5.ミチルとリーに怒られたが、一緒にアンダーへ行くことになった
残りの仲間、ミチルとリーが登場
マックが言い終わらないうちに、昨日ウォン先生と話していた軍人風のユニフォームを着た男性がドアを開けて入って来た。
「私の秘書のエリオットだ。もし必要なものがあれば何でも彼にいってくれ」
「エリオット、天宮君をを研究室に案内してあげてくれ」
「どうぞ、こちらへ」
机の反対側の壁が消えるとエレベーターが現れた。
望が秘書の後についてエレベーターに乗り込むと、地下に下りていくようだ。
地下は8階まであり、研究室は最下層の地下8階にあった。
中は室内ドームのように広く、緑に縁取られた小川が流れている。
その中央に数台のコンピューターが配置された大きな半円形のデスクがあった。
10台置かれたコンピューターはいずれも連邦では見た事のないタイプだったが望の使い慣れたものよりスマートな感じである。
AAで開発されたものに違いない。一台を試してみて、望は感心した。
望のいつも使っているものより性能もかなり良い。
更に奥の部屋には、ドリームカプセルが設置してある。驚いた事にこれは望の見慣れたハピー・デス コーポレーションのもので、最初思ったように似せて作ったものではなかった。
祖父が機械の売却を許可したのだろうか。
「何か足りないものはあるかね」
元の部屋に戻るとマックが尋ねた。
「いえ、すべて揃っています。あの、うちのカプセルはどうやって手に入れたのですか?」
「実はこちらでも君のところと提携して同じシステムを導入したいと思って、弁護士を通じて天宮会長と交渉中だったんだ。先日何とか大まかな同意に漕ぎ着けたところだ。それで、第一号として私のためのプログラムを君に依頼したいと会長にお願いしたのだが、君はまだ学生で余り仕事を請けられないので、5年先まで予約が入っていると断られた。君と直接話させて欲しいと頼んだのだが、君にプレッシャーを与えるような事はしたくない、と言われてね。回りくどい手段を使って済まなかった。君さえ承知してくれるなら、天宮会長は反対しないはずだ」
「そうだったんですか。それでわかりました」
昨日の祖父の態度が納得できた。
「君さえ良ければすぐにコントラクトを会長に送るよ。それとも君が先に目を通すかい」
「いえ、コントラクトは、祖父に送って戴ければ結構です」
「ひとつだけお願いがあるのですが」
「何でも言ってくれ。私にできる事なら手配するよ」
「研究室のことなのですが。大変素晴らしいとは思うのですが、僕はプログラム中はできれば外が見えるほうがはかどるので、どこか地上に小さな部屋を戴けませんか?」
「勿論だよ。この家は小さいが、地上部分のセキュリティも万全だ。家の中を案内させるから、どこでも気に入った部屋を使ってくれたまえ」
また、マックの言葉の終わらないうちにエリオットが現れた。マックは脳内チップタイプの端末を使っているに違いない。
「小さい」とマックの言う家は数えたら部屋が35もあった。使っているのは12室だけで、あとは普段は使っていないという。望は東の角部屋を選んだ。
家の中を一回りして戻ると、李氏が待っていた。
「マックから聞いたよ。君が引き受けてくれてほっとした。明日は日曜だし、泊まっていかないかい。良かったらここらを案内するよ」
「残念ですが、来月からこちらに来るとなると、やらなければならない事がたくさんありますので、今日はこれで帰ります」
帰ってプリンスに連絡しないと大騒ぎになりかねない。プリンスはどうも望を小さい弟のように思っている節がある。出会った頃の望が平均よりかなり小さかったせいだろうが、どうも過保護だ。ミチルとリーももう戻っている頃だ。それにゴーストが拗ねると後が面倒なのだ。
週末をこちらで過ごす事にしたというウォン先生を置いて、来た時と同じジェットで送って貰い、アパートに着いたのは22時過ぎだった。
ジェットのなかでプリンスには無事に帰ってきたことだけを報告し、詳しい事は明日会って話すことにした。
すっかり疲れてしまって擦り寄ってきたゴーストの相手をする元気もない。
「ノゾム、リーがコールしています。時間外ですが、出ますか?」
22時過ぎの通信は家族と3人の友人を除いてナナがメッセージをとるようにしてある。
「繋いでくれ。本当に融通が利かないな、ナナは。リー、アレクサンドレ、ミチルからのアクセスはすぐに繋ぐように設定しただろう?確認は必要ない」
「リー、待たせてごめん」
「ハイ、望、今話せるかい?」
「大丈夫だよ」
「夏休みのことなんだけど、スキーもいいけど、せっかくだから、北極までいかないか?保護区でまだ犬ぞりを持っている奴を紹介してもらったんだ」
「犬ぞり?本当?あ、悪い。そうじゃなかった。突然仕事が入ってしまったんだ。本当に悪い」
「望、悪い冗談はやめろよ」
リーがすごむと半端でなくこわい。
「本当にごめん。詳しくは会って話すよ」
プライベートモードでも電波のセキュリティは万全からは程遠い。
「今からそっちに行く。ミチルも誘って行く」
それだけいうと通信がきられた。
リーも望やミチルと同じで、4月からこのアパートに部屋を借りて一人暮らしを始めていた。もっともリーの部屋の広さは望の部屋の2倍はある。
2人がかりでは望に勝ち目はない。
望はちょっと考えると、マックに渡された通信用の端末を手に取った。
「望、説明してもらおうか」
10分後、望のアパートに乗り込んできたリーとミチルは、望が部屋をプライベートモードにすると同時に詰め寄った。
リー ライは明るい茶髪にするどい濃茶色の目をしている。
2メートル近い長身が更に大きく見えるように体を伸ばし、上から望を見下ろした。
中国地区代表の次男で、中国拳法の使い手である。
「そうよ、望。仕事は入れない約束だったでしょ。私だって2ヶ月のカナダ行きを許可してもらうためにどれだけ苦労したと思っているの」
ミチルは腰まである長い黒髪が逆立たんばかりの剣幕だ。
学校で被っている「美しい日本人形」の皮を完全に脱いでいる。
(ミチルに憧れている連中に見せてやりたい)
不運にもミチルの素顔を知っているのは望とリーだけだ。ミチルの皮は完璧でほとんどいつも一緒にいるプリンスの前でも滅多に剝がれることはない。
マックから許可を得ておいた望は、今回の依頼者が、あのマックス ウォルターである事を2人に話した。
さすがに2人も驚いたが、望ほどマックの悪評は気にならないようだった。
マックが否定した噂話のことを聞いても驚いた様子もない。
敵対している相手からの評価なんてあてにならない、というのが2人の意見だ。さすがロジックの成績優秀者、と密かに感心した。
「事情はわかったが、困ったな」
「君達だけで行くわけにはいかない?」
「俺とプリンスはともかく、ミチルには許可がでないだろう?」
「まあ、絶対無理ね。マスター望がいらっしゃるなら、お守り役として行っても宜しい。と言われたんだから」
「何だよ、お守り役って」
「私が言ったんじゃないわよ。知ってるでしょ、うちは2000年来天宮家のお守り役を務めてきた家柄だ、というのが爺様達の口癖なんだから」
ミチルの家は大昔天宮家の家臣だったらしい。その後、何十代だか前の祖先が、ヨーロッパの富豪の娘と結婚した。末娘だったはずが、当時のテロで姉妹兄弟とその家族がすべて死んでしまい、結局その娘が財産をすべて受け継いだそうだ。
それで主の天宮家より余程富裕になったのだが、代々天宮家に対する態度は変わらず、天宮の子供には、必ず柳家の子供を守役と称してつける。守役と呼んでいるが、護衛だと言われている。
天宮家の一人娘と結婚して天宮の姓を名乗った希一が事業を起こしたときの資本は、それまで娘の守役だった柳家の先先代が出したものだ。事業が大成功したあと、数倍にして借りた資本を返そうとしたが、ミチルの曽祖父は元金以外の受け取りを頑として拒んだという。
今ではミチルの祖父、父ともハピーデス コーポレーションの役員である。ここ5年は事業を継がずに宇宙に行ってしまった望の両親の代わりに、ミチルの父親が社長を務めている。
受胎、出産がすべて計画通りに行かなかった昔はどうやっていたのか知らないが、ここ数世紀は、子供が生まれる年も同じだ。これは、柳家が天宮家に合わせている。この守役は天宮家の娘(今回は息子だが)18になって成人するまで続く。何でも昔は子供ができるまで続いたそうだ。安全な世の中となり、今では形骸化しており、天宮家からはもう必要ないと何度か打診があったそうだが、せめて成人するまでは、とどうしても柳家が譲らないという。
望の母も祖母も、ミチルの父と祖父と、同じ年であり、同じ学校に通った。たったひとつの予定外は、ミチルが女の子だったことだ。
確率を全く無視して、柳家の直系では男しか生まれなかった。
逆に天宮家は代々女子しか生まれなかった。
だから天宮では、女子が結婚すると男の方が改姓して天宮を名乗る(これを昔は婿をとる、と言ったらしい)のが習わしだった。
しかし21世紀初頭に初めて男子が生まれ、そのおかげで望が生まれた時もさほどの驚きはなかった、らしい。
一方柳家ではその後も男子しか生まれなかった。ミチルが生まれるまでは。
柳家2000年の歴史で初めてのことだ。
当然男子と思っていた柳家では、それがわかったとき仰天したらしいが、名前も用意してあったミチルのままで、守役としての武芸一般も男子と同様に仕込まれたらしい。ミチルにとってはとんだ災難である。
子供のころから自分のあずかり知らないことでミチルに八つ当たりされている望としても、災難である。
「それなら、一緒にアンダーに来る?」
「いいのか?」リーが飛びつくように聞いた。
「ああ、マックにはさっき連絡して、友人を連れて行く許可を貰ってある。マックは本物の牛やカンガルーのいるランチに住んでるんだ」
「牛やカンガルー?あの、動物園にいる?なんでそんなものを飼っているの?まさか食用じゃないでしょうね」
ミチルが思い切り顔をしかめた。
アンダーではまだ生きた動物を殺して肉を食べる、という噂があるが、これは多分デマだろう。
そんなことをしなくても肉は工場で大量生産できるのだ。食べる部分だけ作れば良いものをわざわざ生き物全体を殺す必要はない。
生きている牛を食べるなんて想像できない。
「何で飼っているのかは知らないけど」
「そんな事はどうでもいいよ、ミチル。アンダーに本当に行けるんなら、ライセンスは来年で構わないよ」
リーはすっかりその気だ。
「家の許可が必要だが、大丈夫かな」
「俺のところは問題ない。赤ん坊にかかりっきりで、俺がいなくても気がつかないだろう」
リーのところには、先月妹が生まれた。リーには兄がいるので、今時珍しい3人兄妹だ。 両親とも一人っ子だったお陰で4人の曽祖父母がいたせいだ。曾祖父母はすでに全員亡くなっているので、リーの両親は4人まで子供が持てるが、3人で終了にして、あと一人の権利を一番最初に子供を持つ子に譲るそうで、リーは兄より早くパートナーを見つけると常々話している。
クールな割りに子供には優しい男だ。妹が生まれてから祖父母にも相手にされなくなった、と文句を言いながらも、妹のホロを誰にでもすぐ見せたがる。
「ミチル、君のところは許可がおりるかな」
一応女の子だし、と心の中だけで付け加える。連邦では、アンダーは無法地帯で、女子供には特に危険な場所だと言われている。出かけるときはツアーで、というのが普通だ。
「大丈夫。マスター望がそんな所へいらっしゃるなら、お供して必ずお守りするようにと言われるに決まってるから、残るほうが許可が下りないでしょ、ヤングマスター」
「おい、やめてくれ。今度マスターと呼んだら連れて行かないからね」
ミチルの「マスター」は、「バスタード」と聞こえるようになっている。最初は「マスタード」といっていたのを、誰かから「バスタード」という悪態を覚えて変えたのは、確か5歳位のときだ。
小さいころから練習して、望にだけそう聞こえるように完璧にしたのだ。望はミチルが練習しているのを見つけた事があるので間違いない。
柳家一族に望を呼び捨てにしてはいけない、ヤングマスターと呼べと言われたのに対抗するためだ。
「ところで、プリンスはどうするの?また大騒ぎになるわね」
「許可が下りるかどうかは、プリンスの頑張り次第、ってところか」
「私はプリンスの勝ちだと思うわ」
「そうだね。一応マックには友人3人と、猫一匹、それに軍隊一箇隊といってあるけど」
「一箇隊で済むかどうか、賭けないか?」
「恐ろしいこと言わないで」
結局二箇隊ついてきた。
夏休みに車の免許をとる約束を反故にされたら、怒るよね。