んでも、人類初のタイムトラベラーになるのは自分だ。


「そう、ですね。過去の僕があなたと会って又一緒に研究できますように」 ミズキが言った。


「ああ、今度は僕が2人だから、研究も捗るさ」 おどけて言うと無理に笑顔を作ってくれた。ミズキは本当にいい奴だ。


「ではまた」 そういうと楕円形のタイムマシンに乗り込みハッチを閉めた。すぐに管が伸びてきて静脈に薬を注入し始めた。意識を持ったまま時間の逆行をすると、精神的負担が大きいとシミュレートされたため、短時間の麻酔を使うことにした。すぐに意識が薄れ始めた。ザックは微笑んで10年前の自分に会ったら最初になんと言おうか、と考えながら目を閉じた。



「15時 49分 25秒、脳派停止、心肺停止。プログラム終了しました。ご遺体の確認をお願い致します」


 担当の医師が立ち会っていた天宮瑞樹に告げた。ミスター ニューマンは100歳で退職させられ、安楽死を願っていた。長い間彼の上役だった天宮水樹は、彼のためになんとかラストドリームを用意しようと親戚である天宮会長に頼み込んだという。孫の望がプログラムを担当した。望は最近莫大な遺産を相続したこともあり、新しい仕事は入れていなかった。祖父から事情を聞いて10年分でよければ、と無料でラストドリームを作成してくれた。それでも、その他の費用がかなりかかり、ザックの退職金では足りなかった。


「幸せそうな顔ですね。何から何まで有難うございました。天宮のおじさんに無理を言って親戚価格にして貰ったのに、結構注文が多かったんじゃないですか?何しろ頑固な人で」


「さあ、私はプログラムの作成にはあまり関わりませんので。でも、天宮望君は超一流のラストドリーム作成者ですから、ご希望に添えたのではないでしょうか」


「この顔をみればそれは間違いないですね。努力が報われずに終わることは誰にもあるけど、せめて最後ぐらいはいい夢を見せてあげたくてね」







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