24.望の子育て講座2
放課後
望の部屋の前にある荷物受け取り用のボックスに大きな箱が届いていた。開けてみるといろいろな大きさの植木鉢が大量に入っている。白と薄緑色のきれいなデザインだ。
「これだけあれば大丈夫だね。有難う、ハチ」
「どういたしまして。将来的に必要になると思われる土地の手配をいたしましょうか?」
「そうだね。最初の実がなるまでは僕のそばに置いておきたいから、あまり遠くに植える、というわけにはいかないけど、ネオ東京では土地は手に入らないから、どうしようかなあ」 ネオ東京の土地はすべて公有地である。望の現在の資産を持ってしても、土地を購入することはできない。
「一寸考えて見るから、その件は保留して」
「かしこまりました」
「さあ、やろうぜ」リーは、一旦自分のアパートに戻ってありったけのマンゴーを持ってやってきた。何故かミチルも数個のマンゴーを手にしている。
「ミチルもやるの?」全く興味なさそうだったのに。
「どうせ付き合わなくちゃならないんだから、退屈しのぎよ」ミチルが言い訳がましい。
「あれ、誰か来た?」アパートのコントローラーから来客の知らせが入った。前もって入室許可のリストにある人はそのまま入れるが、連絡は来るようになっている。
「プリンスだ。何かあったのかな」慌ててドアを開けると、手にバスケットを持った男性と、プリンスが立っていた。
「私も混ぜて貰っていいですか?」すこし恥ずかしそうにプリンスが訊いた。
「勿論。ちょっと、じゃなくて、とっても狭いけど、それでもよければどうぞ」
謙遜ではなくて、本当に狭い。ベッドは収納されているが、小さなテーブルも床の上も植木鉢で一杯なため、4人が入ると身動きがとれないくらいだ。
「ドアの外で待ってて下さい」 望の部屋を見て、プリンスが男に言った。抗議しようとした男も、部屋を覗いて、口を噤み、黙ってプリンスにバスケットを渡した。
「外で待つの?椅子を出そうか?」望が心配して訊いた。
「大丈夫です。警護中に座ることはないと思いますから、心配しないで下さい」プリンスはそう言いながら持ってきたバスケットを望に渡した。護衛の心配はしなくていいらしい。
「家にあった生の果物を一通り持ってきましたが、使えそうなものはありますか?」
「僕もまだどの種が一番良いかわからないけど…わあ、すごいね。桃、杏、柿、梨、ライチ、プルーン、ドラゴンフルーツまである」
テーブルの周りに椅子を4脚出して何とか全員腰掛けると、それぞれが果物を一つずつ手にとって、期待に満ちた目で望を見た。
「えっとまず、どんなふうに大きくなって欲しいか頭の中に描いてみて。なるべくはっきりと、そうだな、ホロイメージを見ているように」
「どんなふうにって、ただマンゴーを思い浮かべたら、だめなの?」ミチルが手の中のマンゴーを見ながら訊いた。
「勿論それでも良いけど、せっかくだから、少し自分の好みになるようにしてみると良いと思うよ」
「自分の好み…私はマンゴーこのままで好きだけど…でも確かに、ベタベタしてるところが嫌いだから、もっとベタつかない、りんごみたいな感じでこの味だったら良いかも」
「じゃあそんな果物を頭に描いて、それを種に伝えるようにしてみて。言葉じゃなくて、姿や味を思い描いて」ミチルが意外と真剣な顔をして目を閉じた。
「俺は、あんまり甘い味よりもっとさっぱりしたのが好きだな。よし」リーも目を閉じて頭のイメージに集中しようとした。
「私は取り敢えず、この桃でやってようかと。味はそのままで良いから大きい実はどうでしょう」プリンスは、バスケットから小ぶりの桃を選んで目を閉じた。
15分後、最初にミチルが音を上げた。
「もうだめだわ。何も起きないし、本当に効果があるのかしら」
「最初はなかなか感じがつかみにくくて難しいかもしれない。僕が一緒にやってみていい?」
「しょうがないわね」
ミチルの承諾を得て、彼女の手の上に望の手を重ねた。
「目を閉じて、はっきりとイメージを描いて、それを種に向かって流すように」 そう言いながらそっと自分の意識を種に向かって流し、そこから逆にミチルに向かって種の意識を流すようにする。ミチルがビクッとした。望にはミチルと種の意識が触れ合ったのがわかった。
「そのままもうしばらくイメージを流してあげて。自分のエネルギーも一緒に流す感じで、種からエネルギーが返ってきたらそれを自分のイメージに流して、もう一度返して」 もう大丈夫だな、と手を離すと、ミチルが優しい顔で微笑んでいる。ちょっとびっくりして二度見した。望にはあんな顔見せたことない。
「望、俺にも教えてくれ」とリーが手に持ったマンゴーを差し出した。望はミチルにしたように種とリーの意識の流れを作っていく。ミチルに比べると、種からリーへ流れる時に抵抗が強いようで、かなり強めに流れを作り、ようやく通じた感覚があった。
「おっ、これか」 リーにもわかったようで、リーから種へ強い流れが来た。
「そんなに強くしないで。もっと優しく、そ~っとしないとだめだよ」
「わかった。優しくだな」 流れが緩んだので、ほっとして手を離す。
「望、私もお願いできるかな? 何となくわかったような気はするのですが、どうも反応が鈍いようです」 プリンスにも頼まれて、手を重ねる。すでにプリンスから種に向かってエネルギーが届いているのがわかる。種がちょっと戸惑っている感じがする。望が宥めるように種の意識を包んで、そっとプリンスに向かって押し出してやると、はじめはゆっくりと、それから急に強く流れ始めた。プリンスが一瞬驚いてから、嬉しそうに笑った。
「ああ、わかりました」そう言うと、目を閉じたまま優しく桃をなでている。やがてプリンスの手の中の桃が乾燥して固くなり、小さな芽が出てきた。
望はマックの家での乳搾りを思い出した。プリンスは牛にも好かれていたけど、植物にも好かれるに違いない。
プリンス程早くはなかったが、しばらくしてミチルとリーの種も芽をだした。
「後は毎日少しずつ今と同じようにしてあげて。イメージがはっきりしている方が、思ったように育ってくれるからね」