27.プリンスの育児相談
プリンスからの送迎車は、特別許可があり、ネオ東京の上空を飛ぶことが許可されている。望のアパートの前からすぐにプリンスの住む第一エリアに到着した。
プリンスが借りている邸宅は一般のマーケットに出ることのない地域にあり、住んでいるのは連邦国内の大富豪、政治家などだけである。セキュリティも厳重で、プリンスからの送迎車でなければ、邪魔されずにこの地域に入ることはできなかっただろう。
門の前に着くと、プリンスが護衛と共に待っていた。
「迎えの車をよこしてくれて、有難う」
「こちらこそ、わざわざ有難う」3人ともそれぞれ鉢を抱えているのに目をやってちょっと笑いながらプリンスが皆を招き入れた。
「この家には温室がないので、バルコニーに簡単に設置してもらいました」 案内されたのは4階にある広いバルコニーだった。バルコニーと言っても、望のアパートなら10個以上入りそうな広さで、その一部に透明な一角が作られ、中に幾つかの小さな植物が見えた。中に入ると、ガラスの棚にきれいに並べられた鉢にはそれぞれ違う芽が出ている。
「あれから他の果物も試してみたのですが、幾つか芽が出ました。ただ、気になることがあって」
ガラス棚の前にはガラスのテーブルと椅子がおいてあり、プリンスに勧められて、全員腰を下ろし、それぞれ持ってきた鉢をテーブルの上に置いた。プリンスはガラス棚の鉢植え達を見ながら言った。
「気になること?」
「ええ、種によって私が受ける感覚が随分違うのです。最初は違う種類の果物の種だからかと思い、同じ果物で試しててみたのですが、同じ果物の種でもやはり、違う感じがするので、それが気になったせいかうまくエネルギーを流せなくなってしまいました」
「同じ種類の果物でも、それぞれ別の個体だから、少し違うのは当たり前だと思うけど、普通はなかなかその違いに気が付かないと思う。プリンスはさすがだね」
「なるほど。人間と同じということですか」 一人で納得したプリンスが、立ち上がって棚から1個の植木鉢を持ってきた。土の上にほんの3センチ程の双葉が出ている。
「これが最後に実験した分で、ライチの種なのですが、何かエネルギーの流れが悪いようで、時々全く流れが感じられなくなるのです」
「ちょっと触ってみていい?」
「お願いします」 プリンスの了承を得てそっと小さな双葉に触れた。
(...) 何か感じられるが、はっきりとは伝わってこない。それでも他の子に比べると意思が強いような感じがする。
(カリ、この子の言いたいことわかる?) 望はテーブルの上に置いたカリに軽く触れて訊いてみた。
『う~ん。まだ小さい。大きくなりたいって。でも大きくなれないって』
「えっ、どうして?」 驚いて思わず声に出てしまった。
『何か、足りないみたい』
「何が足りないの?」
『なんだろう。よくわからない。ああ、お母さんともっと一緒にいたいみたい。僕のお母さんはだめだよ。違うの?君のお母さん?』
『もっとお母さんと一緒にいたいんだって。そうしたらもっともっと大きくなるって』
「わかったよ、カリ。聞いてくれて有難う」
カリの葉っぱを優しく撫でてやると、嬉しそうに葉を揺らした。
「それで、なにかわかりましたか?」 プリンスが珍しく待ちきれないように尋ねた。
「うん。もっとお母さん、つまりプリンスと一緒にいたいって。そしたらもっと大きくなるみたい。要するに
他の子たちより寂しがり屋なんだね」何しろプリンスは牛にさえもてるからね、と密かに望は思った。
「私がお母さんですか」 プリンスがちょっと微妙な顔をしている。
「育ててくれてる人を親のように認識してるんじゃないかな。実際は言葉で話してるわけじゃなくて、この子の意識が思っている存在を、僕の頭の中で言葉にしているわけだから」 慌ててフォローする望に、プリンスがにっこり笑って気にしてない、と首を振った。
「でも、そうですか。もっと一緒にいてあげた方がいいんですね。しかし、困りましたね。学校もあるし、一日中一緒にいるわけにもいかないですから」考え込むプリンスに望も一緒に考えてしまう。
「そうだ、望、この子はカリとなら話ができるのですよね?
カリが一緒なら寂しくないのでは?」
「そうかもしれないけど、僕はカリをここに置いていくわけにはいかないよ」
「そのことなのですが、良かったら、望がここに引っ越してきませんか?」